◆第27話「学生コンサルタント」
(麻衣、美里、喫茶店に移動)
美里 どうだった?ガイダンス。面白かったね。いろんな意味で。
麻衣 …そうね。職業観や会計センスがないのは、学生だけじゃないってことがよく分かったよ。
美里 あんな説明なのに、「一言も聞きもらすまい」と熱心にメモってる人もたくさんいた。
麻衣 つまり、聞いてる学生の側にも、何の問題意識もない、ってことだね。
美里 そう。それが自然だと、当たり前のように思ってるから、疑問さえ生まれない。質問があるとしても、あのガイダンスの延長で、さらに小手先の質問を繰り返すだけ。
麻衣 職業観と会計が分かる人からは、世の中がこう見えるんだね。
美里 うん。RUNでは一年生のうちに「金持ち父さん貧乏父さん」を読むように薦めてるらしいから、あたし、年末に読んでみたの。「貧乏父さんは共産主義者のことだよ」って聞いたから。
麻衣 私は年明けに読んだよ。すっごく面白かった。貧乏父さんは成績、学歴、安定した就職、退職金、年金しか考えてないね。
美里 あたしは、後半にあった「泥棒の話」が印象的だったなぁ。
ある資産家の家に泥棒が入って、現金や宝石を盗もうとした。でも、見つからなかったから、代わりに金目のモノを持ち去ろうと、テレビとビデオを盗んでいった、って話。
麻衣 ふふ。なかなか力の強い泥棒さんね。
美里 資産家は帰宅して驚いた。盗みに遭ったことは悲しんだ。でも、テレビがあった部屋の隣の書斎には、押し入られた形跡がまったくなかった。
麻衣 そこには、資産家が若い頃から大切に読んできた本、つまり「知識」があったんだよね。
美里 そう。でも、泥棒は本なんかに価値を認めず、本が作り出した結果のかけらにすぎない、テレビやビデオを持ち帰って、「しめしめ」と喜んだ。
麻衣 だから、資産家は「あぁ、よかった」って安心したんだよね。
美里 つまり、「内定」とか「対策」ばかりに夢中になって、すっごい力でテレビやビデオを持ち上げて、しかも「しめしめ」って喜んでる泥棒は、就活ごっこを就活だと思い込んでる学生よ。
麻衣 職業観や会計センスという「考え方」や「知識」は、盗もうとさえ思えないのね。
美里 要するに、モノの本当の価値が見えないんだよね。形がないと、認識できないから。
「ピピピ…」。
麻衣 メールが来たみたいよ。
美里 あっ、森中さんだ。…竹川さんと、今、この近くにいるらしいよ。
麻衣 色々話したいね。
美里 じゃ、来てもらおっか?…よし、送信!
麻衣 面接のことも聞いてみたいね。
美里 そうだね。「ピピピ…」。大丈夫みたい。あと五分で着くって。
マスター 新しく友達が来るのかな?
麻衣 はい、先輩が二人来ます。
マスター そうか、じゃあ、デザートを用意するね。チョコレートでもいい?
美里 ええっ?はい、それがいいです!やったぁ!
麻衣 でも、森中さん、チョコレートなんて食べるのかなぁ…。
美里 …確かに、あの筋肉でチョコは、ありえないかも。じゃあ、森中さんだけせんべいは?
麻衣 でも、筆箱には「ビックリマンチョコ」のシールが貼ってあったよ。
マスター ははは。じゃあ、果物にしようね。
麻衣 ありがとうございます。
(森中、竹川、来店)
森中 お待たせ!いきなり合流してごめんね。ちょうど近くにいたもんで。てか、スーツじゃん!
麻衣 私たち、ちょうど、就活ガイダンスに行ってきたところだったんです。
竹川 そうなんだね。面白い話は聞けた?
美里 めっちゃ面白かったです!
森中 へぇ、良かったね。どんな話が聞けたの?
