就活戯曲「夢への内定」目次

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Junichi_3

Mai   Misato

Morinaka Takekawa

登場人物・あらすじ

◆第1話「モラトリアム終了

◆第2話「就活の現実って?」

◆第3話「謎の経営者

◆第4話「会計的視点

◆第5話「終わらない自問自答

◆第6話「職業観

◆第7話「やりたいこと

◆第8話「ゴーセツ

◆第9話「冷たい情報、熱い情報

◆第10話「ギャップ

◆第11話「街角の達人

◆第12話「何を始め、何を掴むのか

◆第13話「勝負を決める心構え

◆第14話「関連付け

◆第15話「当たり前のレベル

◆第16話「すれ違い

◆第17話「異文化コミュニケーション

◆第18話「見えない壁

◆第19話「社会とは何か

◆第20話「壁のかけら

◆第21話「壁の正体

◆第22話「共感

◆第23話「縮まらない距離

◆第24話「アリとクモ

◆第25話「勝者の着眼点

◆第26話「ガイダンス1848

◆第27話「学生コンサルタント

◆第28話「面接ごっこ

◆第29話「心と言葉

◆第30話「墜落

◆第31話「コンサルティング面接

◆第32話「無意識の成長

◆第33話「深い溝

◆第34話「女の友情

◆第35話~最終回~「無私と調和

作者あとがき

(1)作者プロフィール・略歴・実績

(2)寄稿・講演・翻訳・通訳・編著・自著の実績

(3)企業取材サークルFUNでの実績

読者の皆様から頂いた質問について

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■登場人物・あらすじ

■登場人物

麻衣 : 素直で真面目な女子大生

美里 : 麻衣の親友。

絵里 : 麻衣と美里の友達。

亘 : 麻衣と美里の先輩。

駒田 : 就職課の課長

康司 : 町の社会人

純一 : 経営者。サークル顧問。

森中 : 筑前大学4年生。

竹川 : 筑前大学4年生。

■あらすじ 学生が就職活動で味わう葛藤、苦悩、発見、感動を再現したリアル戯曲。

学生たちは、苦悩・挫折・迷いを経て、どう夢を描き、成功へと向かっていくのか…?

◆この戯曲について

作者:小島尚貴(経営者・作家)

作者ブログ:『職の精神史

作者提携事業所:『mai place

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◆第1話「モラトリアム終了」

大学三年の夏休みは、それまで過ごしてきた夏休みとは終わり方が違う。

それは、ここで終わるのが、夏休みだけじゃないから。

本当に終わるのは、「世の中の現実」を考えなくても過ごせた日々。

ああ、ついにやって来た。

就職活動――。

(舞台は九州学院大学。授業が終わり、学生たちが帰った後の教室から、物語は始まる。)

美里 よっ!麻衣。久しぶり。どうだった、夏休み?

麻衣 ああ、美里。そうだね、楽しかったよ。短期留学にも行ったし。

美里 そうだったね。その話、今度ゆっくり聞かせてよ。で、あんた、今日行くの?

麻衣 行くって、どこに?

美里 どこって、説明会よ。就職課が夕方からやる、三年生向けの就職説明会。

麻衣 …別に、予定は入れてなかったけど。美里は行くの?

美里 もちろんじゃない。あたし、就職がすっごく楽しみなんだ。納得いく内定のためには、一足早くスタートダッシュかけなきゃ。あんたも行こうよ。

麻衣 そうね。じゃあ、一緒に行こう。

美里 じゃあ、四時に自販機前で!

(麻衣の回想)

麻衣  就活か…とうとうそんな時期になったんだ。

私はまだ、業界とか仕事のことは何も知らないけど、美里のような友達がいれば、頑張っていけそう。

どうせ考えなきゃいけないことだし、今日は何かいい情報があったらいいな。)

(説明会場付近。学生たちが集まってくる)

絵里 よっ!

麻衣 …なんだ、絵里か。

絵里 あんたも来てたんだ。

麻衣 美里に教えてもらったの。

絵里 あんた、志望業界決まってんの?

麻衣 いや、まだ…。

絵里 あたしは絶対、JTBかCAって決めてるんだ。

麻衣 すごいね、もう決めてるなんて。

絵里 夏休みはネイル講座もマナー講座も受けたし、絶対受かってやるんだから。

麻衣 へぇ。

絵里 …ほら、そろそろ始まるよ。

(ステージに就職課職員が登壇。説明会が始まる。)

駒田 三年生の諸君。早速あいさつといきたいところだが、まず諸君に言いたいことは、毎年同じことだ。

「今すぐ夏休み気分を捨てろ!」。

(学生たち、ざわめく。)

…君たちは就活をよほど甘く見ているようだな。顔を見ていれば、君たちの甘さがよく分かる。

麻衣 誰なの、あの人?

美里 就職課の課長よ。先輩が「あいつの話で毎年みんな、暗くなる」って言ってたけど、ホントにイヤな話し方ね。

駒田 君たちは九州学院の学生ということで、九州や博多では、そこそこ知られているかもしれん。

だがな、それは所詮このド田舎、九州での話だ。君たちの学校など、東京に行けば誰も知らんぞ。

私は長年東京に滞在して、それを肌で感じてきた。

絵里 バッカじゃないの!あんたみたいなのが駐在してるからじゃない。余計な話はさっさとやめて、早くJTBの話をしてよ。

駒田 就職では、君たちの総合力が問われる。

マナー、外見、あいさつ、仕草はもとより、時事関連知識、筆記試験、自己管理能力、面接でのアピール力、コミュニケーションのセンス、文章力、語学力、専攻科目に対する理解力…。

駒田 君たちに聞きたい。この中で、日経を読んでいる学生は何人いる?

(ポツポツと手が挙がる)

駒田 なんだ、たったこれだけか。さすが九州。東京の一年生並みだな。よし、じゃあ、そこの君。今日の日経平均はいくらだった?

学生1 え…一万四千円くらいだったと思います。

駒田 みんな!聞いたか!「一万四千円」だとよ。「くらい」だとよ。

(学生1、うつむく)

駒田 正しくは「一万四千二十五円」だ。

原油先物相場が一旦落ち着きを取り戻し、投機資金の流入が一段落したことで、バーナンキ議長が「当面、株式市場は安定するだろう」と声明を発したのがきっかけだな。

じゃあ、そこの君!バーナンキはどこの議長だ?

学生2 えっと、確か連邦金融安定…。

駒田 何だと?

学生2 じゃなくて、連邦準備制度…。

駒田 君、本当に大学生か?学生なら英語で答えろよ、英語で!連邦準備制度理事会、すなわちFederal Reserve Board、FRBだな。

君は就活じゃなくて、大学入試くらいからやり直したまえ。

(学生2、うつむく)

絵里 ほんと、嫌味なヤツ。

駒田 いちいち他の学生にまで聞いたら、説明に時間がかかるから、今日はこれくらいにしといてやるが、どうせみんな同じ程度だろう。毎年、九州の学生は全く進歩してないな。

くれぐれも念を押しておくが、就職に甘い夢など持たんことだな。仕事は勉強や遊びと違って、生き馬の目を抜くビジネス社会の出来事だ。

諸君は格差社会の世の中にこれから突入していくわけだが、さっきの質問で、諸君全員が「下流社会の人間」ということがよく分かっただろう。

(麻衣、鋭くステージを見つめる)

駒田 要するに、諸君は「就職以前」ということだ。ビジネスは金が飛び交う非情な世界だ。君らじゃ到底、太刀打ちできんだろう。だが、頑張ればフリーターを回避することくらいは可能だ。

失業式を迎えたくなかったら、今日帰ってすぐリクナビに登録し、日経新聞の購読を申し込むことだな。

特に文学部!諸君の就職はヒジョーに厳しい!それから、資格がない奴!TOEICが六〇〇点以下の奴!諸君には補欠席さえ用意されていない。それが社会の現実だ。

悔しかったら、さっさと夏休み気分を捨てることだな。じゃあ、今日の説明会はこれで終わりだ。

(麻衣、絵里、美里、揃って駒田を見つめる)

(説明会終了。麻衣と美里、町の喫茶店へ)

美里 ごめんね、せっかく誘ったのに、あんな話だったなんて。前もって調べとけばよかった。

麻衣 いいのよ、あれはあれで、勉強になる話だったし。

美里 勉強になった?どこがなのよ?

麻衣 確かに私たちは何も知らない。夏休みが終わるのも嫌。こんな気持ちじゃ就職は厳しいってことは納得できた、ってこと。

美里 あんた、ホントにお人好しね。あたしはもっと、やる気が出る話を期待してたのに。

麻衣 そうね。やる気がない人は、確かに多いよね。振り返れば、私たちが入学した時から、先輩たちはいつも、この時期を迎えると…。

「やりたいことが見つからない」

「何から始めていいか分からない」

「できるだけ学生でいたい」

「仕事なんてしたくない」

「本当に内定できるんだろうか」

「業界や企業のことなんて、全然知らない」

…って言ってた。

美里 あたし、人材業界に興味があるんだ。人と仕事の出会い方がもっと良くなれば、日本を変えられそうだって感じるの。

麻衣 私も、そういう高い理想を持って働きたいな。

美里 麻衣はどの業界を目指してるの?

麻衣 私は…業界よりも、尊敬できる人の会社で働きたいってことくらいしか考えてないよ。それか、心から助けたいと願う人のために役に立ちたい。

美里 そういう気持ち、大事だよね。駒田が言う時事知識や就活対策も確かに大事だとは思うけど、あたしは、あんな冷たい気持ちで自分の未来とは向き合いたくないな。

麻衣 そうね。少なくとも、尊敬できる大人の姿とは思えなかった。でも、私たちの甘さに気付くにはいいきっかけになったよ。美里、ありがとう。

美里 そう言ってもらえて助かったよ。…あ、あの人。

麻衣 わ、亘先輩!

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◆第2話「就活の現実って?」

麻衣 先輩、久しぶりですね。

亘 ああ、いたのか。こんな所で会うなんて、奇遇だな。

麻衣 先輩、スーツ似合ってますよ。あと半年もすれば社会人なんですよね。

亘 …。

美里 今日は会社のイベントでもあったんですか?

亘 オレ…実はまだ、内定もらってないんだ。

麻衣 えっ?

亘 ここなら誰もいないと思って来たのに。まぁ、おまえたちで助かったよ。最近、同級生の顔を見るとイライラするからな。

美里 すみません、私、とっくに就活は終わったとばかり…。

亘 いいんだ、気にするな。ふぅ…。

亘 それより、おまえたち、どうしてここにいるんだ?

麻衣 今日は、就職課の説明会に行ってきたんです。

美里 あんまり面白くなかったんですけどね。

亘 あぁ、駒田のオッサンの話か。あのオッサンの話に賛成するわけじゃないけど、確かに就活は厳しいよな。オレだってサボったつもりはないのに、もう…三十社落ちたよ。

美里 三十…。

亘 間違いなく多い方だろうな。というより、ここまで落ち続ける奴もいないよな。

麻衣 先輩、確か商社に入りたいって言ってましたよね。

亘 …おまえ、よく覚えてるな。そう言えば、去年の今頃は、そんなこと言ってたっけ。

美里 何言ってるんですか。あたしたちをあんなに励ましてくれたのに。

亘 あの頃は何も知らなかったんだよ、何もな。ま、忘れてくれ。

麻衣 そんな…。

(喫茶店のマスター、デザートを運んでくる)

マスター はい、サービス。

美里 あ、ありがとうございます!

マスター 何だい、君たち、就職の話かい?

麻衣 ええ。まだ何もやってないんですけど。

マスター 僕らの頃は高度成長期で自由気ままにやってたけど、君たちが生きる時代は国内、海外に競争相手が増えて、大変だね。

美里 マスターも就職では悩んだんですか?

マスター そうだね…。三十年近く前だからよく覚えてないけど、僕は自分の店を持つことに憧れてたから、あんまり会社のことは真剣に考えてなかったよ。

美里 最初は何の仕事をしたんですか?

マスター えっと…食品の商社だよ。商社なんて聞くと、今じゃカッコ良さそうに聞こえるが、僕らの頃は「横流し屋」みたいなもので、飲食店にビールや食材を卸したね。

それで喫茶店に興味が出て、四十五歳で脱サラしたんだ。

美里 先輩、商社志望なんです。何かいい情報はありませんか?

亘 おい、美里、もういいんだ。

マスター 君、就職がうまくいってないのかい?

亘 …。

麻衣 先輩、ごめんなさい。詳しい事情も知らないで。

亘 オレだって、本当はオレだって、四年生の夏でこうなってるはずじゃなかったのに…。

マスター 君、将来やりたいことはないのかい?

亘 ないことはないんですが、というか、なかったんですが、今はもう、人に夢を語る自信がありません。

マスター 面接でたくさん失敗したの?

亘 面接だけじゃなく、僕の就活そのものが、いや、大学生活そのものが失敗だったんです。

マスター 僕には詳しいことは分からんが、君たちの大学には就職課があるだろう。そこに行ってみたらどうだい?

美里 就職課って、あそこの人たちが学生の気持ちなんて分かるのかしら?

麻衣 別に駒田課長のような人ばかりじゃないだろうし、私たちが就職の話を聞くってことにして、行ってみない?

亘 おい、おまえたち…。

麻衣 先輩、行ってみましょうよ。

マスター こういう時こそ行動だよ。一人じゃ悩みが深まるばかりだし、何かのきっかけにもなるだろうから、行ってみたらどうだい?

亘 はい…じゃあ、行ってみます。どうもありがとうございます。

(三人、喫茶店を出る)

(三人、就職課へ)

美里 こんにちは!

職員 君たちは三年生か?就職課はあと十分くらいで閉まるよ。

美里 ちょっと、相談したいことがあるんですけど。

麻衣 十分でも構いません。

職員 そうは言われても、担当の者が…。あっ、そうだ、今日は課長が残っているから、課長に聞いてみるかい?

美里 課長っていうと…(二人、目を合わせる)

職員 課長ぉ~!学生が就職相談に来てますよ。

駒田 (奥から)了解!じゃあ、相談室に通しててくれ。

職員 じゃ、あっちで待ってて。お茶出せなくてごめんね。

(相談室に三人座る。駒田入室)

駒田 こんな時間に相談に来るなんて、就職課は六時までだから、覚えておきなさい。

麻衣 はい、突然伺ってすみません。

駒田 で、何だい、相談ってのは。

美里 実は…私たちじゃなくて、こちらの先輩のことなんですけど。

亘 …。

駒田 その先輩が相談希望なら、自分で相談内容を話したらどうだ。

亘 四年のこの時期で内定ゼロって、やっぱり、ヤバイんですか?

駒田 ヤバイ?…その言葉遣いがヤバイなぁ。君、面接何社受けた?

亘 三十社ほどです。

駒田 三十?で、何社受かった?最終には何社行った?

亘 最終面接まで行ったのは四社で、全部落ちました。

駒田 全部落ちたぁ?

(亘、うつむく)

駒田 君は、自己分析はどれくらいやった?業界研究は?筆記対策は?日経は読んだか?小論文対策はやったか?OB訪問は何社やった?

亘 …。

駒田 なんだ、覚えてないのか?そんなことも言えないから三十社も落ちたんじゃないのか?

亘 …。

美里 そんな…。

麻衣 私たちが聞きたいのは、この時期の四年生にどういう対策があるか、ということです。自己分析や業界研究も、冬とは違うやり方が必要かもしれないので、教えてもらえませんか?

駒田 おいおい、四年生で、三十社も落ちて、しかもこんなに暗いんじゃ、対策なんてあるわけないじゃないか。

ちゃんと去年から日経読んで、自己分析やって、業界研究しとけば、今頃ここに来なくて済んだんだよ。

麻衣 でも、就職課は、就職に悩む学生のためにあるんですよね?

駒田 それはそうだが…。

亘 考えられる対策は全部やりました。始めた時期が遅かったとも思いません。志望業界だって、二年生の頃から描いていました。

でも、何かが違う気がして一時期何もしなかったら、いつの間にか時間がたって、どうにもモチベーションが上がらないんです。

駒田 おいおい、だったら就職課じゃなくて、保健室に行った方がいいんじゃないか?

美里 ちょっと、それはひどくありませんか?

亘 僕は自分の引きこもりで失敗したと思っています。だから、何と言われても弁解はしませんし、就職課に頼るつもりもありません。

ですが、僕と同じような気持ちの学生も、この九州学院にはたくさんいます。よかったら、今年の三年生には、対策ばかりじゃなくて、本質的な話をしてもらえないでしょうか?

駒田 本質的な話?我々の教えていること以外に、何の本質があるんだ?

就活は、自己分析して、業界を決めて、説明会に行って、エントリーシートを出して、面接を受ければ終わりだ。それらを全て、早めにやること。それ以外に対策はない。

亘 じゃあ、それをその通りにやった学生たちが、どうして行きたい会社に決まらず、苦しんでいるんでしょうか。どうして決まっても、なお不安なんでしょうか。

この学校では、学生たちの意向を無視して、有名企業ばかりに入らせようとしてはいないでしょうか。

駒田 四季報に財務データを提供できないような会社は一流じゃない。どうせ働くなら、一流企業の方がいいじゃないか。それは就職課だけじゃなく、大学の思いやりなんだ。

亘 思いやり?学生の思いを聞かずに、一体何の思いやりが持てるんですか?もういい、今日はどうもありがとうございました。長々と失礼しました。

美里 先輩…。

亘 失礼しました。

麻衣 どうもありがとうございました。

駒田 …。

(三人、駅へ)

亘 今日は情けないところ見せて悪かったな。

美里 あたし、もっと先輩の話を聞きたいんですけど、今からバイトが…。

亘 そうか、頑張れよ。失敗談ならいくらでも話してやれるぞ。

麻衣 先輩!まだ希望はあるから、私たちと一緒に頑張りましょうよ!

亘 ありがとう。オレだって、まだ希望を捨てたわけじゃない。どんなに遅くなろうと、きっと納得の内定を掴んでみせるよ。

もしかしたら、おまえたちと同じ時期になるかもしれないけどな。じゃあ、今日は本当にお疲れ様。またな。

(亘、電車に乗り込む)

(麻衣の回想)

麻衣 確かに、うちの就職対策は真剣じゃないわけじゃない。資料も情報も、相談体制も整ってる。

でも、何か一つ、肝心なことが全く考えられてない気がする。あの、誰からも慕われてた先輩が、中途半端なことを言うはずもない。

先輩の言ってた「本質的な話」って、どういうことなんだろう?私はそれを知っているのかしら?

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◆第3話「謎の経営者」

(麻衣、帰宅する)

麻衣 ただいま。

母 お帰り。今日は遅かったね。

麻衣 ちょっと友達と話してて。

母 友達って、美里ちゃん?

麻衣 うん。それと、先輩。まだ就職先が決まってない先輩と、就職課に行ってきたの。

母 決まってないって、そりゃ、大変だねぇ。そろそろ、あんたたちの学年が就職活動っていうのにね。

麻衣 先輩、すごく暗かった。苦しそうだった。就職が決まらないと、人はあんなにも変わるものなんだ、って思ったよ。

母 それはねぇ、仕事だからねぇ。お父さんたちだって、失業や転職は大問題だよ。

うちは公務員だからまだいいけど、康司君の会社は、最近二人もベテランの人が辞めたんだってよ。

麻衣 康司君の会社が?小さな会社なのに。

母 あたしゃ、詳しいことは分からないけど、最近はガソリンとか食品も上がってて主婦も財布のヒモが固いし、小さい会社は売上が落ちて、経費もかさんで、大変なんだろうね。

麻衣 お母さんって、経済学者みたいね。

母 どこが学者よ。あたしらはただの主婦。お父さんを応援して、あんたたちの成長を見守るのが仕事なのよ。

麻衣 立派な仕事ね。私もお母さんみたいな主婦になりたいな。

母 お母さんは今からテレビ見るから、あんたはご飯食べて、今日はゆっくり休みなさい。確か、明日は早いんだったね。本当は一緒に食べたいんだけど、あんたが遅かったから、先に食べちゃったよ。ごめんね。

麻衣 ううん。ありがとう。じゃあ、そうするね。

(翌朝。麻衣、自宅を出る。信号で待っていると、近所の幼馴染みの康司が現れる)

康司 麻衣!

麻衣 康司君、久しぶりね。今から仕事?

康司 …当たり前じゃないか。もう学生じゃないんだからな。

麻衣 お母さんから聞いたんだけど、康司君の会社、最近退職があったの?

康司 なんだ、おまえ、相変わらず情報通だな。…まぁ、退職っていうか、辞めさせられたんだけどな。

麻衣 どういうこと?

康司 一年目のオレが言うのも何だけど、ウチの会社、ホント売上きつくてさ。

それで、専務が退職金を満額出せそうにないって言って、早期退職者には規定の金額を出すけど、ずっと残った場合は、満額保証はできない、って言ったんだ。そしたら、一週間で二人も辞めたんだ。

(麻衣、神妙に聞き入る)

康司 で、二人のうち一人が営業の責任者で、その人の得意先がオレにも回ってきて、今日から地下鉄で通うことにしたんだ。ガソリンも値上がりしてるし、通勤手当だけじゃ賄えないからな。

麻衣 …経済って、動いてるのね。

康司 は?…当たり前じゃないか。おまえもしっかり会社を見極めて、後悔しないように選べよ。就職の合同説明会は広告イベントだから、いいことしか言わないぞ。

麻衣 就職課はどうなの?

康司 就職課って…。すまんが全く分からないな。とにかく、オレに言えることは、会社や仕事のことは、社会人になって知ることばかりで、学生時代の経験や知識はほとんど使いものにならないってことだ。

康司 おまえは真面目だからあんまり心配してないけど、対策は早めの方がいいぞ。何かあったら、九時以降なら電話もつながるから、いつでも聞いてくれ。

あ!それと、おまえの学校の近くの喫茶店のマスターに「純一さん」って聞いてみたらいいぞ。面白い社長さんだ。じゃあな。

麻衣 ありがとう。今日もお仕事頑張ってね。

(麻衣、電車の中で考え事にふける)

麻衣 朝の地下鉄で見るサラリーマンの人たちって、改めて見てみると、なんて疲れた顔をしてるんだろう。それに、派遣会社の広告もいっぱい。

サラ金や多重債務者の債務整理の広告も、最近増えてきた気がする。

これって、生活に困っている人…仕事や人生がうまくいってない人が多くて、みんな、苦しんでるってことなのかなぁ…。

(麻衣、大学に到着)

絵里 よっ!

麻衣 絵里。今日は朝から授業なの?

絵里 なぁ~に言ってんの。今日は客室乗務員に内定した先輩に会うから、早く来たの。

麻衣 絵里、JTBって言ってたじゃない?

絵里 それとCA、キャビンアテンダント。

麻衣 どこが楽しいの?

絵里 どこがって…。もしかしたら、芸能人とか有名人に会えちゃったりしそうじゃない?

それに、制服もかわいいし、女の子の憧れだし、男もなにげにスッチー好きだし…。あたしの第一志望って言えるかも。じゃ、あたしあっちだから、また今度ね!

麻衣 じゃあ、またね。

(麻衣、授業に出る。)

美里 あんた、あれからどうだった?

麻衣 美里!びっくりした。あれからって?

美里 亘先輩のこと。あれから何か話したの?

麻衣 いや、すぐ帰ったけど。

美里 昨日みたいな話聞くと、就活がいきなりリアルに思えてこなかった?あたし、フツーに「自分が一社も決まらなかったらどうしよう」って思っちゃった。先輩には悪いけど。

麻衣 そうね。私も正直、先輩があんなにきつそうなのを見て、真剣に考えなくちゃって思った。で、美里、今日はこれからどうするの?

美里 別に。何も入ってないけど。

麻衣 じゃあ、また喫茶店に行かない?

美里 いいよ。じゃ、今から行こっか。

(二人、喫茶店に向かう)

麻衣 こんにちは。

マスター おう、君たちか。今日は早いね。

美里 授業、二限までだったんです。

マスター 昨日の男の子はいないの?

麻衣 はい、今日は一緒じゃありません。

マスター そうか。昨日は突然のことで、何の相談にも乗れなくて悪かったと思ってたんだよ。

美里 マスターが気にすることじゃありませんよ。

麻衣 マスターに聞きたいことがあるんですけど。

マスター 何だい?

麻衣 このお店に「純一さん」って方が来られてると聞きました。

マスター あぁ…純一さんか。時々来てるよ。平日の夕方から、よく若者と話しているね。

麻衣 私の知り合いの人が、その人のことをマスターに尋ねたらいい、って言ってたんです。

マスター あの方はあらゆる仕事に精通してるからね。風来坊のような変わったお客さんだけど、僕がここから見てても、ここに来た若者たちの表情が見違えるように変わるのはよく分かるよ。若いのに、大したもんだ。

麻衣 若い?何歳くらいなんですか?

マスター そうだねぇ。見たところ、三十前後じゃないか?

以前、一人で来た時にちょっとお店の話をしたら、瞬時に利益率を計算されて、そのアドバイスが全部当たっていて、ウチもお客さんが増えたんだ。

美里 変わった人ですね。

マスター 来週あたり、また夕方過ぎに来るんじゃないか。学生たちもけっこう来るから、よかったら見に来てみたらどうだい?

麻衣 そうですね。じゃあ、また来てみます。

マスター じゃあ、昼のお代はいいよ。今度まとめて、ってことにしよう。

麻衣 え?そんな…ごめんなさい。

美里 ありがとうございます。

マスター 僕も、君らのような若者にウチの店を使ってもらいたいからな。

(翌週、再度来店)

学生1 …僕、実は四年生なんです。もう二十社も受けているのに、一社も決まらないんです。

(麻衣 えっ?就活の話?)

学生1 それで、ここに相談に来ると誰でも理想の内定が決まると聞いて、初めて来てみました。

学生2 ぼ、僕じゃなくて私も、噂を聞いて一緒に来ました。

純一 ようこそ。僕でいいよ。お互い頑張ろう。どうぞよろしく。

学生1、2 よろしくお願いします。

純一 君たちは、どういう業界を中心に受けてきた?

学生1 僕は広告代理店です。

学生2 僕は不動産会社です。

純一 そうか。じゃあ、「商社」だね。

学生1、2 しょ、商社?

純一 そう、商社だ。会計的に見ればね。

学生2 「会計的に」…?

純一 君たちは財務諸表は読める?

学生1 はい、少しは…。

純一 じゃあ、資産欄を上から順に言ってもらえるかな?

学生1 えっと…確か「流動資産」があって…。

学生2 その下は「固定資産」です。

純一 そうだね。じゃあ、流動資産は、何と何で構成されてる?

学生1 それは、分かりません。

学生2 「棚卸資産」です。

純一 そう。それと「当座資産」だね。じゃあ、その二つの違いは?

学生1、2 分かりません。

純一 そうか。でも安心してほしい。これが分かれば、今からでも理想の内定は楽勝だ。では、今から会計的視点について説明していこう。

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◆第4話「会計的視点」

学生1 あの…僕たちは、就職の相談に来たんですけど。

学生2 もしかして、今日は今日で、別の予定の日だったんでしょうか?

純一 これが就職の話だけど。

学生1 僕、今日あまり時間ないんで、よかったら、広告代理店のエントリーシート見てもらえないかと思って来たんですけど…。

純一 別に見てあげてもいいよ。

学生1 じゃ、お願いします。

(純一、ESを受け取る)

純一 …「前例にとらわれない発想が私の武器」で、「表現の限界」に挑戦したくて、「ゆくゆくは世界を目指したい」のが夢か。

学生1 は、はい。

純一 君はいつも、こういう風に書いてきた?

学生1 えっと、今回のはかなり勇気を出して強気で攻めてみました。

純一 どこをどう強気で書いた?どこがどう、前例にとらわれていないんだ?

学生1 …。

純一 もしかして、このエントリーシートが君の「表現の限界」じゃないのか?

学生1 そうかもしれません…。

純一 まぁ、いい。(全員の方を向いて)君たちも今日はよく聞いてほしい。今日は就活の基本を話す。

(麻衣 就活の基本?)

純一 広告代理店の商品は何か?分かる人?

学生 チラシとかCMです。

純一 じゃあ、不動産会社の商品が何か分かる人?

学生 土地や建物です。

純一 違う。

(麻衣、美里 えっ?)

純一 確かに商材は媒体や土地、建物だけど、その形式を採る前に、会計的に見ることが大事だ。

君、(学生1を向いて)棚卸資産と当座資産の違いは?

学生1 すみません、忘れました。

純一 当座資産というのは、現金、預金、売掛金、手形などのことで、換金のためには「時間の経過」か「所定の手続き」が必要な財産のことだ。

君、(学生2を向いて)売掛金って何だ?

学生2 えっと…確か、商品は売ったけど、代金はまだもらってない時の…。

純一 そう。売掛金とは「売ったけどまだもらっていないお金」、すなわち「所定の期日が来れば換金される資産」だ。つまり、「時間が立てば現金に変わる」ものだね。

このことから、当座資産とは、「既に売れている財産」ということができる。

学生2 はい。

純一 じゃあ、棚卸資産とはどんな資産だ?

学生1 ってことは…「これから売る財産」!…でしょうか?

純一 そう。もっと正確に言えば、「換金のために販売行為が必要な財産」だ。

例えば、この喫茶店にはチーズケーキがある。あのケーキは、ここのお店を見れば厨房がないことからも分かるように、どこかの製菓会社から仕入れている。

じゃあ、ここで質問だ。あのチーズケーキは、「時間がたてば」自動的にお金に変わるか?

学生たち 変わりません。

純一 そうだ。在庫は時間が立てば品質が劣化し、価値が下がる。だから、ここ(棚卸資産欄を指差して)に入ったら、できるだけ早く卒業してもらわないと困る、ということだ。

「入った時より、出る時の方が成長している状態」で、ね。

学生1 …なんだか、僕ら学生みたいですね。成長せずに滞在していたら、留年するのと同じだと思いました。

純一 そう。いいところに気が付いたね。

つまり、棚卸資産とは、お金を増やすためにお客さんとコミュニケーションを行なう道具、つまり「商品が出番を待って待機している控え室」だと考えればいい。

(麻衣 …なんて鮮やかな説明なのかしら)

純一 この棚卸資産、つまり在庫を「製造」、「加工」の段階から形成する業態を「メーカー」と呼び、「仕入れ」、つまり完成品の購入によって形成する業態を「商社」と呼んでいる。

だから、世の中にはメーカーと商社しか存在しないんだ。販売業、サービス業も商社の一部だと考えていい。会計的に見れば、世の中には二つの業界しかないということだ。

そして、完成品や原材料を仕入れるためのお金は、もちろん「当座資産」から捻出する。

例えば、50円でチーズケーキを仕入れて、100円で売れば、いくらの利益が出る?

学生2 50円です。

純一 そう。つまり、50円の当座資産を投資して、50円相当の棚卸資産を購入し、100円の価格を設定して販売したら、50円余分に当座資産が返ってきた、ということができるね。

学生2 なるほど…。

純一 ならば、良い商売とは、「投資以上の回収を生む営み」、すなわち「お金を使ったら、お金が増えた」というプロセスを実現することにある。

学生1 お金を使ったらお金が増える…。

純一 広告代理店は、より高く販売できるであろう時間帯や空間を見つけて安く購入し、デザインや音声で表現して付加価値を高め、転売している点で「商社」だ。

不動産会社は、広告代理店がやっていることを土地と建物でやっているだけの「商社」だ。

君たちは雑誌、テレビ、ラジオ、ビル、マンション、商業施設などと「モノ」で見るから、全部が別の業界、別の仕事に見えるだろうけど、全ての商品は基本的に、様々な形態を採る以前に、まず「棚卸資産」と考えていい。

そして、棚卸資産が入居時より成長して還元されるためには、「お客様の問題を解決して喜びに変える」ことが必要なんだ。

世の中で存続、発展している会社は全て、お客様がその会社の棚卸資産の価格を認め、存続を承認した会社だと考えればよい。

「お客様が求める在庫」を実現できれば、現金を頂いて存続することができる。

だから、全ての仕事は「問題解決」なんだ。

(麻衣 問題解決?)

学生2 社長さんって、そう考えているんですね。

純一 そうだ。君たちは「ほっともっと」と聞くと、「なんだ、弁当屋か」と思うだろう。

確かに、「モノ」で見れば弁当屋さんだ。だけど、ほっともっとのお客さんはどういう人が多い?

ある学生 えっと…自炊が面倒な人。

別の学生 あと、時間がない人とか、外食は高いと思う人です。

純一 そうだね。

だから、自炊する余裕がないほど疲れたサラリーマンや、時間がないOLや、お金を節約したい学生は、もしそんな問題を解決して、手軽に、速く、安く、そしておいしく弁当を提供してくれるお店があれば、買いに行くだろう?

学生1 行きます。

純一 ほっともっとは、外見は弁当屋さんだけど、創業者は誰にも負けないくらい、弁当が好きで好きでたまらなかったのか?だったら自分で食べればいいよね。

でも、創業者はきっと、若い人たちの食習慣が乱れ、栄養が偏り、添加物が入った食品ばかり食べていたら、この国の将来はどうなるのか、と考えたとは思わないか?

世の中の全てのお金は、「問題が解決される場所」に流れ込んでいるんだ。

(麻衣 創業者の思い…)

純一 だから、創業者はこの国の未来を支えるであろう、若くて忙しく、そして経済的余裕がない人たちのために、「速くて安くて便利でおいしい」という食事を提供すれば、社会貢献ができるという「コト」に気付いたんだ。

純一 そして、この「コト」こそ、君たちが共有すべき志望動機だ。

モノはコトを表現する手段に過ぎない。モノはコトに従属する。

君たちは弁当に興味がなくても、若い人たちの時間とお金を節約し、健康増進に役立ちたいという思いには、十分共感できるだろ?

学生1 できます。てか、ほっともっとってすごい…。いつも食べることしか考えてなかった。

純一 君たちは「洗濯機」には、別に興味もないだろう。

でも、戦後、働き手を失った子沢山の母親が、洗濯という重労働で苦しんでいたのを見て、なんとか家事を減らして、空いた時間を子育てや休息に充ててほしいと願ったメーカーの思いには、感動できるだろう?

学生2 洗濯機って、すごいんですね!

純一 そうだ。「モノ」に囚われる視点を忘れ、「コト」に着眼すると、全ての仕事の魅力が見えてくる。

この思い、つまり「わが社は社会にこういうコトを提供したい」という気持ちが、その会社独自の分野で商品やサービスに変身して、提供されているんだ。

そこにこそ、「社長の創業動機」、すなわち「全社員が従い、守り、受け継いでいく最強不変の志望動機」があるということになる。

だから、「弁当を」売るんじゃない。「弁当で」売るんだ。「広告を」売るんじゃない。「広告で」売るんだ。

じゃあ、何を売るのか?「相手の可能性」だ。これが本当の商品だ。

そして、君たち学生がこの就職活動において掴み、内定後も保ち続けるものこそ、この本質的な志望動機なんだ。モノを志望動機にした時から、迷いと失敗が始まる。

その証拠に、受からない学生は「どんな自己PRを言えば良いか」、「どんな志望動機を言えば良いか」ばかり考えている。

その題材を使って、相手や自分の可能性を表現しようとは思わない。あるのはただ、「何を伝えればいいか?」という主観的な焦りだけで、「どう伝えればいいか?」とは考えない。

できない営業マンもこれと同じで、「営業とは、モノ、すなわち商品を売る仕事だ」と思ってる。だからきつい。だからできない。だからすぐやめる。

しかし、「営業」という言葉の定義が違うなら、きつくて、結果が出なくて当然だ。

仕事が楽しくない、就活が楽しくないなんて言う若者は、ただの「怠け者」ということだ。楽しくない就活は間違いだ。

(学生たち、真剣に見入る)

純一 どうだ。社長の視点に立つと、ワクワクしてこないか?そんな志望動機を持って働けたら、どれだけ仕事が楽しいと思う?それ以前に、就活も楽しくなるね。

(麻衣 なんて分かりやすいのかしら…。こんな話、就職課じゃ絶対に聞けない)

純一 『孫子』第四章には、「勝兵は先づ勝ちて而る後に戦い、敗兵は先づ戦いて而る後に勝ちを求む」とある。

「勝者はまず勝って、それから戦うが、敗者はまず戦って、それから勝ちを求める」ということだ。この名言を会計的に翻訳してみよう。

(麻衣、美里、見入る)

「できる学生は、まず内定して而る後に就活し、できない学生は、まず就活して而る後に内定を求む」だな。

「できる学生は、まず卒業して而る後に入学し、できない学生は、先づ入学して而る後に卒業を求む」だな。

「できる営業マンは、まず契約して而る後に商談し、できない営業マンは、まず商談して而る後に契約を求む」だな。

「できる社長は、まず売れて而る後に仕入れ、できない社長は、まず仕入れて而る後に売上を求む」だな。

つまり、勝つ人は最初から既に勝っている、ということだ。先に勝って、後から戦うんだ。

ならば…君たちもまず、今、心の中で「最高の未来」に内定すべきだとは思わないか?

インプットがアウトプットを作るんじゃない。どんなアウトプットを想定しているかで、今のインプットが決まるんだ。就活は会計と同じだ。

情報収集をすれば有利になるんじゃない。自己分析を頑張れば有利になるんじゃない。

生き生きと未来を描き、心の底から「仕事って楽しい!」と思えてこそ、最高の情報に出会え、最高の自分が見えてくるようになるんだ。

君たちの心の中には、相手が高値を出して買いたい「最高の未来」という商品があるか?そんな未来像から導かれた努力を、今やっているか?

もしかして、「とりあえず、やってみなきゃね」とか、「将来のことなんて、内定してからでいいっしょ」なんて考えてないか?

だったら、受からなくて当然だな。そんな面接は、「落としてください!」と言いに行ってるだけだ。つまり、「まず落ちて、而る後に面接せよ」だ。

学生1、2 …僕たち、間違ってました。まったく逆のことをやってました。今言われた「できない学生」は、全部僕らに当てはまってて、耳が痛かったです。

純一 それを認めたところからチャンスが生まれる。一緒に頑張ろうじゃないか。これから毎週来るといいよ。今日のような話は、基礎の基礎に過ぎないからね。

(麻衣 これで基礎の基礎だなんて!)

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◆第5話「終わらない自問自答」

純一 じゃあ、みんな、今日はお疲れ様。そろそろ合同説明会も始まるだろうから、今度はそれについて話そう。

学生たち お疲れ様でした。ありがとうございました。

(店内が閑散とする。)

(純一、一人で作業をする)

麻衣 あの…。

(純一、顔を上げる)

麻衣 さっきの話、とても勉強になりました。

純一 それはどうも。学生さん?

麻衣、美里 はい。九州学院大学の学生です。

純一 じゃあ、さっきのみんなと同じだね。

美里 今の人たちって、サークルか何かなんですか?

純一 ああ、「起業・取材サークルRUN」っていうサークルだよ。


麻衣 RUN…。聞いたことがあります。

純一 毎月雑誌出してるからね。九州学院の学生さんは特に多いよ。あと、箱崎の筑前大学の学生さんも多いね。さっきも四人ほどいた。

麻衣 実は、近所の康司さんに純一さんのことを聞いて、何のあいさつもなしにここに来て、失礼ながら、ずっとお話を聞いていました。

美里 すっごい面白かったです。

純一 康司君?ああ、彼は去年の卒業生だ。最近は上司が辞めたそうだけど、彼なら立派に引き継いでやっていくだろう。

麻衣 いつも、こんな勉強をやってるんですか?

純一 勉強?まぁ、就職活動対策はボランティアだね。サークルでは、もっと本質的なことを教えてるよ。

この店は仕事場に近いし、時間的にも学生が多い時に仕事が終わるから、よく使ってるんだ。

麻衣 「本質的なこと」って、どんなことなんですか?

純一 …簡単には説明できないくらいたくさんあるけど、学生には「職業観」を教えてるよ。

美里 職業観?

純一 そう。仕事とは何か、働くとは何か、ってこと。

麻衣 さっきの話以外にもあるんですか?

純一 だから、さっきの話は、「基礎の基礎」なんだって。

僕は就職活動には興味がない。ただ、若者が天下国家のために雄大な気持ちで働くことにのみ興味がある。

麻衣 あの…。サークルの勉強会って、誰でも参加できるんですか?

純一 誰でも、いつでも参加できるよ。

美里 あたし、入部したいです!

純一 そうは言っても、僕はただの顧問だからねぇ。今度、見学に来てみたらいいよ。ホームページから申し込めるから、近いうちにメールで問い合わせたらいいよ。

麻衣 あの、四年生でも見学に行けますか?

純一 もちろん。サークルの新入部員の半数は、「内定後の四年生」だ。

美里、麻衣 ええっ?

純一 普通なら、卒業を控えて一番遊びたい頃の学生たちが続々と入ってきて、ホントに変わったサークルだと思うよ。

まぁ、それくらいやる気がないと、こっちも教え甲斐がないけどね。「内定のため」なんて低レベルな動機で来られちゃ、迷惑だから。

麻衣 実は、私が一緒に連れていきたい先輩は、まだ内定してないんですけど…。

純一 内定していようがいまいが、僕には何の差でもない。学生は学生だ。未来に賭けたいと思うなら、その気持ちだけ持って見学に来たらいいよ。

麻衣 じゃあ、早速次の勉強会に行きます。

純一 そうか。じゃあ、楽しみに待っておくね。どうぞよろしく。

麻衣、美里 よろしくお願いします。

(麻衣、美里、帰宅)

(亘、部屋でベッドに横たわりながら電話中)

亘 …だからさぁ~、別にいいんだって。オレはオレなりにやってるんだから。

麻衣 でも、絶対にいいきっかけになるって思ったんです。

亘 おまえの気持ちは有り難いけど、今頃「サークル」なんて行けるか?

麻衣 あそこは普通のサークルじゃない。学生の目の色が違ってました。

亘 お~、怪しい、怪しい。

麻衣 センパイ!

亘 オレは四年生だぜ?しかも「未就職」。要するに、「フリーター予備軍」ってことさ。

麻衣 どうしたんですか、そんなこと言って!

亘 オレのプライドにかけても、そんなサークルの見学なんて、行くもんか。

麻衣 でも、新入部員の半数が「内定後の四年生」って言ってましたよ。

亘 何だって…?

麻衣 顧問の人も、「内定のために来られちゃ迷惑だ」って言ってました。

亘 ってことは…。

麻衣 純粋に勉強するサークルってことでしょう?私も美里も今度行くから、先輩も一緒に行きましょうよ。

亘 おまえがそこまで言うなら、よし…一回だけだぞ。一回だけ行ってやる。行って満足できなかったら、今度パフェおごってくれよ。

麻衣 はい。パフェでもコーヒーゼリーでも、何でもごちそうします。

亘 最近、世の中が敵ばかりに見えるオレには、おまえのような優しい奴は珍しいね。こんなオレの世話してて、いつか後悔したなんて言うなよ?

麻衣 じゃあ、今度の土曜に、赤坂市民センターで。

亘 おい、後悔…。

(プー、プー)

(亘、回想)

亘 ふん、何がサークルだ。

あんなに真面目に頑張って、三十社も落ちたオレの気持ちが、誰に分かるってんだ。

くそっ…。

(亘、涙を流す)

オレは、進学校の筑前館高校を卒業したエリートだ。筑前大学には落ちたけど、九州学院では成績が悪かったわけでもない。

オレは就職で、この差を挽回するはずだった。なのに…。

日経も読んだ。四季報も読んだ。志望順位が五位以内の会社は、財務データだってきっちり覚えた。オレの予定では、オレは今頃、三井商事に内定していたはずなのに…。

それが、無名の双丸にまで落とされるなんて…。

オレは自己分析を徹底的にやり直した。筆記試験だって、元から完璧に近かったけど、それでもさらにやった。時事用語集だって、真っ赤になるほど繰り返した。

友達や、特に麻衣や美里たち後輩の前では、「就活なんて気にならない」って強がってるけど、正直、もう限界だ。

ああ、オレはこのまま行けば、「フリーター」なのか?そんなこと、絶対に許せない。…だけど、バイトもせずに卒業後もこのままだと、「ニート」ってことか?まさか…。

筑前館出身のオレも落ちたもんだ。最近、内定した奴らがミョーにムカついてたまらない。

あいつらのうち、一体、オレ以上の努力をした奴が、どれだけいるっていうんだ?オレより頭がいい奴が、どれだけいるっていうんだ?

オレより早くから商社を目指していた奴が、どれだけいるっていうんだ?九州学院ごときに。

もしかして、オレは就活以前に、大学入試で既に失敗していたのかもしれない…。

仕事なんて、所詮は会社の命令を聞いて、カネもらうだけだ。なら、有名大企業に限る。世の中、結局ブランドなんだ。

オレはドライに割り切った。志望動機だって完璧に覚えた。一分、三分、五分の自己PRをオレほど完璧に言える奴は、そうはいない。

SPIの点数がオレよりいい奴も、オレより早く解ける奴も、そうはいない。

面接の質問を想定して、オレほど回答を練習した奴も、そうはいない。

なのに、なぜ…。

(亘、枕に顔をうずめる)

世の中、間違ってやがる!

(夜が明け、日が経ち、土曜を迎える)

麻衣 先輩!