美里 全てが社会主義理論に従って構築された、人間不在のガイダンスでした。
竹川 あはは!そういう意味か。分かる分かる!大学の授業にも、そういうの多いもんね。
麻衣 RUNのように深い勉強をすれば、本当に尊敬すべき大人の姿が分かりますよね。
森中 会計、営業、スピーチ、タイムマネジメント、マネー…。RUNで勉強すると、大学の授業とかガイダンスを、今までとは違った視点で聞くことができて、また違った面白さが出てくるよね。
美里 分かります、それ!今まではただ聞き流すだけだったのが、考えながら聞けるんです。
竹川 僕は、東京裁判のパール判事の本が好きなんだけど、博士の言葉に、「学校教育の中から、正しいものとそうでないものを見分ける力を得て下さい」ってのがあるんだ。
でね、これ、初めはさ、「学校教育は文句なく正しいから、そこでしっかり勉強して、物事の本質を見抜く洞察力を得て下さい」と言ってるのかな?と思ったんだ。
でも今は、「矛盾と偏見がもっともらしく体系化された学校教育の中で頭脳を鍛え、本質を自分で考える洞察力を磨きなさい」ってことだろうな、って思ってるよ。
もちろん、博士はそんな皮肉を言う方じゃないけど、こと日本に限っては、ちょっと皮肉だよね。
麻衣 竹川さんって、歴史の勉強から、そういうことまで考えられるんですね。
竹川 みんな、歴史と聞くと過去のこと、終わったこと、昔あった関係ないことって決め付けてるけど、全然そんなのじゃないよ。学べば学ぶほど、現代社会が立体的に見えてくるんだ。
森中 君たちも、就活ガイダンスなんかで、「どうしてこんなに無意味で、不正確で、時には有害でさえある情報を、真面目な顔してバラまくんだろう?」って感じない?
麻衣 えぇ…。まったくその通りです。人間や社会、仕事に対する愛情も尊敬もありません。
マスター こんにちは。
竹川、森中 こんにちは!
マスター なんだか、面白い話をしてるね。最近の学生さんにしては、珍しい話題だね。
森中 あ、はい…。僕、声が大きいんで…。
竹川 僕たち、サークルで近現代の歴史を勉強しているんです。
マスター …ってことは、純一さんが顧問のRUNかな?
竹川 えっ?ご存知なんですか?
マスター あの方が教えるサークルで育つ学生さんは、本当に素晴らしいからね。
帰省した時に、卒業した人たちが時々ここで話し合ってるのを聞くけど、トップセールスマン、幹部候補生、チームリーダー、将来の起業家がたくさんいるよね。みんな、生き生きしてる。
森中 ええ。先輩たちは僕らの誇りなんです。で、後輩たちは、心の支えなんです。
マスター そうか、それは本当に素晴らしい学びをしてるね。立派なことだ。
美里 あたしたち、マスターにRUNを紹介してもらったんです。秋が始まる頃、このお店で、そう…ちょうどあの辺の席で、RUNのミニ勉強会をこっそり聞いたのが、全ての始まりでした。
竹川 そうだったのか。じゃあ、ここは二人にとって、すごく大切なお店なんだね。
麻衣 そうです。マスターもすっごく学生思いで、いつも私たちを気にかけてくださるんです。
マスター ははは。気にかけるなんて、大げさな。僕はただ、聞いてあげることしかできないよ。
美里 でも、あたしたちは、仕事に誇りを持っている方に聞いていただけるだけで、嬉しいです。
森中 ここって、九州学院の学生がよく来るんですか?
マスター そうだねぇ…。四、五年前までは多かったけど、アクセスプラザができてからは、学生さんたちはめっきり減ったね。まぁ、ウチのような小さな店じゃ、太刀打ちできないよ。
森中 今は冬だから、あんなにうるさいところでは集中できない学生も多いし、実は、パソコンを持ってない学生も案外いるんです。試験で来る学生もいます。
それに、就活生は冬休みでも、天神とか西新には出てくるし、大学に寄る学生もいます。
また、僕ら四年生の経験では、家に帰ると、就活の作業を延期して後悔することも多いから、就活生向けに「静かでおいしくて集中できる、噂の喫茶店」と宣伝されてはいかがですか?
マスター …君は本当に学生さんかい?
竹川 森中は、来年コンサル会社に入るんです。それで内定後も、「営業と会計は頭の筋トレだ」って言って、毎日コンサルティングの勉強をやっているんです。
マスター 僕は五年近く、ここで商売をしてきたけど、学生さんからそんなに具体的な提案を受けたことは、まずないよ。純一さんからは提案をもらったことはあるけどね。
森中 …いや、さっきのはただ、思いついただけです。他にもご提案させていただけるなら…。
例えば、ここはRUNの学生も使いやすい場所ですから、ホームページをお持ちになってはいかがですか?
マスター 喫茶店にホームページかい?でも、何を伝えたらいいの?僕、パソコン駄目だし。
森中 いえ、このお店を「伝説化」してはどうかと思ったんです。
内定者や卒業生の声を集め、ここのコーヒーやお菓子に素敵な物語を添えて、「あそこは縁起がいいお店だ」というイメージを持ってもらうんです。
マスター そんなことができたら、どれだけ有り難いことか…。
森中 これは、RUNで習った「平安時代の旅行業」を応用したアイデアです。
他には、予約を取られてはいかがでしょう?テーブルを二、四、八、十六席とパッケージ化して勉強会や会議目的で販売していけば、一人が何人にも知らせてくれることになりますよ。
マスター 君は本当にすごいね。もう、立派なコンサルタントじゃないか。
竹川 森中は、褒めると調子に乗って、歯止めがかからなくなります。
森中 うるさい、乗らせてくれ!オレはRUNと関わったお店は、応援したいんだ!
で、僕も居酒屋でバイトをした経験があるんです。
店長がいつも悩んでたのは、過剰発注と発注ミスが生み出す、過少在庫と過剰在庫でした。
特に、魚や焼き鳥などは賞味期限が短くて、一度、廃棄処分や機会損失の不良在庫を計算してみると、月額八万円にも上っていました。
八万円といえば、時給800円のアルバイトを100時間、つまり5時間なら20日も雇用できるお金になります。僕はこの金額を、一人の本気のバイトに投資すべきだと感じました。
マスター …ウチはそこまでの規模の不良在庫はないけど、しかし、仕入れは悩みの種だね。
森中 ですから、予約の場合は五~十パーセント割り引いて、「売れてから仕入れる」という在庫形成システムを作られてはいかがか、と思ったんです。「仕入れて売る」ではなく。
マスター 君、君は本当にすごい!まるで、僕の悩みを全て見通しているようだ!
竹川 RUNの四年生なら、これくらいは当たり前ですよ。僕らはいつも、「内定後は関わった方への恩返しの時期だ」、「知識は実践に移して初めて理解度が分かる」って教わっています。
(麻衣 何なの、このサークルは…。慣れたと思うほど、次々と新しいことが出てくる…)
森中 つまりは、「孫子の兵法」第四章、「まず勝ちて、而る後に戦え」を、「まず売れて、而る後に仕入れよ」と翻訳しただけのアイデアです。すごいのは孫子です。
マスター いやいや、それをこういう風に即座に応用できる君が、本当にすごいよ。
美里 そう言えば、あたしが初めて聞いた純一さんの話でも、「できる学生は、まず内定して、それから就活をする」って言ってた。
麻衣 ホントだ…。私も覚えてる。全てがつながってるね。すごい!
マスター 僕は本当に嬉しいよ。お客さんたちと同じ世代、環境にある若い人たちから、こんなに嬉しい提案をもらうなんて。
僕の学生時代は、今からもう30年も昔のことだから、学生さんの気持ちを推し量るのも、学生さんが今何をしていて、何を考えているのかも、全然分からないんだ。
森中 全ての仕事は、「相手の悩みを喜びに変える問題解決」です。
マスター まさにその通りだね。君が今、僕に見事に証明してくれたように。それにしても、君のようなバイトさんがウチにいてくれたら…。
美里 あっ!ホントだ!森中さんが先に働いたら、後から内定しちゃった!自己PR成功!
マスター あ…。本当だね。ははは!こりゃ、一本取られたよ。内定通知を出しちゃったね。
森中 たとえバイトでなくても、責任をもって、どんどんご提案していきます!じゃあ、みんな、今日は帰って、「喫茶店の売上倍増プラン」を考えてこようぜ!
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