美里 来てくれたんですね。麻衣が「もし来なかったらどうしよう」って言ってたんですよ。

亘 何言ってんだ、ちゃんと準備して待ってたんだって。ま、今日一回限りだけどな。

麻衣 よかった、来てくれて。

美里 先輩も絶対感動しますよ、あの人の話。

亘 五十社以上の説明会に行ってきたオレだぞ?そう簡単に感動するかって。

麻衣 とにかく、あと十分だから赤坂市民センターに行きましょ。

美里 そうそう、あっちあっち。

(三人、市民センターに向かう)

純一 おはよう。

麻衣、美里 おはようございます!

純一 おう、君たちか。おはよう。今日はよろしく。

亘 おはようございます…。

純一 おはよう!よろしく。

司会 では、今から第390回目のRUNゼミを始めます。よろしくお願いします!

(麻衣、美里 390回?すごい活気…。)

司会 じゃあ、今日の講義は「職業観とは何か」。純一さん、お願いします。

(純一、登壇)

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◆第6話「職業観」

純一 今日は皆さんに「職業観」についてお話しするわけですが、その前に、今日は見学者も多いようなので、簡単な質問から始めます。

まず、「給料」を払ってくれるのは誰ですか?

ある学生 会社です。

(亘 じゃないのかよ?)

純一 そう考えたいところですが、違います。答えは「お客様」です。

(亘 何、宗教みたいなこと言ってんだよ。だから言ったんだ。来るんじゃなかった。)

純一 では、「働く」とはどういうことでしょうか?

ある学生 えっと…会社に勤めて真面目に仕事をすることです。

純一 じゃあ、その「真面目」とは、どういうことですか?

(亘 タラタラ話してるんじゃねぇ。早く本題に入れよ。こっちは眠いんだ。)

ある学生 気合いを入れて耐えることです。それと、できるまで諦めないことです。

純一 それも確かに大事ですね。しかし、それだけじゃない。「真面目」とは、「創造的に怠けること」です。

(麻衣、美里 えっ?)

純一 例えば、先週は百点取るのに一時間かかったテストを、今週は五十分の勉強で百点取れれば、それが「真面目」ということです。

三回のプロセスが必要だったことを、二回で終えられたら、それも真面目だと言ってよい。

純一 要するに、真面目とは「時間を減らして成果を高める」ことだと言えるでしょう。

長々と時間をかけていると、それだけで自分は「頑張っている」と勘違いする。成果がどうであろうと、長期間努力したことをもって、過程を正当化したくなる。

その気持ちは分からないでもありませんが、時間をかけて成果が上がらないことは、「怠慢」と認めるべきです。

頑張るとは、主観ではなく客観の問題です。意欲も大切ですが、結果が出ないなら、それは「正しい努力」とは言えません。

(亘 おい、オレのことかよ!この真面目なオレを怠慢だと!)

純一 皆さんにも、こういう体験はありませんか?

(麻衣、美里 注目)

純一 例えば、頑張って勉強しているのに、成績が思うように上がらない。

面接や書類対策を頑張っているつもりなのに、なかなか内定がもらえない。

計画的に運動をしているはずなのに、なかなか体重が減らない。

純一 人間はこのように、自分がやっていることが、やろうとしていることにつながらないのを自覚すると、ストレスを感じ、不安になって、自信を失っていきます。

しかし、その現実を素直に認めようとする人は少ない。特に「若者」は。

逆に、崩れたプライドを満たそうと、周囲を恨んだり妬んだりして引き下げ、自尊心を満たそうとする、劣等感にまみれた若者も多いのです。

(亘、汗を流す。)

純一 ここで、企業や個人の問題を考えてみましょう。

皆さんの就活や受験のように、純粋に失敗の被害が個人だけに限定される活動ならまだいいでしょうが、企業や家計には、不得意なことまで全部自分で引き受けてやろうとすると、どうしようもなくなる時がたくさんあります。

例えば、トヨタが「社員食堂が無駄だ」と社員に自炊を命じれば、いかにクルマで世界一の会社とはいえ、調理技術は中学生並みでしょう。

電通が自社作品の郵送料を切り詰めようと、運送部門を作ったって、広告技術は一番でも、運送技術では町の軽トラにも劣るでしょう。

純一 だから、企業は「得意教科」に集中し、そして「不得意教科」を他者、他人にアウトソーシングします。

そして、この、他人が解決に悩んでいる不得意教科を、自社で得意教科とする人たちが受注した時、「取引」、つまりビジネスが生まれるのです。

(亘 確かに。)

純一 得意とはどういうことか?それは、同じことを達成する時に、他人より投下資源が少なくて済むということです。

あるいは、同一の時間、労力、資金を投じて、他人以上の成果を見込めるということです。

つまり、他人が「怠慢」であることを「真面目」にこなせれば、その資源の差額が、ビジネスになるんです。

電通がクルマを作れば、粗悪品に莫大な時間がかかるでしょう。一方、トヨタが広告を作れば、電通ほどの効果を生み出せるとは考えられない。

だから、お互いに自社の不得意分野を相手に任せ、その代償として対価を支払っています。

これが「売上」です。そして、会社には売上以外にお金を生み出す手段はありません。借入れも出資も、本業の売上が順調でなければ期待できない金融手法です。

だから、「本業」こそ第一の資金調達手段なのが分かるでしょう。したがって、全ての給料は「お客様」が払っているんです。

それを時々、「給料を払うのは会社だ」と勘違いしている人もいますが、給料の出て来る場所を会社だと思い込むと、部長や課長に頭を下げることになります。

会社はお客様から預かった資金を蓄え、給料日に配分するだけの組織に過ぎない。

ですが、「モノ」で見る人は、こういう単純な事実が分からないので、毎年、年末になると胃薬を飲みながら、ストレスに耐えてペコペコしています。

そして、本当に頭を下げる対象である「お客様」には陰で文句を言っている。まさに会社の「ガン細胞」としか言いようがない。

全ての仕事が「お客様の問題を解決して、悩みを喜びに変える営み」であれば――。

申し訳ないですが、この手の人たちは、「入社」はしたが「仕事」は全くしていないことになる。

(亘 何だって?)

純一 そして、夜に屋台や居酒屋に行けば、「課長の野郎、なめやがって!」とか、「部長に今度会ったら、辞めるって言ってやる!」などと息巻いています。でも、また会えば相変わらずペコペコしています。

しかし、心配する必要はない。

入社してもまともな仕事をしていないんだから、「おまえはもう、辞めている」のです。仕事とは何かという前提、つまり職業観が間違っていれば、「就職したって仕事はできない」のです。

つまり、この人の仕事の理解度は、今も「就活」で止まっているんです。どうせ、学生の頃から、知名度や規模しか尺度がなかったんでしょう。頭の使い方を間違えると、本当に恐ろしいものです。

(亘、冷や汗)

純一 皆さんも、社会人がスーツを着て名刺を持っているからといって、みんなが「仕事」をしていると思ってはいけません。

多くの人は、仕事をやっているのではなく、「自分が仕事だと思うこと」をやっているのです。本当の現実ではなく、「自分の願望に合致する現実」と向き合っているのです。

そして、仕事とは、先ほども話したように、外においては、自分の得意分野をもって相手の不得意分野を解決し、悩みを喜びに変える営みで、内においては、怠慢を真面目に変える営みです。

だから、まじめにやれば、楽しくないわけがない。

仕事が楽しくないなんて言う人は、「怠け者」です。

就活が楽しくないなんて言う学生も、「怠け者」です。

所詮、頑張ったのは受験勉強ごときで、自分の頭を使ったことは一度もないんでしょう。

(学生たち、集中)

純一 ですから、会社を発展させたければ、仕事を成功させたければ、就活を成功させたければ、その答えは至って単純です。

それは、「仕事とは何か」という職業観を正しく確立し、共有すればいいのです。

「相手の喜び」を基準に自分の言動を修正し、「相手の要望」に基づいて、悩みを喜びに変えていく過程に、努力を集中させればいいのです。そうすれば、失敗する方が難しい。

(麻衣、美里 集中)

しかし、世の中の、特に「ミーハー」と言われる連中は、こういう素朴な事実が理解できない。フリーターにもそういう人が多いのです。

人前では強がって、家に帰ればウジウジ。

最後は社会を恨んで、過去を恨んで、他人を妬んで、「本当の自分は、こんな自分じゃない!」などと言い出す。

「型にはまらないのが魅力」とか言う人ほど、見事なまでに「負け犬の型」にはまる。職業観がずれていれば、最初から終わっています。

そうして、惨めな現実を受け入れまいと虚勢を張る。その、虚勢を張って時間を浪費している今の自分が、「本当の自分」なんです。

(亘、ショックで青ざめる。)

純一 だから、資源の最適化を目指す、つまり「目標達成に向けて現実の自分の落差を埋める」という点においていえば、就活も立派な仕事です。

「活動」とは、成長が伴う継続的な行動です。

「オレももう社会人か。いつまでもこんな生活できないな」と思って、悪習慣を断つ。

あるいは、「将来の成功のために、公認会計士の勉強をしよう」と思って、習慣的な勉強を始める。

または、「早起きに慣れよう」と思って、新しいイベントを生活に組み込む。

そういう地道な行動を続ければ、未来と過去の展望が変わり、現実に良い影響を与えます。

「自分と未来の見え方」が変わる。「成長」とは、このような変化を指すのではないでしょうか。

(麻衣、美里 集中)

純一 だから、就職活動とは、「自分を成長させる営み」であって、「成長した自分を伝達する技術」ではありません。

学生の中には、自己分析、エントリー、筆記試験、書類提出、面接などを「就活」と呼ぶ人も多いですが、これのどこが「活動」ですか?

夜、家で20社エントリーして、良い汗をかきますか?履歴書を書いて、感動の涙が流れますか?流れないでしょう。

これらは所詮「手続き」に過ぎません。活動と手続きは厳密に区別されるべきです。そして、目に見える手続きだけを「活動」だと誤解しないことです。

そして、根本において職業観が欠落し、小手先の対策ばかりに躍起になって、手続きを活動と呼んで本質をごまかす就活を、「就活ごっこ」と呼びます。

皆さんが今からやろうとしていることは、活動と手続き、就活と就活ごっこのどちらですか?

ごっこで失敗した人を見たければ、ハローワークにでも行けばいい。相変わらず、条件や待遇を重視し、書類や面接で勝負が決まると思っている大人に会えます。

つまり、職業観が存在しない人は、年を取ろうが同じ悩みに苦しみ続けるということです。

(亘、凝視)

純一 ですから、このサークルに入ることで「就活に有利になる」とか考えている人は、来なくてよろしい。就活サークルなんて、最近はいっぱいあるようだから、それにでも行けばいいでしょう。僕はそんな「ごっこ」には何の興味もない。

僕は学生の味方ではなく、頑張る若者の味方でありたい。素朴なことでも、未来を信じて誠実に生きる現実を分かち合い、将来、そんな過去を笑顔で回想できる仲間でありたい。

お互いの職分を誠実に守り、仕事において自己表現と社会貢献を行い、そうして尊敬しあいたい。だから、今、職業観を鍛え抜きたいのです。

(亘 悟る)

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◆第7話「やりたいこと」

(講義終了。学生たち、歓談)

(麻衣、美里、亘、ロビーの純一に近付く)

麻衣、美里 今日は本当に勉強になる話、ありがとうございます。

純一 それはどうも。

亘 ぼ、僕、四年なんですけど、感動しました!今まで全く聞いたことがなかった話なのに、自分の求めていたのはこれに違いない!と確信しました。

純一 そうか、それはよかった。ここには四年生もいっぱいいるから、これから一緒に学べる仲間になったらいいね。

亘 あの…。実は、僕、まだ内定もらってないんです。

純一 今、選考は受けてる?

亘 いえ…。五月の連休でちょっと休んでいるうちに、なんだかやる気がなくなって、そのままもう五ヶ月近く、何もしてません。

純一 そうか。でもまだチャンスはいっぱいある。将来の夢はあるのかな?

亘 夢…。四月くらいまでは一応あったんですが、落ちるうちに自信なくして、もう、今は将来何をしようというのは考えていません。とりあえず、内定が欲しいです。

純一 周りにも、そういう四年生はたくさんいる?

亘 そうですね…自分の周りには、「やりたいことが見つからない」って言って、何の対策もしていない人もいます。

麻衣 「やりたいこと」って、どうやったら見つかるんですか?

美里 あ、それ、よく聞くよね。やりたいことがあったら、就活に有利だって。

亘 自分も、よかったら教えてもらえますか?

純一 「やりたいこと」ってのは、学生の流行語だね。

それがあれば有利だし、なければ就活に手を抜いていても許されるような雰囲気がある。

自分が全力で打ち込む価値があるかどうかを最初に見極めて、それに値するなら頑張ろうという学生も多いけど、そんな考え方は、おかしいんじゃないかな?

亘 どういうことですか?

純一 もう五年、このサークルで教えてるけど、僕には、「やりたいこと」を見つけたがる学生の気持ちは、分からないよ。

麻衣 えっ?

純一 しかも、このRUNで勉強しても、やりたいことは見つからない。

美里 そんな…。じゃあ、なんでみんな、あんなに生き生きとしているんですか?

純一 簡単だよ。「やっていることを好きになるのが才能だ」ということを、みんな理解しているからだ。

亘 やっていることを好きになる…。

純一 例えば、君たち、飲食店でバイトしたことはある?

美里 あたし、やってます!もう、一年半です。

純一 そうか、頑張ってるね。でも、最初の一ヶ月くらいは、大変だったでしょ?

美里 ええ、皿割ったり、注文間違えたり、遅刻したり、色々と叱られました。

純一 しかし、君は今も続けている。なぜ?

美里 それは…。

純一 皿を割れば、運び方を気にするようになる。注文を間違えれば、お客さんに配慮するようになる。遅刻すれば、生活のリズムを考えるようになる。そうして、一つ一つの作業に熟練していく。

美里 確かに…。

純一 そのうち、自分のタイミングの良い提案でお客さんが追加注文をしてくれたり、顔を覚えたお客さんが話しかけてくれたり、新人研修で教えた後輩が「先輩のおかげ」と頑張るようになったり…。

こうして、一つのアルバイトを続けていくと、見えるものが変わってくるよね。

最初は、注文の集計なんて、何も楽しくなかったかもしれない。でも、ずっとやっているうちに、より速く、より確実にやろうと思うようになり、実際、それができた。

麻衣 シフトリーダーになったり、発注管理を任されたりしますよね。

純一 そう。つまり、同じ仕事を続けているうちにやれることが増え、責任も大きくなり、自分が職場や現実に与えられる影響も強まってくる。

美里 あたし、今、ホールのサブマネージャーです。

亘 影響…。

純一 つまり、未熟な状態では仕事や生活に何の影響も及ぼせなかったのに、自分の知識や能力が向上した結果、仕事を支配できるようになったんだ。これが「やっていることが好きになった」ということだね。

(亘 注目)

純一 家庭教師、コンビニの店員、テストの採点、軽作業、イベントスタッフ…こんなバイトは、学生なら誰だってやるし、すぐに辞める人もいる。「自分には合ってない」と言って。

でも、地道に続ける人は、昨日と同じ失敗はしない。先週と同じ終わり方はしない。やればやるほど、その仕事が持っている楽しさが見えてくる。

これは、習い事でもスポーツでも、芸術でも同じだとは思わないか?

最初は単調で、自分はなんて下手なんだと嫌になることも多いけど、ずっとやっていると観察力が高まってくる。

すると、その作業が楽しくてたまらなくなり、そうして、自分に成長をもたらしてくれたその作業を、「やりたい」と思うようになる。感謝と謙虚さは、継続のプレゼントだ。

麻衣 なるほど…。

純一 君は、「理想のタイプの男性」との出会いと、「出会った男性を誰でも口説ける話し方」のどちらが欲しい?

美里 そりゃ、もちろん、誰でも落とせたら最高です。

純一 「一億円の当たりくじ」と、「百万円以内なら当てる方法」のどちらが欲しい?

亘 方法です。続ければ、いずれは一億円も超えられるかもしれませんから。

純一 そうだね。そんなふうに、人が好きだと思わないこと、人が後回しにしそうなことに地道に取り組めば、「人には見えない楽しさ」が見えてきて、どんな仕事も好きで得意になるだろう。

じゃ、もう一つ質問。

君たちは「やりたい仕事」と、「どんな仕事でも楽しめるセンス」のどちらが欲しい?

(三人 唖然とする。)

純一 まさか、「やりたいこと」なんて言う学生はいないよね。それよりも、どんな仕事からも楽しさを発見して手に入れられる知識と考え方があれば、何をやっても「やりたいこと」になる。

つまり、どの宝くじを買っても「当たり」にできるってことだ。

麻衣 じゃあ、「やりたいこと」って…。

純一 こだわる価値も意味もない考え方だ。こんな言葉は、君たちに迎合し、甘やかす大人の誘惑に過ぎない。誰が流行させた言葉なのかは知らないが、まったく、人間と仕事を知らないというほかない。

君たちも「魚」と「釣り方」のどちらが欲しいかと聞かれたら、「釣り方」だと答えるはずだ。理由は、釣り方さえ学べば、どんな魚も熟練次第で釣ることができるからだ。

しかし、世の中の学生の大半は、「魚くれ」、「魚はどこだ」、「この魚は気に入らない」、「欲しい魚が見つからない」と言いながら、肝心の釣り方の練習は全くやらない。

亘 「やりたいこと」って、損な考え方ですね。

純一 そうだね。もちろん、それがしっかり定まって、実現のために努力している若者は素晴らしいけど、最初から「夢の完成品」を求める考え方じゃ、いつまでたってもスタートさえできない。

大事なのは、何でもいいから、一つ習慣を定めて、その仕事が好きになるまで地道にやってみることだ。自分でやりがいを作って、夢を育てていくことだ。「楽しいならやる」という横着な考えを捨てることだ。

例えば、このサークルでも…

「野菜の栽培」

「筋トレ」

「ブログ」

「メイク」

「歴史研究」…

なんかを好きで頑張ってる学生も多いけど、僕はいつも、「本気で学び、本気で遊べ」と言ってる。

何でも、本気でやれば面白くなるからだ。面白ければ本気になるんじゃない。

就活でも、「やる気になったらやる」なんて学生も入るけど、逆だね。「やったらやる気になる」んだ。

まず自分が目の前の現実に、人生に働きかけることだ。本気は決して疲れない。疲れるのはいつも、ウジウジとした中途半端だ。

麻衣 「本気は疲れない」…。いい言葉ですね。

純一 ま、僕はそう言いながらも、最近は年のせいか、張り切りすぎてちょっと疲れてるんだけどね。というのは冗談で、それはあくまで肉体的な疲れに過ぎない。

自分が心から同意した未来は、現実に「必然性」をもたらす。

そうしてその必然性に従い、現実に影響を与えていく過去を積み重ねることで、いつしか、自分が人生に、つまり未来に及ぼせる影響を実感し、確信していくんだ。それが「やりがい」というものだ。

自信とは、同意をもって過ごした過去の集積が、未来に与える展望にほかならない、そうは思わないか?

美里 あたし、感動してきちゃった。

純一 だから、「やりたいこと」なんて無駄なこと考えてるヒマがあったら、スポーツでも趣味でも遊びでもいいから、徹底的にやってみることだ。

そうして、物事を好きになる訓練を習慣化することだ。そうすれば、就活の悩みなんて、いつしか忘れてるよ。

亘 もっと早くここに来ていれば…。

純一 大丈夫。まだまだ間に合うよ。ここは夢に間に合うためのサークルだから。

学生たちは、テッド・ターナーの「過去が未来を作るのではなく、未来が過去を作る」という言葉が好きだ。

君が今日、ここに来ようと思ったときには、見学は「未来」だったけど、今はもう、過去になった。未来が過去に影響を与えたんだ。過去が未来に影響を与えるんじゃない。

亘 ぼ、僕、今まで、無意味なことばかり考えてました…。

麻衣 先輩、一緒に頑張りましょうよ。

美里 参ったね、

あたしたち三人とも、まさか入部しちゃうなんて。

亘 よろしくお願いします!

(純一、司会に入部を知らせる)

司会 おい、みんな!また新しい仲間が増えたぞ。温かく歓迎して、応援していこう!

学生たち はい!

司会 じゃあ、来週は合説があるから、みんなで行って情報を共有しよう!

麻衣 合説…来週なんですね。でも私、何も準備してない。

純一 まず、何も考えずに行ってみるといいよ。

亘 オレも一緒に行くから。

美里 じゃ、あたしも!モチベーション上がって、来週が楽しみだなぁ!

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◆第8話「ゴーセツ」

美里 おっす!待った?

麻衣 いや、さっき来たばかり。

絵里 ゴーセツ、ゴーセツ!憧れのJTBとJALの話を聞きに行くぞ~!

亘 へへ、オレ、今年も合説か。

麻衣 亘先輩、合説の回り方を教えてもらえますか?

亘 今日のもそうだけど…とにかく、大会場はやたら人が多いし、人気企業は人が多くて話も聞けないことがよくあるよ。

特に、女の子は小さいから、説明が見えないこともある。人気企業は待ってでもいいから、早めに前のほうに陣取っておくことだね。

美里 他には?

亘 合説はまだ、選考とは直接の関わりはないけど、人事担当者が来てる場合も多いから、気になることは積極的に質問してアピールすることだ。…って、オレも去年、相当質問しまくって、結局全部落ちたんだけどな…。

麻衣 じゃ、先輩もチャンス見つけましょう!

(四人、会場に入る)

美里 わぁ…すごい人、人、人。

絵里 JTBはあたしのモノよ。

美里 あ、リクルートも来てる!パソナもある!

亘 だって、これはリクルート主催の合説だからな。

麻衣 そっか。ということは、広告イベントなのね。ベイメッセのスペースを細切れにして仕入れて、それを求人を希望する企業に転売して…。

じゃ、このイベントは「商社」の仕組みね!

絵里 あんた、何、ゴチャゴチャ言ってんのよ?商社希望なの?

麻衣 私はどこと決めず、色々見て回るつもりよ。

美里 あ、日産だ!ちょっと話聞いてみようよ。あたし、マーチ好きなんだ。

美里 こんにちは!

人事 やあ、こんにちは。君たち、どこの学生さん?

美里 九州学院です。

人事 …というと、確か、地元福岡の大学だね。ようこそ。

(絵里 あたしらの学校、知らないの?)

美里 日産って、確か業界二位ですよね。

人事 ああ。最近はホンダさんに追いつかれそうだけどね。

麻衣 日産では、どんな人材を求めているんですか?

人事 そりゃ、一口には言えないけど、コミュニケーションができて、情熱があって、粘り強くチャレンジできる人材だね。

自動車の開発と販売は非常に時間がかかる。今新車を発売していても、工場では二年先の車を開発しているし、設計部門では五年後、十年後の車を企画しているんだ。

絵里 どうして車なのにコミュニケーションが必要なんですか?

人事 一台の車は三万点の部品からできてるんだよ。売れる車を作るためには、売り方を工夫しなきゃいけない。でも、デザインが悪いと売れない。安全性も大事な基準だし、環境対策にもお客様は敏感だよね?

それを成り立たせるためには、技術力がカギだ。でも、高性能の車を作ったからって、高かったら現金で買えないこともある。

だから、財務部や金融機関との打ち合わせも必要になってくるし、わが社の未来を信用してもらうには、約束を守る優秀な人材が必要だ。

また、広告宣伝も大事だし、特に戦略車はバージョンアップで利益を稼ぐためにも、ブランド構築が大事になる。

それに、燃費性向も注目されているし、税制にも詳しくなくちゃいけない。防犯対策も大切だ。最近の車は丸ごとITだから、家電メーカーとの提携も求められる。

一台の車が生まれ、届けられるには、最低でも、これだけの人たちと一緒に仕事を進めなきゃならないんだ。コミュニケーションなしにはやっていけないでしょ?

美里 車ってすごい!あたし、今まで乗ることしか考えていませんでした。

人事 そういう人の意見も大切だし、我々は若い女性に支持される車も届けたいんだけど、働くというのは、売る側に立つことだからね。まぁ、興味があったら受けてね。

麻衣 ありがとうございます。色々回って、また来たいと思います。

絵里 ちょ、ちょっと、麻衣!ほら、ほら…。

麻衣 何なの?

絵里 ほら、あそこ!JALよ、JAL!

亘 今年も女の子ばっかりだなぁ。

絵里 いけない!早く並ばなくちゃ!

(絵里、走り出す。三人、ついていく)

人事 …ですから、当社はホスピタリティと、安定した財務状態を両立させなければならないわけでありまして、例えCAであろうと、会社を代表しているという気概でやってもらわなければ、困るわけであります。

絵里 やってるやってる。

人事 ということで、ただ制服がかわいいからとか、希少価値が高いからといった理由で受けるなら、受けないで下さい。

CAは保安要員でもあり、万が一にはお客様の命を守る義務があります。客室で芸能人を探すような人は、当社のCAにはなれません。

絵里 何よ!あんた人事でしょ。

美里 かわいい子ばっかりね。

亘 みんな、制服に憧れてるんだよ。

麻衣 かわいいからね。JALの制服。

亘 男のオレには、ドトールに翼が付いたくらいにしか見えないけどなぁ。

絵里 ド、ドトールですって!

亘 そうさ。何が違うんだよ?喫茶店だって飛行機だって、お客様のために尽くすのは一緒じゃないか。接客に魅力を感じるなら、喫茶店も受けてみるといいぞ。

絵里 ちょっとぉ~、あたしはJALに行きたいんです、JALに。

美里 JALのCAって、履歴書を東京まで手渡しで持っていかないといけないらしいよ。

絵里 …ってことは?

美里 すごくお金がかかるってこと。

亘 ボロ儲けだね、航空会社。原油高で苦しいから、就活もビジネスのうちってことだ。

絵里 ビジネス!ビジネスだなんて!あたしは金のために働くなんて真っ平よ!利益のために働くなんてサイテーよ!

麻衣 まぁまぁ、会社は利益出さないとダメなんだから。JALも売上きついのよ。

美里 スカイマークだって、パイロットがいなくて大量欠航したでしょ?

絵里 だからあたしが頑張るの!あたしがお客さんを増やしてみせるんだから!

亘 じゃあ、広報部か営業部に行けば?そっちの方が集客担当だぞ。

絵里 もう…あんたたちは!

亘 おまえの話からは、「JALのCAじゃなきゃいけない理由」ってのが全く見えないな。

絵里 くっそぉ~!あんたたちが下らない話ばかりするから、説明会が終わったじゃない!

麻衣 また、一時間後にあるって書いてるよ。

美里 ねえ、パソナに行ってみない?

麻衣 そうね、行ってみましょう。

(四人、移動)

人事 …ワーキングプア。この言葉は皆さんもご存知でしょう。

わが派遣業界は、若年者の使い捨ての元凶のように言われていますが、我々に言わせれば、わが社ほど若年者、主婦、中高年にわたって幅広い活躍の場を提供してきた会社はないのです!

わが社を目指す方は、「オレが日本の雇用環境を変えてやる!」という志を持って受けてほしい。それが、創業者・南部からのメッセージです。

では、続いて質問タイムに移ります。自由に挙手して下さい。

学生1 あの~…有給休暇って、何日あるんですか?

人事 名前は?

学生1 あ、すみません。福岡学園大学の小林と申します。

人事 有給休暇って、君、やる気はあるのか?これから働くのに、最初から休日のことを聞いてくるなんて…。

まぁいい。ウチは、年間休日数は一二二日、有給は五日あります。ですが、入社三年以内は残業ばかりです。

学生2 はい!御社は業界何位ですか?

人事 ウチは…三位。最近、リクルートさんがスタッフサービスを買収したからね。しかし、わが社は東証一部に上場していることも知っておいて下さい。

学生3 はい!転勤はありますか?

人事 原則として男子社員は全国配属だけど、要望により、会社と打ち合わせて希望を出すこともできますよ。

亘 オレ、トイレ行って、出口で待っとくよ。

学生4 はい!離職率は何パーセントくらいですか?

人事 …離職率ねぇ。若手に限って言えば、三年以内に十五パーセントです。

(麻衣、美里、パソナの会場を去る。そして、会場を色々見て回る。)

麻衣 先輩、待たせてすみません。

亘 おう。終わったか?

麻衣 はい。今日はこれくらいで。雰囲気も掴めたし、就活が始まった、って実感が得られただけでもいい収穫になりました。

美里 何、あそこの人たち?煙たいわねぇ…。

学生1 おう、いい会社、あったか?

学生2 どっこの会社も、面白くないよなぁ。離職率高いし、有給少ないし。

学生3 業界一位は来てないのかよ、一位は?

学生1 てか、そろそろ、ビミョーに腹減ってねぇ?

学生2 おう。おまえ、豚骨と味噌、どっちにする?

学生3 今日は醤油ってカンジだけど、味噌にしといてやるよ。

学生2 じゃ、オレも味噌。決まりだな。

(学生たち、出て行く)

美里 何よ、ラーメン食べに来たの?

絵里 お待たせ~!JTBの人事の人の名刺もらっちゃった!

麻衣 あら、絵里。それはよかったね。

亘 なくさないようにしろよ。

美里 それにしても、合説がこんなに人が多いなんて。あたし、足が痛くなっちゃった。麻衣は行きたい会社、見つかった?

麻衣 うん、二、三社、面白そうな会社があったよ。TOTOと、JR九州と、りそな銀行。

亘 おまえらしく、手堅そうな会社ばっかりだな。

美里 ねえ、純一さんのところに行ってみようよ。合説のいいアドバイスがあるかもしれないよ。あたし、パソナの説明会、不満だったの。変な質問ばっかりだったし。

麻衣 そうね。じゃ、電話してみよう。

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◆第9話「冷たい情報、熱い情報」

(喫茶店、純一と学生たち)

美里 合説って、あんなに人が多いんですね。立ちっぱなしで、足痛くなっちゃった。

純一 じゃあ、新天町に「歩人館」っていうアシックスのお店があるから、そこで靴買うといいよ。RUNの卒業生がアシックスにいる。

美里 そりゃ、行かないと。あれじゃ耐えられませんから。

純一 ついでに、卒業式の衣装ならイッツフォーマルが人気だよ。で、合説、どうだった?

亘 去年が懐かしかったです。というより、懐かしむにはまだ早いんですが…。

純一 何かいい情報はあった?行きたい会社は見つかった?

麻衣 はい。TOTO、JR九州、りそな銀行の説明会が面白かったです。

純一 まぁ、説明会はどこも工夫するから面白いよ。「仕事」は面白そうだった?

麻衣 あ…。考えるの忘れてました。

美里 あたしも。

純一 最初はそんなものだ。説明会も取材と同じで、何度もテーマを持っていくと、段々目が肥えてくるものだよ。

美里 あたし、気になったことがあるんですけど。

亘 何が?

美里 パソナの説明会、後半しか聞けなかったんですけど、そこで学生たちの質問を聞いて、「こりゃどうなのさ?」って感じたんです。

純一 「クローズ・エンド」ってこと?

麻衣 クローズ・エンド?

美里 みんな、有給休暇とか業界内順位とか、離職率とかばかり質問してるんです。あたし、やりがいとか夢とか聞きたかったのに…。今度はもっと早く行こうっと。

亘 どこもそんなもんだよ。オレは財務情報を中心に聞いてたけどね。

純一 会場の出口には、不満そうな学生が集まってなかった?

麻衣 いました。

純一 「いい会社ないなぁ」とか言ってただろう?

美里 言ってた言ってた!煙草プカプカふかして、ラーメンの話してました。

純一 しかし、君たちは同じ合説に行って、「行ってよかった」と思ってる。不思議とは思わないか?

麻衣 確かに…。私たちは同じ会社を見たはず。滞在時間は違っても。

純一 美里ちゃん。君、血液型、何型?

美里 え?あたしは…B型ですけど。

純一 分かった。じゃあ、どこ出身?

美里 下関です。だから何なんですか?

純一 じゃあ、B型である自分を、どう思ってる?

美里 え?それは…自己中心で気分屋で、優柔不断で…何か嫌になってきますね。

純一 じゃあ、下関をどう思ってる?

美里 あたしの故郷ですから、大好きですよ。ふぐもおいしいし、赤間神宮とか海峡タワーも素敵です。春帆楼もあって、下関条約が結ばれた当時の会議室が残っていて、ロマンを感じます。

純一 そうだね。伊藤博文や陸奥宗光の座った椅子がそのまま置いてあって、下関の町が歴史の舞台になったって実感が湧いてくるよね。そして、故郷を盛り上げたいと思うだろう?

美里 そりゃ、いつかは地元に恩返しをしたいです。

純一 …ということで、ちょっと「ムチャ振り」だった今の質問で、何か気付いたことはなかった?

亘 話を広げていった…。

麻衣 分かった!質問の仕方です。最初は「何」、「どこ」だったのに、次は「どう」でした。

純一 さすが。その通り。実は、質問の仕方には二通りあって、「確認」のためにする質問、つまり「何、どこ、いつ、誰」を「クローズ・エンド」と呼び、「共感」のためにする質問、つまり「どう、なぜ」を「オープン・エンド」と呼ぶんだ。

例えば、美里ちゃんはB型だ。だから、僕が「B型」という答えを聞いて、「び、B型?…すごい。会いたかった。これこそ運命だ」と言ったら、ただの変態でしかない。

「何」は共感できず、ただ確認するしかない。感情じゃなく、理性で処理する情報だ。コトよりモノを聞く質問、と言ってもいい。非常に唯物的な発想だ。

亘 なるほど…。

純一 しかし、「B型であることをどう思う?」という質問なら、同じB型の人がいても、答えは様々なものになる。つまり「個性」が出てきて、共感の対象が生まれる。

美里 こ、これって、就活も一緒じゃん!

純一 その通り。クローズ・エンドの質問に対してもたらされる答えを「クールデータ」と呼び、オープン・エンドの質問に対してもたらされる答えを「ホットデータ」と呼ぶ。

そして、就活でも営業でも、クール、ホットをうまく組み合わせて使うことが大切なんだ。

例えば、麻衣ちゃん、パソナの人事の人に「業界何位ですか?」と聞いたら?

麻衣 一位とか二位って言われます。

純一 そうだね。つまり、そこで「クローズ」だ。

じゃあ、「一位になるため、今後どんな事業展開を考えていますか?」と聞いたら?

麻衣 …パソナ独自の営業戦略や事業理念を答えてもらえます。

純一 それは「確認」と「共感」、どちらで受け止める?

美里 共感です!

純一 そう。その共感した部分が「志望動機」だね。

(亘 この人の教え方は本当にすごい…まるで、学生の心の動きを見抜いているようだ)

純一 学生はよく「いい情報がない」って言うけど、実はそれ以前に、「よい質問をしていない」だけだ。

そして、判断基準がないから正しく処理されず、じきに「情報が氾濫してる」と言い出す。

離職率、有給休暇、福利厚生…確かに気になるだろう。

しかし、同じことを聞くにしても…

「若手で活躍している人は、どんな自己管理をしていますか?」

「トップ営業マンは、休日をどう過ごしていますか?」

「働きやすい職場環境作りのための工夫は?」

というふうに、相手が喜ぶように、答えるのが楽しくなるように聞くことはできるだろう?

それを「今何位?」、「資本金いくら?」、「売上いくら?」、「株主どこ?」なんて聞いたって、集まるのはどうでもいい情報ばかりで、働く意欲が湧いてくるような知識は一つもない。

(亘 …オ、オレが落ち続けた理由は、コレだ!)

純一 会社は資本金を運用して事業を育てるんだ。

だからこそ、「増資でどんな事業展開をお考えですか?」と聞けば、財務戦略以外の情報も掴めるし、「株主の方はどの点を評価されているんですか?」と聞けば、株主構成が分かることはもちろん、提携の基準や出資の着眼点も分かって、営業の武器にもなる。

財務情報ばかり集めたって、ハートがこもってないと、何の意味もない。そんなのは、会社や仕事を冷たく解剖して、分析しているだけだ。

内定し、その先も活躍したければ、もっと、事業や仕事を優しく、丁寧に、じっくりと見つめることだ。

そうすると、社長のビジョンや社員の努力が調和した、美しいハーモニーが聞こえてくる。それこそ「ホットデータ」であり、ホットデータの骨格がクールデータだ。

麻衣 …学校じゃ、絶対にこんな話、聞けません。

亘 今のお話で目が覚めました。僕は今の今まで、まだ内定していないことを恥じていましたが、逆に今は、「あのまま内定しなくてよかった」とさえ感じています。本当にありがとうございます。

純一 僕は大学を卒業していないから、大学の就職指導なんて知らないよ。

(亘 えっ…?)

美里 就活って、めっちゃ奥深いじゃん。あたし、美術館に行くのが好きだけど、純一さんの話、美術の鑑賞とおんなじだって感じました。

純一 そう。基本は全く変わらない。RUNの学生たちが愛読する作品に、「美を求める心」という小林秀雄のエッセイがある。『考えるヒント3』っていう、文春文庫から出てる本に入ってるから、ブックオフで探すといいよ。

僕が毎年、学生たちに教えているのは、花や自然を丸ごと見つめる、愛情溢れる企業研究の着眼点だ。

美里ちゃんと麻衣ちゃんはとても感性が優れている。亘君も、大事なことに気付いたね。

仕事への愛情、つまり本質的な職業観と、そして会計的視点。これがあれば、就活も、仕事も、起業も、必ず成功するよ。

亘 うぅ…ほんとによかった。麻衣、ありがとう。誘ってくれて。

麻衣 どういたしまして。

(二人、握手)

美里 じゃあさぁ、あの人たちが「豚骨、それとも味噌?」って話してたのも分かるなぁ。

純一 何のこと?

美里 いや、その「不満そうな学生たち」が、「いい会社ないね」、「業界一位の会社ないね」って言いながら、「腹減った」って言って、ラーメンの話してたんです。ありえない!

純一 食事までクローズ・エンドか。合説でどんな質問してたか、目に見えるようだ。

麻衣 この質問じゃ、目の前にいい会社があっても気付けないし、志望動機も見つかりませんね。

純一 「心ここに在らざれば、見れども見えず、聞けども聞こえず」って宮本武蔵も言ってるよね。本質が分からないと、目の前のことさえ正しく把握、理解できないんだ。

麻衣 大学には、そういう学生ばっかりです。私の友達も、客室乗務員目指してるんですけど、形式的なことばかりにこだわってて…。

純一 悪いけど、それは高いお金を払って東京と福岡を往復するだけになるね。

麻衣 それだけじゃないんです。四年生も、三年生に劣らず大変です。私たちの教えられてきたことって、全然、就活の本質とは関係ありません。

(三人、純一を見つめる)

亘 しかしさぁ、どうして、揃いも揃って、学生たちは同じような考え方してるのかなぁ。

ま、オレもなにげに、一時間前まではその一人だったわけだけど。

麻衣 RUNの学生が明るいわけが分かりました。

純一 いいや。まだ分かってないよ。

美里 ええっ?

純一 クール、ホットなんて、RUNで教えることに比べれば、千分の一の小手先の知識に過ぎない。

僕は内定なんて興味はないんだ。最低、「同期トップ」になってもらわなきゃ困る、そういう気持ちで教えているんだ。

君たちは素直だけど、まだ学び始めたばかりだ。これで受かるなんて考えるのは甘いよ。

麻衣 すみません、調子に乗ってしまいました。

美里 でもさ、あたしたちがどうしてこんな単純なことに気付けないかってコトは、フツーに興味出てこない?絵里なんて、今は元気だけど、あのコ、感情の浮き沈み激しいし…。

亘 オレの友達にも、今日の話を聞かせたかったよ。フツーに合説よりも役に立ったし。

純一 じゃあ、次回は、君たちがどうして画一的な考え方をするのか、教えてあげよう。

まぁ、その前に就職課にでも行って、職員と色々話してくるといいよ。質問の練習にもなる。

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◆第10話「ギャップ」

(三人、就職課に入る)

美里 こんにちはぁ~!

職員(女) は~い。

麻衣 あの、業界研究のやり方を聞きに来たんですけど。

職員 ああ、就職相談ね。そちらのあなたも?

亘 あ、はい。

職員 じゃ、あっちで待っててもらえる?

(職員、お茶を用意する)

職員 さて、業界研究の話?

美里 はい。何を大事にして調べたらいいのかと思いまして…。

職員 まずは四季報を見ることよ。あれには、株主構成とか決算情報が全部載ってるから。

美里 でも、見方が難しいんです。それに、女性社員の待遇とかは載ってません。

職員 そうね。でも、男女共同参画は社会の要請だから、大企業なら、きっとそれなりの待遇を用意してるはずよ。

美里 男女共同参画?

職員 そう。これからは「女性の時代」なの。今は「少子高齢化」だし、これからはもっとそうなる。

だから、大卒の女性は、どんどん企業に入るべきなの。そして、男に負けないくらい活躍しなきゃ。あなたたちが就職するのは、そういう時代なのよ。

麻衣 でも、私はゆくゆくは家庭を持ちたいから、一般職も考えています。そういう仕事の特徴は、どうやって知ればいいんですか?

職員 ああ、「事務」ね?それはそんなに難しい仕事じゃないから、そこまで頑張らなくても大丈夫よ。それより、あなたは「総合職」は目指さないの?

麻衣 まだ就活が始まったばかりだから、何とも言えませんが、私はできるだけ、地元にいたいです。

職員 だったら、九電とか福銀はどう?西鉄、JR九州もあるわ。西部ガスも九電工も安定してて魅力的よ。福岡地所や西日本シティ銀行も、ウチの卒業生が多いわよ。

美里 あたしも、育児休暇と、その後の社会復帰は気になります。あたしはできるだけ働きたいんですけど、育児も大事にしたいんです。

職員 そうよね。専業主婦なんて、何もしてないも同然だからね。これからは、主婦も社会進出が必要な時代よ。

亘 じゃあ、育児と仕事を両立させるには、どうやって働けばいいんですか?

職員 それは、やっぱり「福利厚生」が安定した会社に入ることよ。女性だって社員なんだから、会社が手当てを出すのは当たり前でしょ?その制度だけは見極めなきゃね。

麻衣 やっぱり、話はいつもここに戻るのか…。

美里 他に注意することはありますか?

職員 そうね。「組合」がしっかりしてるかどうかも大事よ。組合は経営陣と団体交渉して、賃金や労働条件の改革を求める団体なの。

近頃は不祥事も多いし、元々、社長や金持ちってロクな人がいないから、組合の監視機能や交渉力が強いのは大切ね。

亘 この時代に、組合に賃上げを期待する人がいるんですか?

職員 組合は会社の中の「互助会」よ。サラリーマンの「サークル」と考えてもいいわ。

入っとけば、色々お得なんだから、使える権利は使わなきゃ。研修なんかもやってるのよ。

美里 ふ~ん。じゃあ、給料って、どうやって決まるんですか?最近は「成果報酬」って言葉もよく聞きます。

職員 それは、一応年齢、職種、資格別に細かい待遇が設定されてるけど、一般的には「基本給」があって、それにその人なりの属性から「諸手当」が加えられるのが普通よ。

麻衣 残業手当とかのことですか?

職員 それもそうね。今は「サービス残業代」を出す、出さないでもめる会社も多いから、残業代がきっちりもらえる会社かどうかも、OB訪問なんかで確かめることね。

せっかく長時間働いたのに、それが評価されないなら、あなたたちもやってられないでしょ?

(麻衣 純一さんと逆の考え方だ…)

職員 熱意や忍耐は、評価しにくいだけに経営陣の勝手な判断で除外されるけど、一番頑張ってるのは現場の社員なんだから、OB訪問は色々な世代の人に会うことね。

亘 あの、ウチの大学でベンチャーに行く人って、どれくらいいるんですか?

職員 ベンチャー?…あぁ、あまりいないわねぇ。

亘 どうしてですか?男子学生には、自分の力を試したい、っていう学生も多いですよ。

職員 でもねぇ…ベンチャーはやっぱり、勤務条件も過酷だし、待遇も大企業に劣るし、先行き不透明で不安定だし…。新卒はやっぱり、大企業じゃない?

麻衣 じゃあ、これから伸びる産業、人を求めてる業界は、誰が支えていけばいいんですか?

職員 それは、その…そういう会社が好きな人は、ちゃんといるから。それに、倒産したら、やっぱり元も子もないでしょ?

美里 それは確かに嫌だけど、でも、安定しすぎてやる気が反映されないのも嫌です。

麻衣 私の友達にも、もし倒産したらどうしようって、安定性を大事にしている人も多いです。

でも、経済全体を考えると、やっぱりこれから伸びる産業に若い人が希望を感じるのは、それはそれで大切だと思います。私、ベンチャー企業も調べてみたいな。

職員 それは、調べる分は調べてみたらいいわよ。負債比率、経常利益率、直近三年の決算情報はきちんと見ておくことね。

亘 あの、ちょっと話題が変わるんですが、僕の友達でも、僕と同じように、四年生でまだ内定が決まっていない人がいます。

職員 あぁ、それは知ってるわ。

亘 そういう人って、もう諦めてしまって、できるだけ就職を考えないようにしたり、中には就活の話がタブーになるくらい気が立ってたり、相談相手もいなくて途方にくれてたりするんですけど、どうやったら立ち直れるでしょう?

美里 あたしらじゃ力になれないけど、見ててかわいそうですよね。

職員 大学では、一応ハローワークや県の労働局ともネットワークがあるから、情報はたくさんあるわ。リクナビにも毎ナビにもまだ求人情報はあるから、見方を教えてあげるといいんじゃないの?

亘 彼らは一年近く就活をしてきてるから、そういう方法や情報はもう知っています。だけど、僕はもっと根本的な部分で問題を感じるんです。

職員 あら、どんな?参考までに聞かせてほしいわ。

亘 彼らは根本的に自信を失っているということです。もちろん、エントリーシートや面接といった、その場ごとの技術的な問題もあるでしょうが、どうも、それだけじゃないようなんです。

僕もつい最近まではそうだったんですが、基本的に、仕事とは、働くとは、ということに対して、深く考え、学ぶ機会がなかった人たちだと思うんです。

職員 それはねぇ…そんなことは自分で考えるものよ。受からない人は、統計的に受からない理由が出てるから、紹介しておくわ。

(職員、資料を持ってくる)

職員 えっと…一位、「第一印象が暗い」。で、二位が「あいさつができず、声が小さい」、三位が「働いている姿が想像できない」、この先も知りたい?

美里 え?まぁ…。

職員 四位、「社会人になるに当たっての基本的な知識、マナーが不足している」

五位、「言うことが変わりやすく、話に一貫性がない」

六位、「自分にしか分からない話ばかりをしていて、何を考えているか見えにくい」

七位、「学生でも身につけているであろう社会常識が著しく」…

麻衣 分かりました。

亘 確かに、納得できます。僕らも反省しないといけない点も多々あると感じました。

職員 でしょ?第一印象って、別に私たちが言うから大事なんじゃなくて、企業もそれを重視してるのよ。

亘 それはそうでしょう。しかし、学生たちが仕事そのものに対して持っている「第一印象」は、実際、どうなんでしょうか。

職員 ん?どういうこと?

亘 自信がない、暗い、働く姿が見えない、知識不足…。確かに、就活では何度もそうしたことを自分でも感じて、落ち込むことはあります。

でも、その前に、「仕事」というものに明るい第一印象を持てれば、学生の就活はガラリと変わるんではないでしょうか?

職員 …そうは言うけど、仕事は仕事よ。嫌なこともたくさんあるし、不満だって多い。いいことばかりじゃないわ。

そこを割り切れずに甘い理想を描くのは、言い方によっては「学生の特権」とも言えるかもしれないけど、やっぱり、結局は「甘さ」じゃないかしら?

麻衣 でも、仕事そのものに最初から希望を持てれば、立ち直り方も違うし、書類選考や面接でも、きっと印象が違ってくると思います。

職員 面接は面接よ。それに、仕事そのものに希望を持つって言ったって、まだ働いたこともないあなたたちが、一体どうやって希望を持つのよ?それより、情報収集が先じゃないの?

美里 仕事に興味をもって、やりたいと思ったら、情報収集をするんじゃないんですか?

職員 確かにそういうのもアリだけど、就活は短期決戦だから、好き嫌いは言ってられないわ。

亘 だいたい、仕事って何なんですか?

職員 あなたは四年生なのに、まだそんなこと言ってるの?仕事ってのは、社会人なら誰でもやるものよ。生活のための義務よ。

あなたたちは今まで、親の保護とか奨学金のような援助で生きてきたけど、これからは支える側に立つってこと。

誰でもしなくちゃならないものなら、どうせなら、楽しくて待遇のいい仕事がいいじゃない?これは誰でも納得するでしょ?

じゃあ、楽しくて待遇のいい仕事をどうやって手に入れるか?それが「早めの対策」なの。日経と四季報を読んで、OB訪問して、エントリーシートと面接の対策をバッチリりやって…。

あなたたちも、受験の時を思い出してみなさいよ。受験勉強が楽しかったなんて人がいるの?いないでしょ。でも、しないといけない。だったら、早めにやって成績を上げるに限る。

人生には、そうやって割り切らないといけない時があるの。就職はその最後の試験なの。これさえ乗り切れば、もう、受験や就活のように悩む機会はうんと減るんだから。

麻衣 でも、受験は「紙」が相手ですけど、就活は「会社」が相手です。受験は一過性ですけど、就活は自分を採用してくれた人たちと一緒に働きます。

私たちは確かに受験で苦労もしましたが、それは、塾の先生と一緒に働くためでも、高校や大学に就職するためでもありませんでした。

私は個人的に、受験と就職は似てはいますが、同列に論じられないと思います。

職員 …あのねぇ。あなたたちは、そんなことばかり言ってるから時間がなくなるのよ。

大事なのは割り切ること。社会はあなたたちが考えているような甘いものじゃない。学生みたいに、一人でダラダラと悩んでいればいいのとはワケが違うの。

仕事は仕事。ただ、そう考えればいいのよ。

受からない人、未就職のまま卒業していく人は、それに徹しきれないから、その甘さを反省すべきじゃないかしら?フリーターになって、「やっぱりあの時、あそこに行っていれば…」と思っても後の祭りよ。

麻衣 分かりました。今日はどうもありがとうございました。今日は失礼します。

職員 いえいえ。あ、SPI対策は早めにね。あと、CabGabとクレペリンも調べときなさいよ。

(三人、退室。喫茶店に向かう)

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◆第11話「街角の達人」

マスター おう、君たちか。久しぶりだね。今日はトアルコ・トラジャの新しい豆が入ったんだ。インドネシアのセレベス限定なんだよ。

麻衣 じゃ、それにしよっか、ね、美里、先輩?

亘 じゃ、トラジャ三つ、お願いします。

マスター で、どうだい、最近の就職活動は?

美里 あたしたち、純一さんに会って本当によかったです。さっき就職課に行ってきたんですけど、自分の頭で考えながら話を聞くことができました。

亘 おまえたちがホントに羨ましいよ。オレも今日、職員のおばさんの話を聞きながら、去年は「そうなのか!」ってめっちゃメモってたのに…。

今日は、「オレはなんで、去年、こんな話を素直に聞いてたんだ?」って思ったくらいだ。

マスター へぇ。どんな話をしてきたの?

麻衣 女性の仕事とか、福利厚生、あと…えっと、労働組合、手当て、給料、仕事って何のかっていう話と…。そんな感じでした。

マスター ほう。いろいろ勉強になったみたいだね。

美里 なりました。「こりゃ、自分で真剣に考えないといけないぞ」って。

マスター どういうことだい?

美里 なんていうか、あの、就職課って、学生の気持ちを分かってないって思ったんです。

マスター ほう…。

美里 あたしはあたしで、女性でもバリバリ活躍したいとは思ってるんですけど、「主婦なんて働いてないも同然」って言葉聞いて、なんかムカついちゃった。

マスター ほう…。で?

美里 なんか、就職課って、冷たい。小さい会社はすぐに倒産するみたいに教えてる。

大学の入試パンフレットには、「本学は変わりゆく二十一世紀の社会を支える多様な人材を輩出します」って書いてあったのに、結局はなによ、有名大企業に行かせたいだけじゃない!

麻衣 まぁ、今日の人だけでそう決め付けるわけにもいかないし、実際、私たちの甘さも感じたことは感じたけど、私も「主婦は働いてない」ってのは嫌だったな。

亘 そうなの?でもさ、やっぱりお金は稼いでないよ。

美里 それは分かるけど、でも、あんな言い方ないじゃない。自分もオバサンのくせに。

麻衣 お母さん、毎日朝早くから頑張って、町内会のお世話も楽しんでるのに…。

マスター 僕は、女房が今病気で寝込んでるんだけど、別に働いてないなんて思ってないよ。

亘 えっ?

マスター もう半年くらいになるんだけどね。去年まで、ウチは実際、ホントに経営がきつかったんだ。

女房は以前は専業主婦で、子供たちがやっと高校を卒業したから、今度はお店を手伝いたいって、色々協力してくれたんだけど、商売ってのは、やっぱり最初は大変だね。

麻衣 奥様、大丈夫なんですか?

マスター ああ。心配させてごめんね。別に命に関わるようなことじゃないけど、年齢的なこともあって、精神が不安定なんだ。

麻衣 お子さんはどうされているんですか?

マスター 専門学校に行ってる。コンピュータが好きで、そればっかりやってるよ。

美里 じゃあ、親子で就職の話とかしないんですか?

マスター それは…この仕事は昼から夜までだから、恥ずかしながら、最近はゆっくり話すことさえないんだ。ま、僕にはコンピュータのことも分からないから、役に立てることもないんだけどね。

亘  …。

麻衣 さっきの、「働いてないとは思ってない」って、どういう意味なんですか?

マスター う~ん…それを話すのは恥ずかしいなぁ。それはつまり、僕は女房の力になりたいから、絶対この店を盛り上げようって思ってる、ってことなんだよ。

麻衣 まぁ、素敵!

マスター 確かに女房は、商売やお金のことなんて、何も分からない。でも、堅実で律儀な性格だ。だからこそ悩みも多いんだけど、よく子供たちの面倒は見てくれたし、正直、主婦って本当にすごいと僕は尊敬してるんだ。

亘 お金を稼いでいなくても、そう思われていたら幸せですよね。

マスター お金じゃないんだよ、お金じゃ!

亘 は、はい…。

マスター 女房は通院してるってわけじゃないんだけど、薬も必要だし、けっこう高いんだ。

きっと、僕が商売が下手だから、僕の役に立てればと考えて、慣れない帳簿の本を読んだり、伝票を計算したり、調べ物をしたりしたんだろう。

結局、それがどうなったというわけでもなかった。全ては僕に力がないからだ。

でも、僕は絶対に女房が回復して、子供も立派に就職して、家族全員が「お店を出してよかったね」と言ってくれる日が来るのを信じて、毎日頑張ってるんだ。

収入的には、正直、商社にいた頃より下がって苦しいよ。でも、僕は以前とは違う確実な生きがいをつかんだんだ。

だから、元気に、立派に働く姿を見せて、女房と子供の支えになりたいと思ってる。それが生きがいなんだ。

美里 素晴らしいです。

亘 変なこと言ってすみませんでした。

マスター いいんだ。僕もカッとなってすまなかったね。

麻衣 じゃあ、今は奥様のためにと思って、頑張ってるんですね。

マスター 照れくさいけど、そういうことだね。自分のためだったら、去年で潰れてたと思うよ。確かに、女房は今、何もしていない。それどころか、病気でさえある。

でも、そんなことは僕には関係ないんだ。僕の女房は僕の女房だ。どうなっても、僕が支えるんだ。

美里 あたし、今、鳥肌が立ちました!

マスター …ついつい興奮しちゃったよ。いや、君たちと話してたら、ついつい若い頃を思い出すね。女房も、君たちほどじゃないけど、まぁ、昔は美人だったんだ。

美里 そんなぁ…。あたし、大したことありません。

マスター 「結婚は第二の人生」ってのは、ほんとだね。就職も確かに、大きな変化だとは思うけど、それはやっぱり、個人の人生の出来事だ。

でも、結婚は違う。初めて人を支え、人間としての責任が生まれるからだね。

もちろん、仕事にだって、社会人としての責任がある。お客さん、業者さん、バイトさん…色々と義理を果たさなきゃならない人も多い。

でも、結婚はそれとは違って、人間としての深い部分での責任と使命を感じるんだ。

…といっても、僕は今の僕が、その責任を十分に果たしているとは言えない。でも、君たちは、就職するにしろ、結婚するにしろ、「誰かのため」という思いはいつも持ってほしいよ。

麻衣 …そ、それです!

亘 どうしたんだ、いきなり。何だよ?

麻衣 就職課の話には、それがないんです!私、分かりました。

美里 何がどう分かったって言うのよ?

麻衣 マスターは奥様、お客様、業者さんのためって言いましたよね。純一さんも、「関わる人の悩みを喜びに変える問題解決、それが仕事だ」って言ってました。

マスターと純一さんが教えてくれた仕事には「相手」がいます。でも、学校の就職指導には「相手」がいません。

美里 なるほど…。でも、それがどうって言うのよ?

麻衣 分からないの?私たち学生は、どうして仕事選びに迷うの?どうして面接に落ちて、ずっとふさぎ込む学生が出てくるの?どうして会社や仕事を選ぶ基準が利己的なの?

それは「相手」がいないからよ。「あの人のために」と思える人が心の中にいないからよ。

亘 それは分かるけどさぁ、じゃあ、オレたちは誰を具体的に描いて就活すりゃいいんだよ。具体的に描けなきゃ、志望動機にもならないぞ。

麻衣 先輩、そうじゃありません。具体的かどうかなんて問題じゃありません。志望動機に使えるかどうかなんて考える必要もありません。

ただ、自分の仕事とはそういうものだ、って考えることがまず大事だと思ったんです。マスターの話で、そう分かったんです。

マスター それはその通りだ。「誰かのため」、そうだね。今日は僕もいいことに気付かせてもらったよ。

なるほど、確かに僕は客商売をやってる。いつ、誰が、何人で来て、何を頼み、そしてまた来るか来ないか、そんなことは全く分からない。

分からないからこそ、難しいことも多い。

でも、「どうせ今日も誰も来ないだろ」と思ってちゃ、豆をこぼしても拾わないことさえある。

ところが、「今日は最高のサービスをするぞ!」と思って店に立つと、豆たちが僕を待ってくれてたように愛しく思えてくるんだ。

もっとも、僕が決意したところで、お客さんが増えるかどうかは別だ。朝から早めに気合いを入れて準備したのに、思いのほかお客さんが少なくて、落胆したこともある。

逆に、寝坊して店に行ったのに、お客さんに「今日のは最高においしいね」と言われて元気が出たこともある。

「誰かのため」、そうだ、確かにそうだ!こんな当たり前のことに、どうして僕は今までちゃんと気付けなかったんだ。ああ、今日は本当にいい日だ。君たち、ありがとう!

麻衣 いえ…私たちは、ただお話に感動したから、聞いていただけです。

亘 就職課なんて行かなくて、マスターに人生相談をすればよかったな。

美里 ほんと。あんなとこでパソコンばっかり扱ってる人より、第一線で働いている大人に直接話を聞くほうが、百万倍感動するし、勉強になるね。あたし、小さいお店で働きたくなってきちゃった。

マスター そうは言っても、現実は甘くないよ。大企業も確かに大変なことはある。でも、僕は小さな会社、小さなお店こそ、逆になんて考えるべきことが多いのか、と感じてる。

ただ、大事なのは、自分がいる会社やお店の規模が大きかろうが小さかろうが、自分がある仕事を預かったら、それをもっと大きくすることだ。任されたら、喜びを添えて返すことだ。

麻衣 そ、それって…純一さんの「会計」の話とおんなじです。

マスター そうか、やはり、あの方はそういうことを教えてくれていたのか。

僕はカウンターから、学生たちの顔がみるみる笑顔になるのを見ていて、ウチの店がそういう場所になっているのが本当に嬉しかったんだ。

女房にも、一日も早く、あんなお客さんの様子を見せてあげたい。

美里 じゃあ、それも夢ですね。

マスター 夢?あぁ、そうだね。夢なんて、いくらでも持てるんだ。そして、学生時代の就職活動だけで、消えたり減ったりするもんじゃない。

麻衣 小さな仕事を大きく、小さな会社を大きく。仕事って、なんて素晴らしいのかしら。

亘 就職課は「大きく安定した会社に行け」って言うけど、人生それだけじゃないよな。

美里 「どこに行くか」じゃなくて、「行ったところでどう頑張るか」、それが大事だよね。

マスター そうだ、それだ!それが大事なんだよ。

亘 今日は本当にいいお話を聞けました。このお店は、僕の就職課です。

麻衣 私も今日から、そう考えて来たいと思います。

マスター じゃあ、店名を「仕事喫茶」にするか?それか、「ビジネスカフェ」でもいいね。ははは。

美里 来週のRUNゼミで純一さんに伝えたいことが、また一つ増えたね。

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◆第12話「何を始め、何を掴むのか」

(三人、喫茶店を出て、歩きながら話している)

美里 「ピピピ…」。あ、メールだ!

亘 へぇ、誰から?

美里 えぇっと…。RUNの森中君から。この前、筋トレの話してくれてた人よ。

亘 あぁ、あの人は、ほんとに力強くて熱いよね。筑前大学だろ?どこの会社に行くんだっけ?

麻衣 確か、関西のタナカ経営ってコンサル会社じゃなかったかなぁ?全国二位の老舗ですよ。

美里 「…来週のゼミは『成功する就活の着眼点』について考えます。そろそろ寒くなってきましたが、新入部員の方も増えているので、みんなで一致団結して、熱く盛り上がっていきましょう!社長取材も続々と進んでいますので、報告をお楽しみに!

なお、近現代史勉強会に参加する人は、資料を渡しますので、カバンを軽めにして来て下さい。見学・入部の申込・問合せは、竹川(筑前・4)までメールでお知らせ下さい。以上です」…って書いてあるよ。

亘 竹川君も、筑前大学だったよな。信託銀行だっけ?

麻衣 確か、墨友信託銀行。あの人は、森中君と違ってソフトで優しい印象ですよね。RUNの人たちって、みんなホントに個性が強くて、人の気持ちが分かる人が多いと感じます。

美里 あたし、就活サークルとかなにげに見下してたんだけど、あそこはホントに他とは全く違うって感じたよ。てか、あそこじゃなくて、もう、あたしたちも部員だから「ここ」だね。

麻衣 純一さんも、「就活サークルなんていくらでもあるから、内定だけが目的なら、そこらへんのに行けばいい」って言ってた。私たちは、内定の他に、一体、何を掴むんだろう…。

亘 信じて勉強しようぜ。

美里 そうそう、まだ時間はいっぱいあるんだから。今度の講義は「成功する就活の着眼点」かぁ。楽しみだなぁ!

(翌週、赤坂市民センター)

森中 …というわけで、世の中すべて「筋トレ」なんです。ですから、今日帰ってやることは…

一、「スタローンかシュワルツェネッガーの写真を部屋に貼る」!というのは、理想の筋肉は、まずイメージから生まれるからです。

そして二、「実行可能な計画を作って、今日から早速、始める」!というのは、筋トレに王道はないからです。

最後に三、「きつくなってからが筋トレだ」!きつくなるまでは昨日までの筋肉しか使っていません。しかし、きつくなってから、新しい筋肉が育つんです。

このように、筋トレは、一見男くさくてきつそうですが、実は、万物の普遍の真理を含んだ素晴らしい勉強なのです。皆さんも、冬だからこそ、筋肉をかわいがりましょうね!

以上で、今日の三分スピーチを終わります。ご清聴、ありがとうございました。

(学生たち、拍手。休憩時間へ)

亘 就活と筋トレ…確かに共通しているものが多いね。森中君、ありがとう。

森中 いやいや、どうも。ま、オレの行くコンサル会社も、いわば「会社のダイエットとパワーアップ」を担当する、専属マネージャーになるようなものだからね。

亘 そっか…。じゃ、プロ野球チームのトレーナーみたいなものだね。

森中 そうそう、君ぃ、センスあるね!ウチのサークルのホープになりそうだよ。

竹川 どうだった?RUNゼミでは、毎回、こうやって、一分、三分、五分のスピーチをやって、みんなが人前で話す訓練をしてるんだ。

麻衣 筋肉なんて、私には全然関係ないと思ってたけど、考え方がとても面白かったです。

森中 だろ、だろ?この世は全部、筋肉なんだ。

竹川 ははは。森中はオレと高校が一緒で、高校時代からいつも筋トレの話ばっかりしてたんだ。全てが筋肉とつながってて、サークルの部員は「筋肉」って聞けば、森中を連想するよ。

美里 そこまで徹底してるなんて、すごいですね。

麻衣 私は熱中したことって言ったら、この夏の短期留学くらいしかないんですけど、森中さんの筋トレの話聞いて、正直、かなわないなぁと思ってしまいました。

森中 そんなことないよ。大事なのはやったことや期間じゃない。どんな思いを込めてやったか、それが大事だよ。ま、この後の講義でもそういう話が聞けると思うから、楽しみにしてたらいいよ。

亘 今日は「成功する就活の着眼点」か…。楽しみだな。

(休憩時間終了)

竹川 では、今から講義に入ります。今日のテーマは「成功する就活の着眼点」です。時期的に、気になるテーマですよね。では、純一さん、お願いします。

純一 おはようございます。

学生たち おはようございます!

純一 先ほどは、森中君が「人生は筋トレだ」と題して素晴らしい話をしてくれました。本当にその通りですね。実は今日、僕がお話することも、これと同じです。

…いきなりですが、ここに「大きく考えることの魔術」という本があります。この本の125ページを開いてみると、RUNでは四年生ならみんな知っている話が出てきます。それは…。

十九世紀のアメリカに、フランスからの旅人が訪れました。旅人はいろんな町を旅行しながら、ある町に立ち寄りました。

見ると、なんだか、大きな建物を造っているようです。現場に近付くと、皆さんたちと同じくらいの年頃の、若い男の人たちが、せっせとレンガを積み上げています。

旅人は何を作っているのかと不思議に思い、そこにいた若者に尋ねました。

 「何をやっているんですか?」

すると、その若者は「見りゃ分かるだろ?レンガを積み上げてるんだよ!」と言いました。

旅人は二人目の若者にも、同じように尋ねました。

「何をやっているんですか?」

すると、二人目の若者は、「ふん、一日五ドルの仕事をやってるんだよ」と答えました。

旅人は、三人目の若者にも尋ねました。

「何をやっているんですか?」

すると、三人目の若者は、「歴史に残る建造物の工事に参加しています!」と答えました。

…このように、三人とも、同じ場所で同じ作業をしているし、旅人も全く同じ質問をしているのに、なぜか答えは、全員違います。

一人目は仕事の「形式」を、二人目は仕事の「待遇」を、そして三人目は仕事の「本質」、つまり目標や意義を答えました。

なぜ、こんなにも違うのか?それは簡単です。

先月もお話したように、「仕事とは何か」という職業観が、一人目と二人目には存在しないのに対し、三人目は確固たる職業観を持って、「私の仕事は何か」、「私が今やっていることは、どういう意味があるのか」を考えているからです。

やっていることは一緒に見えても、考えていることが違えば、見え方も違うのです。

毎年、この「レンガ職人」の話を紹介するのは、この話が、就活ともつながっているからです。

例えば、受からない学生がスーツで博多駅を歩いているとする。皆さんがその人に「久しぶり!今何やってるの?」と聞いたとしましょう。

おそらくその人は、「見りゃ分かるだろ!就活やってんだよ、就活」と答えるでしょう。だから、今日も明日も落ち続けるのです。

「夢への準備」とか考えていれば、そういう未来像が現実に意義を与えるのに、結果に焦る人、早く内定だけが欲しいと利己的に考える人は、「未来のことなんて考えるのは無駄だ」と考える。

だから疲れるし、やる気も出ないし、結果も出ないし、仮に出ても、自信が持てないのです。

(亘 まさに、以前のオレだ…。)

純一 さっきの森中君の話を思い出してみて下さい。

森中君は、筆箱にこそビックリマンシールを貼っていますが、部屋の中は、おそらく、自分が憧れるアスリートの写真がたくさんあるでしょう。

足にも、毎日おもりを付けて歩いています。まるで孫悟空です。極真空手もずっとやっています。ベンチプレスも、かなり重いのを上げられるそうです。

そんな森中君を見て、竹川君が、「おまえ、何やってんの?」と聞けば、森中君はきっと…

「見りゃ分かるだろ?ランボー7の準備で忙しいんだ」

「ターミネーター3の出演依頼に備えてるんだ」

「ピッコロ大魔王を倒す修行だ」

というふうに答えるでしょう。

人はそんな答えを聞くと、本気で受け止めず、笑って流すかもしれない。しかし、森中君はこう考えているからこそ、きつい筋トレの先に夢を描けるのです。

スポーツは筋トレに限らず、やればやるほど上達が難しい。達人になると、レベルを下げないだけでも相当の訓練を要します。

しかし、壮大な夢を描いて今日の務めを終えると、どんなに小さな前進でも、未来のための価値ある一歩だと受け止められるでしょう。

小さいことをやっているから面白くないんじゃない。小さく考えているから、退屈で、きつくて、すぐ辞めるのです。

(麻衣、美里、納得。)

純一 ですから、就活が始まるこの時期に考えたいことは、就活は「始まる」なんてものじゃない、ということです。

自分で目標を描き、計画を定めて、「始め」なければ始まらないものです。

では、何が始まるのか?それは、皆さんが「就活」だと思っていることが始まるのです。

ですから、就活が「きつい」、「嫌だ」、「早くやめたい」と思っている人は、活動ではなく手続きをやっているだけです。

楽しみじゃないなら、それは、仕事を積極的に位置付けていないという証拠ですから。要するに、そういう人の就活は、やるだけ無駄です。

そんな就活生や先輩にアドバイスを求めても、まさに第一、第二のレンガ職人で、多重債務者に資産運用のアドバイスを求めるようなものです。

僕はマニュアルを否定しない。上達するには、真似や優れたノウハウは必要です。しかし、やるなら、自分が憧れる達人の「型」を真似してほしい。

手当たり次第に誰でもいいからアドバイスを求めて、不要な有害情報まで頭に詰め込んで、自分のビジョンと可能性を阻害するような考え方を、まず見直してほしいのです。

そうして、自分が今、何をやろうとしているのか、何を掴もうとしているのか、それを、始める前にしっかり見つめてほしいのです。

(亘 こんな話を聞いて就活を始めれば、サークル卒業生が続々新人トップ、ってのも当然だな)

純一 学生は「どこに内定したのか?」ばかりを気にします。そして、そう聞かれれば、「銀行」とか「商社」と答えます。

それも間違いじゃない。しかし、もっと考えてほしいのは、「どこに内定したかは、内定後に分かる」ということです。

ある人は、内定すれば「これで終わり」と考えて遊ぶ。また、ある人は、内定したら途端に不安になる。

さらに、ある人は内定したら自分の無力さ、無知、非常識さを実感して、「これじゃいけない」と気を引き締める。

それぞれが終えた「就活」は、全く別のものなのです。

「これで終わり」と考える人は、内定のために必要な努力以上の努力を認めないのでしょう。評価対象にならない努力は、無駄だと思って、残りの学生生活を「消化試合」のように過ごす。

まるで、「試験に出ない教科は勉強しない」と考えている愚かな優等生のようです。

「新卒早期離職者」や「フリーター」が、この手の学生から半数ほど出るのも、当然だと思いませんか?だって、この人たちは「会社」に内定したに過ぎないんですから。

また、内定後に不安になる人は、面接で嘘をついていたのです。ですから、自分の決断とその結果を受け入れきれないのです。

会社でふさぎこみ、またしてもすぐ辞める人にも、このタイプが多い。あるいは、辞めないにしても、酒やカラオケに逃げる。嘘から生まれた現実は、受け止めるのがきついからです。

要するに、彼らの就活は「離職準備」に過ぎなかったというわけです。

ですから、内定後に「こりゃ大変だ。残りの学生生活、しっかり頑張るぞ」と考える人のみが、本当に「自分の夢」に内定したのだと言えます。自分を「社会人」として見ているからです。

内定後に内定前以上の努力をできる人だけが、本当の内定を掴んでいるのです。

このRUNで目指すのは、そういう「夢への内定」です。

就活は「どこに行くか」と、「行った先でどう頑張るか」の二つをクリアして、初めて終わる。

だから、入社後にこそ、学生時代の決断がもたらした理想と現実の摩擦に耐える「本物の就活」が始まるのです。

では、その試練を乗り越えるエリートは、どういう就活をやったのか?今からそれをお話しましょう。

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◆第13話「勝負を決める心構え」

純一 要するに、就活には「前半」と「後半」の二セットがあるということです。これは「乗馬」にたとえてもよい。

いわば、「どの馬に乗るか?」が前半の就活で、「選んだ馬をどう乗りこなすか?」が後半の就活です。

僕は乗馬には詳しくありませんが、馬は非常に繊細な動物で、人間との相性を細やかに見抜くそうです。

自分をかわいがってくれない人、自分を痛めつける人、ただの動物だとしか思っていない人には、馬もそれ相応の態度を見せる。

そして、新入社員にとっての会社と仕事も、この「慣れない暴れ馬」と同じだとは言えないでしょうか?

学生時代の就活、つまり「前半の就活」で、この馬はきっと自分の理想の馬だ、自分と一番相性が良い馬だと思って選んでも、そこには多分に学生としての無知と願望が作用しています。

遠くから見ればきれいでかっこよかった馬も、近くで見ると、そして実際に乗ってみると、案外怖い顔をしていて、気性も荒かった。

乗ろうとしても、何度も振り落とされる。やっと乗れたと思ったら、見当違いな方向に進み出す。ゆっくりと直進し始めても、またいつ暴れ出すか分からないから、ハラハラして、見えない部分で気苦労が絶えない。

一年目の社員も、これと似ています。

そんな日々を乗り越えて、初めて「人馬一体」の境地に達するのです。

馬術の格言に「鞍上人なく、鞍下馬なし」という言葉があります。

騎手がいないかのように自然に馬が走り、馬がいないかのように騎手が自由自在に大地を駆け巡る、という理想の境地を表す、素晴らしい言葉だとは思いませんか?

(亘 オレもそういう内定をしたい!)

純一 人と仕事も、まさに人馬の関係と同じです。

仕事だと思わないくらい自然にこなす人がいるかと思えば、誰がやっているか分からないくらい自然に流れる仕事がある。これを調和させるのが、「正しい職業観」です。

ですから、「内定したし、あとは遊ぶだけ」と思っている四年生の方がいたら、注意した方がいい。

確かに、「未就職卒業」、つまり「内定先がないままの卒業」は、全大学生の21パーセントですが、「三年以内の離職」は、33パーセントに及んでいるのです。

これはつまり、「前半の就活に成功した」だけで大丈夫と思っていた人が、入社後、つまり「後半の就活」で失敗したということです。実は、前半よりも後半の就活で落馬する人の方が多いのです。

「○○に内定した」くらいで威張って驚いてもらえるのは、学生だけです。

皆さんには、そういう狭い世界で、成功したと思わないでほしい。昔から、偉人の若い頃の特徴は、「小成に安んずることなかれ」、つまり「小さな成功で調子に乗るな」です。

本当にプロで頂点を極めようと思っているルーキーは、球団と契約が決まったくらいで遊びまくりますか?

本物のルーキーなら、契約後こそ本当の勝負だと思って、今まで以上に練習に励むでしょう。

皆さんは「井の中の蛙」ではないはずです。自分が内定したのは、会社と夢のどちらか、今一度考えてみましょう。

そして、今さぼっている四年生がいたら、努力に値しない未来、できるだけ楽しんでから迎えたい未来、その時が来たら頑張ればよい未来しか持ち得ない自分の努力を恥じるべきです。

僕は、そんな器の小さい内定に甘んじている四年生よりも、夏でも歯を食いしばって努力している、未内定の四年生の方を人間として信頼したい。

なぜなら、未来の描き方が違うからです。僕ら経営者から見れば、学生が内定しようがすまいが、実力的にはフリーターと何ら変わりません。

皆さんには、内定しようがすまいが、ぜひ、大きなビジョンを持って、高い理想に向かって挑戦してほしいものだと思います。

(亘 ここは本物のサークルだ!)

純一 そして、就活ではよく、「決断力」を問われる場面がある。学生は、そういう能力がどこかに存在していて、然るべき手順を踏めば、決断力なる能力が手に入ると考えている人も多い。

しかし、あなたたちが言う決断力とは、「事前に全てのチャンスとリスクを見極めたい」という気持ちのことでしょう。要するに、疑り深くて臆病なだけです。

悪いですが、そんなものは決断じゃない。事前に全ての見通しが付く決断なら、それは大事なこととは何も関係がないのです。決断力もまた、決断する前と後で鍛えられる力です。

例えば、「私はトップ営業マンになる!」と学生時代に決意したとします。本当になれるかどうかを事前に判定するのは不可能でしょう。ですから、まずそう決断するしかない。

すると、現実の見え方が変わります。以前の自分と決意を定めた自分のどちらで乗り越えるか、試練を課される場面も増えてきます。

そして、本当の決断力とは、このような「理想と現実の摩擦」を経て鍛えられるものなのです。

つまり、決断を成功させるのは、「決断後の行い」なのです。

決断がもたらす、今までとは確実に違う現実に耐え抜いて、じっと理想を見定め、現実をそれに近付けていく。

そうして、何度も「決断してよかった」と「とんでもないことを決意したな」という思いの間を往復して、最後に帰ってくる場所が「自分への信頼」となれば、それが本当の決断力です。

「エリート」とは、どういう人ですか?みんなが憧れる会社や役職にいる人ですか?違うでしょう。

どういう場所からでも、頂点を極める熱意と行動力を持った人でしょう。そして、地位や権威ではなく、言動で人の信頼を集められる人でしょう。

僕は、皆さんに、そういう真のエリートになってほしいのです。そんな気持ちで、今の学生時代を生きてほしいのです。

なるほど、その気になれば、大学には「手を抜いていい理由」がたくさんあるかもしれない。そして、多くの学生は「学生のうちは」、「学生だから」、「学生の特権」などと、都合のいい言葉を使って現実をごまかす。

しかし、それは本当に「学生だから」なのでしょうか?「オレだから甘える」、「私だから手を抜いてもいい」、「僕の特権」ではないのでしょうか?

自分の怠慢と無能をごまかすために、「学生だから」などと言うべきではありません。

本物の学生は、そういう学生じゃない。

世間や周囲は、様々な事実やイメージ、言動を「学生だからね」という一言で、実に気軽に評価する。

そして、甘えを寛大に見逃してほしい学生だけが、そういう意味での「学生」という言葉に同意する。

「学生だから、寝坊もあるさ」、「学生だから、授業もサボるさ」、「学生だから、手抜きも許されるさ」…。

もし、正しい国語能力がある人間なら、全部「私だから」と翻訳すべきでしょう。

こういう、基礎学力すら覚束ない連中が、社会人になった途端に、学生に会うと「いいね、学生は。働かなくていいから」、「学生のうちしか遊べないぞ」などと威張り始めるのです。

要するに、社会人になっても、まだ「自分が何者なのか」が分かっていないということです。

学生時代に手を抜けば、入社の時点で既に劣勢にある新入社員が、ますます遅れるのは当然のことでしょう。

遅れを取り戻すにも、こういう連中は共産主義を信奉しているから、「人より余計に時間をかける」程度の知恵しか浮かばない。

そして、残業や休日出勤を繰り返す。評価は下がり、人望も下がる。それが益々モチベーションを低下させる。会社や仕事への恨みも募る。

そんな時に「学生」に会えば、自分だって一応社会人なんだと自己顕示欲が出てくるのも無理はない。

しかし、自分が社会人だと証明する材料は、「こき使われて疲れまくっている」という現実しかない。

だから、馬鹿の一つ覚えのように、「今しか遊べないぞ」と言うのです。

自分たちが学生時代に手抜きをしまくったから、そのシワ寄せで遊べないという事実に、まだ気付かないのです。

まさに、未開人は矛盾に鈍感です。早期離職も、もう時間の問題でしょう。

(亘 この人、けっこう言うなぁ…)

純一 できる社会人は、遊びも精一杯楽しみます。

人生への同意を持って今を過ごしているから、「オンとオフ」なんてケチなことは言わない。どちらも良い循環を生み出すように、生活を組み立てていきます。

皆さんも、そういう社会人になりたいでしょう?仕事ができて、結果も出せて、信頼と人望を集め、将来を期待され、毎日を楽しんで、給料もたくさんもらって…。

ならば、「私は将来、そういう仕事をするのだ」とまず、決意しましょう。そして、その決意がもたらす現実との摩擦を楽しみましょう。

僕は、中途半端な仕事や遊びは嫌です。顧問として教えるからには、圧倒的な結果を出したい。しかし、それは僕一人の願望ではありません。

皆さんも、きっと、胸に手を当てて静かに考えてみれば、そういう大志を持って入学したはずなのです。僕は皆さんの現実じゃなく、可能性と付き合っているのです。

ですから、遠慮はしません。学生だろうが、言うべきことは言います。別に、皆さんに食わせてもらっているわけじゃないから、皆さんの機嫌を取るつもりはない。

ただ、皆さんが社会人になって、「RUNで勉強してきて本当によかった」と感じてくれれば、それが僕のやりがいなのです。

本当の決断とは、決断と結果の間に時差があり、何度も「あれでよかった」、「あの時決めてよかった」と思え、そのたびに自信を深めてくれるものではないでしょうか。

僕は、そういう自信に根差した学びをやっていきたいのです。就活もまた、そのための材料に過ぎない。何の材料か?それは、皆さんの可能性を引き出し、自信に変えるための材料です。

(麻衣、美里 なんてすごいサークルに入っちゃったのかしら…)

最後に、受かる面接の心構えを話しておきましょう。

ある映画の主演を決定するため、監督が二人の俳優に目星を付けました。一人は技巧派のA、もう一人はベテランのBです。

監督は二人を呼び、「ラーメンを食べるシーンを撮影して、おいしそうに食べた方に主演の座を与える」と言いました。期限は二日後です。

Aは技巧派らしく、その夜から友達を集めてラーメン屋に行き、何度も食べながら、表情、食べ方、食後の印象、照明、食器の持ち方…などを研究しました。

翌日も、同じような練習を繰り返しました。

一方、Bは監督に「二日後に撮影を行なう」と告げられてから、その時まで「断食」をしました。
そして撮影当日。

Aは二日間の練習の成果をぶつけ、すさまじい演技でラーメンを食べ終わりました。技巧派らしく、その食べ方は迫真の演技でした。

しかし、Bにとっては、目の前のラーメンは、ラーメンである前に「食べ物」でした。命をつなぐ、待ちに待った食べ物でした。

Bはこれといった練習はしませんでしたが、心の底からラーメンが「おいしい」と思える最高の準備をして臨んだのです。

Bの形相は「技巧」など問題にならないくらい鬼気迫るもので、「おいしく見える」どころではなく、誰もが「心から待ち望んで食べている」と認めるものでした。当然、監督はBを主演に抜擢しました。

…という、RUNの学生と卒業生なら、誰でも知っている「ラーメンの話」です。皆さんは、就活や入社に、AとB、どちらの姿勢で臨もうとしているでしょうか?

心構えの伴わない技術など、邪魔者だと知っておくべきです。そもそも、働きたいと心から思っていないくせに、「就活してる」とか「内定した」などとタワゴトを言わないことです。

結果は、皆さんが今、何を考えているかで、既に決まっているのです。

ということで、この冬はまず、心構えで勝ちましょう!将来感謝し、笑うために。

(講義終了。学生たち、拍手)

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◆第14話「関連付け」

亘 今日は本当に良い話をありがとうございました。おかげで、今まで持っていた迷いが晴れました。

純一 そうか、それはよかったね。素直に聞けば当たり前のことばかりだったと思うけど、その「素直になること」が就活では難しいこともあるから、いいきっかけになったようで安心したよ。

麻衣 私も、「自分はラーメンの食べ方ばかり練習しようとしてたな」って思いました。

美里 馬の話もラーメンの話も、これからの自分の姿勢を考えるシンプルな基準になりそうです。

竹川 僕たちはずっと、こういう素朴な考え方を大切に活動してきたサークルなんだ。

目立つことも、きらびやかなこともないけど、今すぐ報われることより、一生通じて磨いていきたい心構えを学生時代に作っていきたいと思って頑張ってるんだ。

麻衣 ほんとにいいサークルですね。私、大学にはどうして本気を茶化し、邪魔するような雰囲気があるのかって不思議に思ってたんですけど、RUNなら遠慮なく夢を語れるのが嬉しいです。

竹川 うん、分かるよ、それ。本当はみんな何かに燃えたいはずなのに、なぜかそれを堂々と語れないような雰囲気があるよね。

でも、遠慮したまま四年が過ぎて、振り返ればあれもこれもやっておけばよかった、じゃもったいないよね。

純一 そうだね。大学生活は、四年の夏からが本当に面白いものだから。

美里 そんなものなんですか?

純一 そう信じる人にだけはね。

亘 …実は僕、来週、面接を受けるんです。で、よかったらこの後、相談に乗ってもらえないかと…。

純一 もちろんいいよ。じゃ、部室にしよう。

亘 あ、ありがとうございます。このサークル、部室があるんですか?

純一 「赤坂ベローチェ」っていう部室があるよ(笑)。

美里 あたしも行っていいですか?

麻衣 私も聞きたいです。

亘 そ、それは…。分かった。いいよ。

美里 黙っておとなしく聞いときますから、大丈夫ですよ。

亘 ははは、あんまり期待できないけどな。

(ゼミ終了。ベローチェに移動)

亘 …で、これが、明日受ける会社のエントリーシートです。

美里 「エントリーシート」って、どんなのなんですか?

亘 それはね…。面接の前に会社に提出する書類で、人柄や仕事への思いなんかを書いて伝えるんだよ。

形式や分量、質問は会社によってマチマチで、字数を指定する会社もあれば、自由に書いていい会社もあるんだ。オレ、今まで何枚書いてきたんだろ…。

美里 へぇ。じゃ、「履歴書のちょっと大きいバージョン」みたいな感じですか?

亘 まぁ、そんなもんだね。

純一 亘君は、今まで、いつもこういうふうに「自己PR」を書いてきた?

亘 …「こういうふうに」と言いますと?

純一 「私、私、私…」と、自分のことばかり伝える姿勢で、ってこと。

亘 あんまりそう意識したことはありませんが、そういうふうになっているでしょうか?

純一 そうだね。亘君のことを知っている人には、よく分かる文章だと思うけど、これは面識も印象も持たない人が最初に読む「書類面接」のようなものだから、自己PRも志望動機も、ちょっと唐突な感じがしないかな?

美里 自己PRも志望動機も、「自分の思い」を伝えるものじゃないんですか?

純一 確かにそうだよ。しかし、「伝えること」は手段に過ぎない。「共感するため」にね。

亘 あっ…。

純一 これ、いつ仕上げた?

亘 …先週です。

純一 そうだろうね。最近勉強したことが全然反映されてないし、後半の質問ほど書き方が雑だから、期限を意識して焦ったんじゃないかな?

亘 …そ、そんなことまで分かるんですか?

純一 いや、僕は以前、経済誌の記者や自身の独立起業で、たくさんのビジネス文書や経済記事のやり取りをしてきたから、書いた時の表情や状態は、けっこう予想できるだけだ。当てているつもりはないけどね。

亘 正直、このエントリーシート、自信ないんです…。

純一 字数と期限を目標にすれば、そうなってしまうね。エントリーシートの目標は、あくまで自信と余裕が生まれることだし、企業側からすれば、「会って話を聞いてみたい」と思うことだ。

亘 じゃあ、これは…。

純一 いや、別に問題はないけど、僕が気になったのは、面接もこういう考え方で話していないか、ってことなんだ。

亘 面接も?「こういう考え方」って、どういう考え方ですか?

純一 「自分の思いを伝えるのが自己PRだ」っていう、間違った考え方だ。

亘 そ、それって、間違ってるんですか?

純一 完全に間違いってわけじゃないけど、その前にやるべきことがある。

美里 それ、何ですか?聞きたい聞きたい!

純一 じゃ、例えば、亘君が麻衣ちゃんのことを気に入って、告白するとしよう。

亘 え?…照れますね。

純一 亘君が、「オレは進学校出身で、これからは商社に入るし、TOEICも七○○点以上ある。おしゃれにも気を遣ってるし、洋楽にも詳しい。車も好きだし、ドライブコースもたくさん知っている。

女性に対しても優しく寛大で、オレなら必ず、君を幸せにできると思う。だから付き合ってくれ」って言ったら、麻衣ちゃんはどう?

麻衣 う~ん…ちょっと答えにくいです。

純一 じゃ、もう一つ。次は亘君が、「麻衣ちゃんはいつも友達や先輩のことを思いやっていて、自分のことのように優しく見守っている。自分でバイトをして留学のお金を貯め、短期留学を成功させた後は、そこから得たテーマを卒論に生かそうと、日夜地道に勉強に励んでいる。

自分の就職も心配なのに、そんな時でも、身近に就職で困っている人がいると、チャンスを届ける温かい性格だ。

そんな感性をもった麻衣ちゃんと、もっと色んな感動を分かち合いたいし、オレならそれができると思っている。だから付き合ってくれ」って言ったら?

麻衣 …今の方がいいです。なんだか、心が動きます。

美里 そうよね。女の子ならグッとくるよね。

純一 何が違っていたんだろうね?

亘 …。

麻衣 あっ、分かりました!二番目の告白は、私のことを話してくれたのが違います。

美里 ホントだ!最初のは、「自分のこと」ばかり言ってたのに。

純一 そうだね。でも、不思議じゃないかな?「自己PR」なのに、自分のことを話した方が伝わりにくかったなんて。

それどころか、今、麻衣ちゃんは、二番目の告白、つまり「自分について語ってもらった方」が心が動いた、って言ったよね。

亘 あぁ…。オレは今まで、なんて間違いを繰り返してきたんだ。

純一 いつも「私、私、私…」でやってきた、ってことかな?

亘 そうです。あぁ…。

(亘、頭を抱える)

純一 「PR」ってのは、学生は漠然と「伝えること」だと思ってるけど、さっきも言ったように、伝える作業は共感の手段に過ぎない。美里ちゃん、君は英文学科だったね。PRの意味は?

美里 え?確か…「Public Relation」だったような…。

純一 そうだね。で、どういう意味?

美里 「不特定多数の人々」だから、つまり「目の前の人」と「リレーション」、つまり関係を…作るってことですか?

純一 そうだね。単純に言うと「関連付け」だ。

三人 関連付け?

純一 そう。つまり、「お互いが大事にしていることを結び付ける」ってことなんだ。

例えば、麻衣ちゃんが保母さんになりたいとする。それで、保育園の面接を受けに行って、志望動機と自己PRを話すことになったとしよう。

麻衣 はい…。

純一 麻衣ちゃんは面接で聞かれるなり…

「私の子供たちを思う気持ちは誰にも負けません!学校でも教職の授業を一年の頃から聴講し、ここ数年の家庭問題や教育に関する事件についても、新聞で詳しく読んできました。

また、私は自分の人生を楽しくしようと、自分で未来に予定を入れ、積極的に行動することができます。その一例として、夏は短期留学に行き、貴重な経験をしました。

このチャレンジ精神で、子供たちから慕われる先生になりたいです」と言ったとしよう。さて、受かるかな?

美里 う~ん、どうだろ。なんか、力んでる感じですよね。

純一 じゃあ、もう一つ。今度は麻衣ちゃんが…

「少子高齢化と言われる現代ですが、子供への教育費用や教育内容は家庭の切実な悩みです。そんな社会情勢のためか、多くの保育園が子供英会話やIT教育を取り入れていますが、この保育園では、一貫して思いやりと遊びの大切さを説き、優れた実績を残しています。

私はその秘密が『先生の姿』にあると考え、江戸時代や明治時代の家庭教育や教師を調べ、『子供の可能性を信頼し、愛情溢れる姿を見せること』が何より大切だと感じました。

そして、この保育園こそその理念を体現し、先生方が一丸となって日本の将来を築いているように感じたんです。

私はここで、私の粘り強さと気配りを発揮し、保護者の方の安心と子供たちの夢に貢献したいと感じました」と言ったとしたら?

美里 …「ナイテー!」って感じです!

亘 非の打ち所がないですね。

純一 そうだね。要は、自分のことを最初から話さないことだ。なぜなら、それは「関係がない」から。相手は自分の会社や仕事が置かれている時代背景、社会情勢に関心がある。保護者の思いや幼児教育にも関心がある。

だからこそ、相手の関心と業績を尊重し、自分もそれに興味があるのだ、受けるだけの心の準備は整っているのだ、と「話の受け皿」を作る必要があるね。

亘 受け皿?

純一 そう。「何を話すか?」なんてそんなに大事じゃない。それよりも、「どういう思いで聞いてもらうか?」がもっと大事なんだ。

だからこそ、最初は「相手のこと」を説明し、「御社と私はこんなに関係があります」と伝えたほうが、その後に聞く個人の情報、つまり「熱意がある」、「思いやりがある」という言葉が生きてこないかな?

というより、相手への配慮や理解を共有したうえでの「情熱」、「好奇心」、「継続力」などという言葉は、相手にとっては、「私のための」という前提で聞こえるものだ。

つまり、全ての志望動機がストライクゾーンに入っていく。なぜなら、相手が「聞きたい」と思ってるからだよ。

美里 そうですね。純一さんの講義も、最初は私たちが「何だろ?聞きたい!」と思うような小話が入りますよね。

純一 ははは、そうだね。講義なんてのは、半分は相手の努力で成功するものだからね。素朴な話題でも、相手の興味を喚起すれば、情報の吸収率が高まるものだよ。

亘 今こういう本質を聞けて、本当によかったです。で、僕の面接はどうすれば…。

純一 心配することはないよ。じゃあ、今から面接について考えてみよう。

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◆第15話「当たり前のレベル」

美里 就職課じゃ、今みたいな話、絶対教えてくれないよね。

亘 そうだな…。就職課だけじゃない。どの団体でも、こういうことは教えてくれない。

純一 就職課は就職の部署だからね。RUNは立派な日本人としての社会人を目指す場所だ。目的が違う。

ただし、いつも「教えてもらえるかどうか」を考えずに、素朴な生活の実感を注意深く見つめてみることだね。そうすれば、教えてもらわなくても自分で気付くことができる。

麻衣 純一さんは、こういうことをどこかで習ったんですか?

純一 いや、僕は大学は卒業していないから、全部、営業の実践で学んだよ。そうして、学んできたことをまとめて、その中で誰がやっても当てはまることを教えているだけなんだ。

美里 どうして、こういうことを教えているんですか?

純一 それは、日本の若者の目標が、「就職」なんて低レベルな状態にあるの悔しいからだ。

麻衣 悔しい…?

純一 そうさ。本気で挑戦してきた若者なら、どうして就職ごときで不安になるものか。また、内定ごときで手を抜くものか。まったく、器が小さいったらありゃしない。

僕は二十歳から海外で働き、外国の若者の恐るべき気迫を肌で感じてきた。そして、日本の若者はこのままじゃ確実に負ける、と覚悟した。

美里 そんなに違うんですか?

純一 全然違うね。能力も、気迫も、バイタリティも。悪いけど、日本の大学は大学じゃない。

しかしまぁ、そういうことは内定してからでも話すことにしよう。このRUNでは、就職対策が一番初歩の内容だからね。

麻衣 他にもまだあるんですね。

純一 うん。就活対策は「小学校」、ゼミは「中学校」、古典の会は「高校」、近現代史勉強会は「大学」。で、読書合宿が「大学院」だね。

亘 就活前に、そんな勉強をしている学生がいるんですか?

純一 ああ、いるよ。そんな卒業生は、「同期トップ」とかになって、社内で表彰されたりしている。まぁ、それくらい当たり前だけどね。

亘 当たり前、か…。

純一 亘君にとっては、何が「当たり前」かな?内定?入社?皆勤?トップ成績?まずはそれを考えることが大切だ。

亘 今までは、「内定したら遊んで卒業」が当たり前でした。

純一 だから内定さえできない、ってことがよく分かっただろう。そんなのは、受験勉強で「合格」を目標だと考えているくらい愚かなことだ。

合格も内定も、その先にある果実を掴むための前提、手段、条件に過ぎない。条件を目標にすれば、余計な悩みを持つことになる。

亘 面接も、そう考えて基準から見直さないといけませんね。

純一 王監督は、世界最多のホームラン記録を達成した後、記者に「どうしてあんなにホームランを打てたんですか?」と聞かれて、平然と、「ピッチャーは僕にホームランを打たせるために投げてくれているんだ。ホームランはピッチャーとの共同作業だからね」と答えたそうだ。

亘 す、すごい…。

純一 「当たり前のレベル」がまるで違うよね。一流の人たちは本当にすごい。心構えから既に他人を圧倒しているのがよく分かる。

じゃあ、君は「面接官」を敵と味方のどちらだと思う?

亘 敵だと考えていました…。

純一 もちろん、そうじゃないよね。世の中の「就活対策」では、攻略とか対策とか激突とかって、アホみたいなこと言ってるけど、会社は攻略するものでも激突するものでもない。

まったく、「共産党宣言」みたいで、バカげた考え方だ。

面接官が質問をしてくれないと、学生は答えることさえできない。ピッチャーが投げてくれないと、凡打や三振さえできないように。だから、面接官は有り難い味方だ。

「会社に勝つ」とか「面接官に勝つ」なんて、考え方からして間違っている。相手に勝つんじゃなくて、相手とともに価値ある試練に勝つんだ。時代と顧客が与える試練にね。

だったら、面接でも、「相手の気持ち」に立つことが、まず何より大切じゃないかな?

亘 相手の気持ち?

純一 そうだ。例えば君が「野球の名手」だとする。ファインプレーでボールを捕り、一塁に投げようとした時、「投げやすいボール」や「投げたいボール」は、果たして「いいボール」と呼べるかな?

亘 それは…。

純一 もちろん、呼べない。「捕りたいボール」、「捕りやすいボール」、「捕れるボール」と、相手の立場から求められる条件を満たしてこそ、初めて「投げたい」、「投げやすい」という意思を考慮することができるね。

亘 確かに…。

純一 じゃあ、君が今まで面接で話してきたことは、「言いたいこと」と「聞きたいこと」のどっちだった?

亘 …「言いたいこと」です。というより、言いたいことさえ言えれば悔いはない、とさえ考えていました。

純一 じゃあ、落ちた理由も分かっただろう?というより、バッターボックスにさえ入っていなかった、ということだね。

亘 あぁ…。どうして、こんなに単純なことに気付かなかったんでしょう…。

純一 焦って不安になると、とにかく自分が準備してきたことに落ち度はないか、準備した通りに言えるだろうか、納得のいく面接ができるだろうか…って、いつも「自分、自分」になってしまうものだよ。

しかし、内定は一人では得られない。「すごい」も「面白い」も「いい」も、全ては相手が評価することだ。

「言いたいことを言いたいように言う」は、条件でしかない。共感するための。

王監督だって、打ちたいボールだけを考えていれば、あんな記録は残せなかったはずだ。

ピッチャーが次に何を投げたいか、投げようとしているかと、ピッチャーの気持ちを考えたから、読みが冴えてきて、素晴らしい共同作業ができたのだと思わないか?

亘 僕のやってきたことは、「素振り」ですね…。

純一 まぁ、そういうことだ。要するに、相手が誰でも、自分の満足が基準だったんだろう。そんな考え方だと、落ち方さえ間違う。

「あの野郎、オレを落とすなんてバカな奴だ」ってね。つまり、まともな反省さえできず、落ちれば落ちるほど、周囲を恨むようになる。

亘 まさにその通りです。

純一 君は「ウサギと亀」の話を知ってる?

亘 聞いたことはありますが、どんな話だったか…。

美里 知ってます。足の速いウサギが、なぜかのろまな亀に勝てない、っていう話でしょ?

純一 そうだね。あれはまさに、君たち学生の就活の話だ。

麻衣 どこがですか?

純一 ウサギの頭の中には、「亀に勝つこと」しかない。

だからいつも、「亀は今どこか?」、「亀は今何をしているのか?」、「亀はちゃんと、自分より後ろにいるか?」ばかり考えている。

一方、亀は、ウサギと比べて自分がどこにいるか、なんてことは考えていない。そんなことより、「僕のゴールはどこなのか?」をしっかりと分かって、地道に歩いている。

つまり、ウサギには本当の「ゴール」がない。だから、いくら頑張っても何も達成できない。ただ、亀より先を歩いていればいいだけで、亀より遅れていると、それだけでイライラする。

麻衣 他人の内定や面接結果が気になる学生と、まったく同じですね。

純一 そう。集団面接では、他の学生がいいことを言えば、「何を!オレだって」といきり立つし、他の人が一次選考を通過すれば、自分は「遅れている」と不安になる。

自分より先に友達が内定すると、途端に劣等感に支配され、会話の内容が変わってしまう。

こうやって、いつもいつも「就活」のことばかり気にしているのに、現実はいっこうに変わらない。そして、最後には「会社が悪い」、「社会が悪い」、「世間が悪い」と考え始める。

しかしまだ、「自分の本当のゴールはどこなのか?」を考えようとはしない。

せっかく能力があろうと、ゴールを持たない人間は、所詮この程度のものだ。

亀と張り合っているうちに、自分も壮大な迷路に突入して、意固地になって亀に勝とうとしているんだ。しかし、亀はそんなウサギを気にかけることさえない。それがますますウサギを苛立たせる。

亘 どうして、こうも、悪い例が僕にばかり当てはまるんでしょう…。

麻衣 でも、先輩、今気付けて良かったじゃありませんか。

亘 それはそうだけど、オレ、今まで何をしてたんだか…。

美里 次はホームランをかっ飛ばしましょうよ!

亘 そうだな。オレはもう、今までのような甘い気持ちで会社と向き合わない、って決めたんだ。この悩みだって、以前は持てなかったような真面目な悩みだというのは分かる。

純一 真剣な挑戦は、悩みがいのある悩みを与えてくれるものだよ。

麻衣 悩みがい、って?

純一 「本気で失敗すれば、転んでも前に倒れる」ってことだ。亘君は、転ぶほど後ろに倒れてたんだと思うよ。

でも、今は失敗を知っても、希望や意欲が勝つようになった。それが「悩みがい」ってことだよ。

亘 本当にありがとうございます。悩んでいるのに不安じゃない、こんな気持ちは初めてです。僕は絶対、今度の面接で、企業の方の気持ちを尊重し、しっかり受け止められる面接を目指します。

純一 それが分かれば、内容や言葉を気にする必要はないよ。機会を頂いて有り難い、仕事の時間を自分との面接に充ててもらえて有り難い、自分をしっかり見極める場を与えてもらって有り難い…って考えることだ。

亘 そうですよね。考えてみれば、こんなにたくさんの会社や仕事を一度に、しかも無料で見せてもらい、大学では出会えない本気の大人や人生の先輩の話を聞ける機会なんて、就活くらいしかありませんよね。

今まで、こんなことを考えたことはありませんでした。ましてや、「有り難い」なんてことは思いもよらなかった。

僕の考えてきたことは逆でした。「早く終われ」、「早く内定くれ」、「落としやがって、この野郎」、「受かりやがって、あの野郎」、「就活終えやがって、あいつ」…。

苦しかった。でも、全ては僕の考え方のせいでした。ならば、今考え方を変えれば、絶対にうまくいくはずです。なんだか、心の底からやる気がわき上がってきました。

麻衣 先輩…。

亘 麻衣、美里、オレは絶対に受かるぞ。今までのどの会社よりも、どの仕事よりも真剣に調べて、最高の準備をして、面接官の方々の気持ちに応えてみせる。

受かろうが落ちようが、そういう「見えない部分」で全力を尽くしてみせる。

そして、本気の努力が導く結果に従って生きるんだ。残りの学生生活も、この心構えで生きてみせる。

純一 そう。本当に素晴らしい決意だよ。それが分かれば、内定後も、入社後も絶対に大丈夫だ。

今まで落ちた会社は、君の取引先にすればいいじゃないか。別に就職しなくたって、お役に立つ道はたくさんある。もっと大きく、広く、深く考えることだ。

亘 そうですね。落ちて縁が切れたと思うのも自分ですからね。

今日は迷いが晴れて、本当にさわやかな気持ちになりました。ありがとうございます。麻衣、美里、喫茶店にでも行こうか?

麻衣、美里 そうですね。じゃあ、今日は本当にお疲れ様でした。

(純一 なんと素直で向上心のある若者たちなんだ。学生は素晴らしい。)

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◆第16話「すれ違い」

(三人、喫茶店に来る)

マスター いらっしゃい。

三人 こんにちは。

マスター 最近本当に寒くなったね。就職活動はどう?うまくいってる?

美里 はい、おかげ様で毎日、とっても勉強になっています。

亘 マスターのおかげです。ありがとうございます。

マスター いやいや、僕は別に何もしてないよ。

麻衣 マスターに頂いたきっかけがないと、今頃は暗く不安な気持ちで過ごしてたと思います。本当にありがとうございます。

マスター まぁ、とにかく元気そうでよかったよ。今日は土曜でお客さんも少ないから、ゆっくりしていいよ。

(三人、談笑)

麻衣 先輩、今度の面接、大丈夫そうですか?

亘 ああ。今回は本当に自信があるよ。準備や対策に自信があるというよりも、会社や仕事の見え方が今までとは確実に違う。それどころか、就活に対する考え方も変わった。

会社は今まで「受からせてくれるところ」、「落とすかもしれないところ」としか思ってなかったのに、今は「自分が働く場所」という当たり前のことを深く実感できる。

美里 それを忘れないことが大事なんですよね。

亘 そうだね。素朴で大事なことほど、忘れたりごまかしたりしやすいものだね。時として、それが致命傷になることさえある。以前のオレがそうだったように。

以前のオレは、名の通った会社に行かないと価値がない、大きな会社の方が力を試せる、優良企業で昇進して有名になりたい、なんてことばかり考えてた。

でも、そんなことはお客さんとは何の関係もない。ただの虚栄心であり、自己顕示欲だ。

そして、自分の中だけで「何がやりたいか」だけが分かれば、それで志望動機は完成したとさえ思い込んでいた

しかし、RUNに行ってみて、オレが言ってた「志望動機」というのは、片手落ちの自己満足なものにすぎなかったことがよく分かった。

いつもいつも、考えるのは「自分」ばかり。会社や仕事の事を気にしているようなふりをして、結局は自分の利害しか考えていなかった。

あれだけ面接を受けて、まだ、会社というものが見えてなかった、ってわけだ。落ちて当然だった。というより、あれで受かっていたら怖かった。

美里 あたしは今までの面接がどうだったか、詳しくは分からないんですけど、先輩が今、そう思えるのって、すごく貴重なことですよね。

亘 ありがとう。決して、負け惜しみで言ってるわけじゃない。

オレはつい最近まで、「就活で失敗した」、「やり直したい」、「そもそも、この大学に来たのが間違いだった」とさえ考えてたけど、今は違う。

今は、第一志望に落ちてこの大学に来たことさえ、本当に良かったと感じてる。自分の現実をそのまま認め、受け入れて、迷いや焦りがなくなった。

自分が考えたりしゃべったりする言葉にまとわりついてた、あの得体の知れない歯がゆさや遊離した感覚がなくなって、まだ内定はもらってないのに、心がとても安定している。

麻衣 竹川さんも、「僕は浪人して本当によかった」って言ってましたよ。

亘 そうか…。竹川君は誠実で思いやりが溢れてる人だけど、そう言ってたのか。きっと、オレみたいに色々悩んだのかもしれないね。

あの迷いのないさわやかさは、そういう悟りから来てたのか。

美里 受験でも就活でも、本気になったら、大事なことはそこで全部学べるんですね。

亘 そうだね。「現実をありのままに認め、受け入れる勇気を持て」ということがね。

結局、オレが今の今まで、人生の勝負で最後になって尻すぼみになって負けてきたのは、いつも心の弱さが原因だった。

オレは受験や学校、教師、就活、会社を疑ってきたふりをして、実は「自分自身」を一番疑ってたんだ。

自分の歪んだ心理や思い通りにいかない現状をそういうもののせいにしながら、自分の怠慢をごまかしてたんだ。

不合格も不採用も、ストレスも不安も、実はオレに「早く目覚めろ」と呼びかけてくれてた、有り難いサインだったんだ。

それをオレは、またしても虚栄心と現実逃避でごまかそうとしていた。そんなオレを、麻衣が救ってくれた。

麻衣 先輩、そんなに苦しんでたんですね。あんなに苦しんでいた不採用やストレスさえ「有り難い」と言うのを聞いて、本当にすごいと感じます。

私はただ、役に立てばと思って知らせただけですけど、そのチャンスをものにした先輩がすごいと思います。

亘 いや、ベストタイミングだった。本当に感謝してるよ。今は「受かるかどうか」じゃなく、「どう働くか」をしっかりと見極めることができる。それこそ、面接で答えるべきことだったんだ。

あのまま自己不信が極限まで進むと、それこそオレは、本当の敗残者になってたかもしれない。誰の言葉も聞き入れない、冷たく寂しい人間にね。

(チャリン。喫茶店のドアのベルが鳴る)

絵里 おっす!久しぶり!

麻衣 絵里…。

絵里 みんな揃ってたのね?あたしも仲間に入っていい?

美里 あんた、どうしたの?

絵里 あたし、この近くでバイトしてるんだ。で、さっきあんたたちの姿が見えたから、もしかしたらここかな、って思って覗いてみたの。

麻衣 本当に久しぶりね。

絵里 で、どう?最近の就活?あたし、今週先輩に、色々と情報聞いちゃった。

美里 へぇ、何を?

絵里 いや、適性検査って、やっぱりけっこう重視されるらしいよ。で、合説でいきなりエントリーシートを書かせる会社もあるらしいの。

だからぁ、事前に「説明会」って知らされてても、SPIとかエントリーシートとかの対策はしてた方がいいみたい。

美里 …「情報」って、そのこと?

絵里 まだあるよ。えっと、確か…そうそう、「みん就」はやっぱり、一応目を通してた方がいいみたい。結構当たってる情報もあるらしいから。

営業、ソートーきついらしいんだけど、実際の営業のきつさも書かれてるんだって。

で、面接の決め手はやっぱり自己PR。

会社によっては、「一分で」とか「三分で」とか、「自由に」って色んな形で聞かれるらしいから、時間を区切って練習してた方がいいってよ。ちなみに、そのチェックポイントまで聞いちゃった!

美里 ふ~ん。

絵里 聞きたい?聞きたい?自己PRは、「熱中してきたこと」、「長所」、「短所」をできるだけ具体的に、コンパクトに言うことが大事なんだって。

ちなみに、「熱中したこと」は常識的に学生時代の体験のことで、中学、高校はNGらしいよ。

(亘 なんてバカバカしい情報だ)

絵里 その先輩、大手の広告代理店に受かったんだけど、エントリーは120社して、受けたのは30社、内定は4社なんだって。やっぱ、大手に受かった人の話だけにリアルだよね。

麻衣 リアル…か。

絵里 何よ、あんたたちも知ってたの?

美里 別に…あたしはそんなことには興味がないだけ。教えてくれたのは嬉しいけど。

絵里 「興味がない」?でもさぁ、やっぱり早めの対策は大事だしぃ。また聞いたら教えるね。

亘 絵里は、もっと仕事そのものの本質とか、働いている人の思いを知るべきじゃないかな?

絵里 「本質」?でも、先輩はそういうこと話しませんでしたよ。OB訪問はしたらしいですけど。

亘 そういうことじゃなくて…。一生やっていくことなんだから、もっと深い部分を考えたらどうかと思っただけさ。

絵里 だってぇ、あたし、早く内定して遊びたいしぃ。最低六月には内定もらって、夏休みはヨーロッパに行って、秋にバイトして卒業旅行はハワイ、ってのが理想なんです。

ダラダラと就活長引かせたくないしぃ。

亘 …。

麻衣 「長引かせたくない」って、別に長引かせようと思って長引かせているんじゃないと思うよ。

絵里 でもさぁ、やっぱり就活は早く終わってほしいよね?

美里 あたしは長くても短くても、自分が選んだ会社のためには納得できる準備がしたい。たとえ内定してようがしてなかろうが、ね。

絵里 あんたは変わりモンよ。先輩、この冬は卒論提出したら、オーストラリア旅行に行くって。いいなぁ。あたしも、来年そうなってたいよ、ホント。

マスター いらっしゃい。お友達かな?

麻衣 はい、そうです。大学の。

マスター じゃあ、就職活動中だね。

絵里 そうです、就活中です。今、お役立ち情報教えてたんです。

マスター カウンターまで聞こえてたよ。僕はその、「エスピーアイ」とか「ミンシュー」ってのが何なのかは分からないけど、亘君も言ったように、もっと深い部分も調べたらいいと思ったよ。

絵里 でしょ?「みん就」の情報、かなり深いらしいから、あたしも期待してるんです。

亘 おまえは「会社」とは向き合ってるかもしれんが、「未来」や「お客様」とは向き合ってない。

絵里 え?でも、未来とかお客さんなんて、今はカンケーないしぃ。てか、まずとにかく受からなきゃ。

亘 おまえはそれで、本当にちゃんと働いていけるのか?

絵里 先輩、あたしがちゃんと働くなんて、ありえないでしょ?目指すは「寿退社」に決まってるじゃありませんか。

麻衣 でも、仕事が楽しくないって考えてる人に、果たして「いい出会い」があるものかな?

絵里 なによ、あんたまで。出会いは会社の外にだってあるじゃない。世の中広いのよ。

亘 広くたって、仕事や人生が楽しくない人には、世の中は狭いものさ。おまえは「みん就」で広い情報に触れてるつもりかもしれんが、あんなのは、視野を狭めるだけだ。

マスター 僕は、就職も、恋愛や結婚と同じだと思うよ。

絵里 え?もしかして「恋バナ」?聞きたい聞きたい!

マスター 恋は「私はかわいい。私を見つめて」、「うん、君はかわいい。君だけを見ていたい」って、二人で向き合う盲目のものだね。

絵里 「恋は盲目」!しびれるぅ。

マスター 一方、愛は「二人の未来のために、しっかり力を合わせていこう」と、同じ方向を目指して助け合い、歩んでいくものだね。

絵里 あたしもそうなりたいぃ!

マスター だったら、会社と君たちが同じ未来を夢見てるかどうか、が大事じゃないかな?

僕には新しいことや詳しいことは分からないけど、そういう大事な部分は、世の中が変わろうが、簡単には変化しないと思うよ。

絵里  ですよねぇ?だから、そのためには、まず相手を調べなきゃ。

亘 …おまえ、まだ分からないのか?おまえこそ「盲目」だってことが。

絵里 何よ?あたしのどこが盲目なの?てか、盲目で悪いの?会社に憧れなきゃ、何も始まらないじゃないですか。

亘 違う。オレの言いたいことはそういうことじゃない。まぁ、聞いてくれ。

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◆第17話「異文化コミュニケーション」

亘 絵里、おまえは会社とはしっかり向き合ってるつもりだろうが、それで受かると思ってるのか?

絵里 え?てか、業界研究とか企業研究するためには、向き合わなきゃいけないじゃありませんか。

亘 確かにそれはそうだ。だけど、それだけじゃ受からないぞ。

絵里 先輩みたいに?

亘 …そうだ。以前のオレみたいに。

絵里 イミ分かんない。会社と向き合うのが、何が悪いんですか?

亘 向き合うのはいい。しかし、向き合っただけじゃ受からない。内定後、入社後、三十歳、四十歳の時までどう生きたいか、その人生観をしっかりと確立しておくことが大事なんだ。

絵里 でも、受かった先輩はそんなこと話してませんでしたよ。

亘 それは、おまえがそういう問いを持ってないからだ。

絵里 だって、そんな問いは必要ないしぃ。どうせ聞かれないんだから。

亘 おまえは、聞かれることしか答えないのか?準備しないのか?

絵里 それが面接でしょ?

亘 違う。面接はそんなに甘いもんじゃない。確かに、業界研究や企業研究で、答えられる範囲や知識は増える。オレはその必要性を否定するんじゃない。

だが、面接はそういう「知識」や「その記憶ぶり」を判定するようなものじゃない。ましてや、付け焼刃のマナーや言葉遣いをチェックするようなものでもない。

絵里 でも、三十歳、四十歳の自分がどうなってるかなんて、分かるはずないしぃ。ありえない。

亘 もちろん、十年後、二十年後にどういう自分になっているかは、誰にも分からない。社会で成長して、将来像が変わることはよくあるし、それは決して悪いことじゃない。

絵里 一体何が言いたいんですか?

亘 どんな人生設計やビジョンを持って、うちの会社を受けたのか、その「位置付け方」の方が、知識や情報よりもずっと大事だ、ってことだ。おまえの話にはそれがない。

絵里 ない?ないなんて、どうして分かるんですか!あたしにだって、人生設計くらいありますよ。「幸せになりたい」って。

亘 それは素晴らしい夢だ。しかし、個人の人生の要求を会社に投影するだけじゃ、受からない。

他者や社会にどういう貢献をしたいか、どういう人を目指して生きたいか、それをしっかりと考えておくことが大事なんだ。おまえは誰を幸せにしたいんだ?それが志望動機だ。

絵里 でも、受かった先輩は、そういうことを強調したりはしませんでしたよ。

亘 それも、悪いがおまえがそこまで考えていなかったからだ。その先輩も、簡単に聞かれたから簡単に答えたんだろうが、おそらく、就活中は将来や自分について悩んだはずだ。

絵里 悩む?あたしの先輩は、チョー優秀なんです。サッと受かったんですから。

亘 すぐに受かることは、優秀さとは関係ない。選考は会社の都合だからな。

その人が悩んだかどうかは知らないが、オレは、悩みがないまま到達する未来には、価値はないと思う。それは、過去の惰性的な反復だ。社会人になっても、学生時代を懐かしむだけの。

絵里 ふ~ん、自分がまだ内定してないから、そういうこと言うんですか?

麻衣 絵里!

亘 確かに、まだ受かっていないオレの言葉には、説得力なんてないだろう。悩み苦しみ、おまえたちと一緒の時期に、「周回遅れ」でまだ就活をやってるオレは、遠回りをしているのかもしれん。

しかし、オレは就活で得るのが内定だけなんてのは嫌なんだ。受かったらあとは遊ぶだけ、というような粗末な内定は嫌なんだ。

過去からウジウジと引きずってきた弱さ、現実をごまかす臆病さ、未来を疑う疲労感を捨て去って、将来と自分への大きな確信を掴みたいんだ。そのための試練こそ、就活だと、最近は考えてる。

オレは最近、本気で取り組んでみると、この就活というイベントがどれだけ多くのものを与えてくれるか、改めてそれに驚くばかりだ。

絵里 はいはい、あたしには、そこまでロマンティックな就活はできません。したくもありません。

美里 絵里、あんたには悩みはないの?

絵里 あるに決まってるじゃない。どの会社受けようか、JALに受かるかどうか、いい出会いがあるかどうか、幸せになれるかどうか…。

あたしだって、精一杯悩んでるのよ。バカみたいに言わないでよ。

亘 だから、それがいけないと言ってるんだ。

絵里 何がいけないのよ?幸せを夢見て何が悪いのよ!

麻衣 絵里、落ち着いて。

亘 …。

麻衣 聞いてて思ったんだけど、絵里の悩みは、たとえ解消されても、絵里しか嬉しくないよね?

絵里 はぁ?

麻衣 どの会社を受けるか、受かるかどうか、受かった後に満足できるか…。それは確かに気になる。でも、それはあくまで「自分一人の問題」に過ぎないとは思わない?

絵里 なによ、あんたまでそっちの味方ってわけ?

麻衣 ううん。私は絵里の味方よ。だから、絵里の魅力が伝わるように、仕事そのものをしっかり見てほしいの。

絵里 だから、しっかり見てるって言ってるじゃない。情報収集もしてるし、リクナビ、毎ナビ、日経ナビ、ダイヤモンド、エンジャパン…全部登録してるんだから。

麻衣 そうね、それもすごいと思うよ。でも、リクナビの人たちは、「どうやったら学生が使いやすい就職サイトになるだろうか?」って考えたとは思わない?

絵里 そんなの、当たり前じゃない。あたしたち、お客さんなんだから。

美里 違うよ。リクナビのお客さんは企業よ。

絵里 は?別にどっちでもいいし。使うの、あたしたちなんだから。

(亘 こいつ、会計の基礎さえ分かってない…)

麻衣 リクルートは他にも、結婚ならゼクシィ、バイトならタウンワーク、車ならカーセンサー、旅行ならじゃらん、習い事ならケイコとマナブ、って感じでたくさん媒体を持ってるけど、そういう仕事をしてる人は、「お客さん」のために悩んでるじゃないかな?

絵里 だって、社会人になったんだから当然でしょ?自分の商品なんだから。

麻衣 そうじゃないの。社員は「お客さんの幸せのために、わが社はどうしたらいいか」って悩んでるよね?つまり、解決すれば「相手が喜ぶ」ってことよね?

絵里 そうね。それがどうしたの?

麻衣 絵里の悩みも価値ある、学生らしい悩みだと思う。でも、絵里の悩みは、解決されても絵里しか喜ばない。

絵里 誰だって、そういう悩み持ってるじゃない。あんたも夏は「どの国に行こうか」って悩んでたし。

麻衣 そうね。悩んでた。でも、就職はそういうふうに悩みたくはない。

絵里 あたしだって、入社すればそれなりに悩むわよ。

美里 じゃあ、「入社してから社会人になる」ってこと?

絵里 は?てか、誰でもそうじゃないの?ジョーシキ的に。あたしたち、学生なんだからさ。

美里 たとえ学生でも、そういう考えで生きてる人を、あんたは採用したいと思うわけ?

絵里 そんなの知らないわよ。あたしは受ける方なんだから。

麻衣 受ける方だからこそ、受かった後のことや、相手のことを考えることが必要なんじゃない?

絵里 そんなの、受かってから考えりゃいいでしょ?まだ時間あるし、それに、会社に入らないと、お客さんのことなんて分かんないし。だいいち、まだ会ってもないのに。

(四人、しばし沈黙)

マスター だいぶ話し込んでるようだね?水かデザートでも持ってこようか?

麻衣 あ、はい、水をお願いします。ありがとうございます。

亘 マスター。

マスター 何だい?

亘 マスターは、このお店でアルバイトの方の面接をされたことがありますよね?

マスター もちろんあるよ。ここは九州学院の学生さんが多い町だからね。

亘 どういうところを見て採用されたんですか?

マスター それはね…。ウチは喫茶店だから、気配りができて、時間を守れて、笑顔を絶やさないことが大事だよ。

美里 豆やコーヒー、BGMに詳しかったら、もっといいですよね。

マスター あぁ、そうだね。でも、そういうものは勉強したら覚えられるものだよ。学生さんは若いし、覚えも早いからね。

絵里 ほら、そうじゃない。

麻衣 …。

亘 でも、そのバイトさんが、家でも「お客さんのために豆を勉強しよう」、「お客さんのために、時間帯や天気、季節によって音楽を変えて、素敵なお店を演出しよう」、「お客さんの好みを聞いて、最高のメニューを考えよう」と勉強してたら、もっと採用したくなりますよね。

マスター あぁ、そんな人が来てくれたら、夢のようだね。

絵里 ほら、やっぱり夢なんだ。

麻衣 「夢」って、どういうことなんですか?

マスター 難しいねぇ。そういう人をこっちで探すことはできない、ってことだ。いたら嬉しいけど、なかなかいない。

そう育ってくれたら嬉しいけど、最近の学生さんは時給、曜日、時間帯、交通費ばかり聞いてくる。でも、ウチにそういう待遇を充実させる余裕はない。

亘 だからこそ、一緒にお店を盛り上げていける仲間になれたら、最高ですよね?

マスター そういう人なら、こっちから頭を下げても採用したいね。

麻衣 それは、ここのような小さなお店も、大きな会社も同じことでしょうか?

マスター 同じだね。給料が出る出ないにかかわらず、自分でも積極的に学び、努力してくれるような社員がいたら、社長は絶対に嬉しいよ。自分の後継者にしたいんじゃないかな。

絵里 …。

美里 分かった!

亘 何がだよ?

美里 さっきの「悩み」の話なんですけど、あたし、分かったんです。採用、つまりあたしたちが「就活」って呼んでるイベントでは、「会社と悩みを共有できることが大事」なんだって。

麻衣 悩みを共有…。そうね。お客様をどう喜ばせるか、そのために一緒に悩む、ってことだね。そうしてこそ売上も上がるし、利益も増える。

亘 社員個人の悩みは、お客様とは関係ないからな。

マスター 悩みや夢を分かちあえるバイトさんがいたら、僕も心強いね。まさに、「同じ未来を夢見て、手を取り合って歩ける結婚生活」みたいなものだよ。ははは。照れくさいけど。

亘 ホントだ。まったく同じだ…。

マスター 絵里ちゃんっていったね?君も今、誠実に悩んでいるとは思うし、すごくよく調べていると感じるよ。

今日はちょっとケンカっぽかったけど、若者は悩みも勉強なんだから、しっかり悩んで、語り合って、納得のいく結論を出してほしいよ。

絵里 あたし、利益のためになんて働きたくありません。今日はどうもごちそうさまでした。

三人 オレたちもそろそろ帰るか?マスター、今日もどうもありがとうございました。

(三人、それぞれ帰宅)

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◆第18話「見えない壁」

(麻衣、帰宅)

母 お帰り。土曜なのに遅かったわね。

麻衣 友達と色々話してきたの。

母 就職のこと?

麻衣 うん、そう。色々考えちゃった。

母 ふ~ん、どんなことを?

麻衣 今日、何だか分からないけど、はっきりと感じたことがあるの。私たちは、「仕事」や「会社」ってものに対して、なんだか見えない、大きな壁で隔てられてる、って。

母 …何のことだかねぇ。

麻衣 普段は仲のいい美里と絵里が、ちょっとケンカみたいになって…。

どっちも自分が正しいと思うことを話してるんだけど、それがどこまで行っても平行線をたどってばかりで、私、「どうしてこうも食い違うんだろう?」って、すっごく不思議だった。

母 会社は複雑だからね。色々と食い違うこともあるよ。

麻衣 それが、どうもそういうことじゃないの。会社に入る前に、いや、会社を見る前に、会社そのもの、仕事や働くことそのものに対する考え方が、決定的に違うな、って思ったの。

母 お母さんには、難しいことは分からないねぇ。ごめんね。

麻衣 ううん。私もまだ考えてみるから。

(麻衣、部屋にこもって考え事)

麻衣 どうしてあんなに話がすれ違うのかしら…。

私は純一さんの話を聞いて、「これこそ本質だ」と思った。あの亘先輩だって、RUNゼミに行って、短期間にあれだけ変わった。忍耐強くなって、人を茶化さなくなった。

今日だって、絵里はかなり挑発的なことも言ってたのに、先輩は一言も怒らず、落ち着いて聞いてた。すごく悔しかったはずなのに。

一方、絵里は昔のまま。というより、私もRUNに行かなかったら、絵里と大して変わらなかったはず。絵里は特別に悪い例じゃなく、学生全体の象徴のような感じだった。

どうも、私と絵里の見てるものは、根本的に違ってる気がする。話の組み立て方も、出てくる言葉も、問題だと感じることも、それへの答え方も、対処の仕方も…。

全部が全部、見事なまでに違う。

私は働いたことはないけど、純一さんやマスターの言う「仕事」が絶対に正しいと思う。私もあんな気持ちで働きたい。

なのに、なんで、あんなに素朴で大切なことが、私たち学生にはまったく教えられてないの?気付けないの?理解できてないの?

絵里やその他の学生たちと、私たちとの間には、目に見えない大きな壁のようなものがある。

それにしても、純一さんは、どうしてあんな考え方ができるんだろう?

RUNの学生たちは、なんで内定した後にあんなに真剣に、楽しそうに勉強できるんだろう?しかも、それを損だと感じてる様子は少しもない。

もしかして、純一さんの言ってた「職業観」ってのが理由なのかな?あの時、初めて喫茶店で純一さんの話を聞いて、私の中に走った電流のような刺激の正体は、何だったんだろう?

私はそれを見極めたい。でも、どう聞けばいいんだろう?どういう質問をしたら、答えが分かるんだろう?

純一さんも「質問の仕方が大事だ」って言ってたけど、質問を考えるのって、本当に難しい…。

あの「壁」。私はその正体を突き止めたい。それを突き止めずには、自分の就活が成功するとは思えない。たとえ内定を得られたとしても。

あっ、そうだ!森中さんに相談してみよう。あの人なら、何か答えてくれるかもしれない。

(麻衣、携帯電話を取り出す)

麻衣 えっと…。「こんばんは。この前はサークルで素敵なお話をありがとうございました。おかげで私も最近は、以前より深く就職と向き合うことができるようになり、感謝しています。

それで、実は今日、友達と就活について語り合っていて、とても不思議だと感じることがありました。

私一人ではとても答えが見えそうにないので、よかったら今週、お時間のある時に、少し話を聞いてもらえませんか?美里も一緒に行けたらと思ってます」。

よし、これで送信しようっと。「ピピッ」…。

で、次は美里。

「今日もお疲れ~!また色々話せてよかったね。それで、今日のことなんだけど、私、ホント考えさせられちゃった。亘先輩もすごく大人になったって感じたんだけど、それ以上に、絵里と話してて、見えない壁のようなものを感じたの。

美里はどうだった?絵里のことが嫌いになったとか、そういうことじゃなくて、今日のことで、もっと深く話したいって思わなかった?

よかったら今週、時間作って、森中さんと話してみない?よかったら都合教えて」。

これでよし。「ピピッ」…。

(数分後)

麻衣 あっ、メールだ。この色は…美里だ。

「ぉ疲れ~!ぁたしも、もっと考えたいって思ったよ。絵里のことは別に嫌ぃになったりしてないよ。でもさ、ホント、話せば話すほどすれ違ぅってカンジだったよね?

あたしはぃつでも麻衣に合わせるから、森中さんと会う日が決まったらまたメールちょうだい」

「返信ありがと~!じゃ、森中さんから返信があったらすぐに知らせるね。なんだか、こんな勉強するのって、楽しぃね」

(麻衣、しばらく休憩)

麻衣 誰でも就活で、こんなこと考えるのかな?私は回り道してるのかな?でも、いつかは考えなきゃいけないことだったような直感が…。

絵里も頑張ってないわけじゃない。

純一さんが言う「手続き」的な就活では、私たちよりすごく頑張ってるし、絵里は絵里なりに、JALとかJTBのことを色々調べたり、分からないことは先輩に直接聞いたりしてる。

でも、どうして私や先輩、美里の質問に、あんなに真剣に答えていながら、しっくりこなかったんだろう?どうしてあんなに、表面的なんだろう?

「そういうことじゃない」と論点を整理しようとするほど逆上して、まるで私たちが間違っているかのような勢いだった。どうしてあんなに食い違うのかしら…?

「ピピッ」。

あ、メール!森中さんだ。

「返信遅くなってごめん!たった今、筋トレから帰ってきたら、メールが来てたよ。なんだか、色々疑問がありそうだね。オレでよかったらいつでも相談に乗るよ。じゃ、よろしく」。

「返信ありがとうございます。休日まで筋トレなんて、本当にお疲れ様です。先輩は木・金ならどっちが都合がいいですか?」

「金曜の夕方はどう?」

「はい、美里に聞いてみます」

「金曜オッケー!」

「金曜でお願いします」

「了解!」

(金曜を迎える。三人、喫茶店に)

森中 今年も残りわずかになったね。でも、就活はこれからが忙しくなるよ。最近はどう?亘君、そろそろ面接結果が出る頃だろうけど、どうだったんだろうね。

美里 結果、今週中に分かるって言ってましたよ。

森中 そうか。受かるといいね。で、今日の相談って、何?

麻衣 実は…。なんだか最近、友達と話が通じないんです。

森中 通じない?

美里 あたしたちが考えてる「就活」と、一般的な学生が考えてる「就活」って、なんだか、全然別のものみたいに感じたんです。

森中 ふ~ん。何かあったの?

麻衣 先週、友達と話す機会があって、もちろん話題は就活のことだったんですけど、私たちが大事に思ってることと、その友達が大事に思ってることが、全然かみ合わないんです。

その友達はとてもいい子なんですけど、どうも、問題意識や質問が表面的で…。

美里 しかも、表面的じゃないか、って指摘したら、「どこが?」って感じで意地を張るんです。さらに、あたしたちの方こそ「変わりモンだ」って言い張るんです。

森中 …来た来た!

麻衣 えっ?

森中 会計と職業観を学ぶと、一般的な学生の心理が手に取るように分かるようになるんだ。

それはまさに、「異文化交流」のようなものさ。同じ日本語で話してるのに、明らかに違う精神基盤があるのが見えるようになる。

麻衣 そうです、そうです!まさにそんな感じだったんです。森中さんも感じたことがあるんですか?

森中 ある、ある。ありまくりだよ。君たちの疑問はよく分かるよ。

美里 詳しく教えてもらえますか?

森中 そうだね…。オレが教えられるなら教えたいところだけど、これはとても繊細な問題だし、まだ全部を理解したってワケじゃないから、純一さんに相談してみるといいよ。

RUNでは内定後に「マネー塾」、「営業塾」って勉強会があるし、さらに「近現代史勉強会」や「古典の会」って勉強会もある。

それが、このサークルのエリート育成講座なんだ。君たちも内定したら、そこに来てみるといい。もっとも、就活中には薦めないよ。精神的ショックが大きいから、就活に影響を与えるかもしれない。

美里 あたし、参加してみたいです!

森中 興味本位でちょっと覗いてみよう、なんて勉強会じゃないんだ。近現代は、覚悟が必要だ。軽々しい気持ちで行くと、脳みそをぶった斬られるような挫折感を味わうだけさ。

君は毎週、水曜は必ず、何があっても学び続けるという覚悟がある?

美里 そ、それは…。

森中 安心していいよ。近現代ほど深い勉強はしなくても、内定くらいは簡単にもらえる。簡単に、って言っても、手を抜くわけじゃない。

麻衣 私、純一さんに話を聞いてみたいです。

森中 あの人は、そういう深い問題意識を持つ学生が大好きだから、きっと喜ぶと思うよ。じゃ、オレから聞いてみるよ。日時が決まったら、また連絡するね。

美里 ありがとうございます。

森中 ちなみに言っておくと、君たちがもし、今度の話を聞いて、会計や経済思想に興味を持ち、歴史や古典を勉強したいと思ったら、竹川に話を聞いてみるといいよ。

麻衣 竹川さんに?

森中 あいつは本当にすごいやつだ。今、すごい勢いで歴史を勉強してる。

美里 歴史…。

森中 来週、君たちにもそれが分かるだろう。じゃ、オレ、今から筋トレだから!

麻衣、美里 はい、今日はありがとうございました。来週が楽しみです。

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◆第19話「社会とは何か」

(麻衣、美里、喫茶店で純一を待っている)

麻衣 「ピピッ」。あ、メールだ。…亘先輩だ!

「とうとう決まったよ、内定。ありがとう。おまえのおかげだ。RUNを信じて学べ。おまえたちなら、絶対にもっとすごい内定がもらえる」

先輩、受かったんだ!

美里 ほんと~!よかったね!あたしもお祝いメール送ろうっと。

麻衣 私も!

(二人、メールを送る)

麻衣 先輩、もうすぐ福岡空港に着くらしいよ。しばらく東京にいたみたい。

美里 じゃ、「東京ばな奈」買ってきたか、チェックしないと。

麻衣 で、なんか私たちに合流したいみたいよ。内定は合流まで秘密にしとこうね。

美里 じゃあ、待っとこう。あ、純一さんだ!

純一 お待たせしたね。森中君からちょっと話は聞いたよ。色々と深く考えてるようだね。

麻衣 はい。まだ「深く」ってほどじゃないんですけど、最近気になって仕方がないので…。

美里 あの…。「キンゲンダイ」って、何なんですか?

純一 …あぁ、それはね、内定したら来るといいよ。

麻衣 私たちは行ったらだめなんですか?

純一 もちろん来てもいいよ。でも、近現代史勉強会で読んでる文献は、会社の資料の何倍も多くて難しい。しかも、予習をしても、最初はまったくついて来られないだろう。

美里 ちょっとオブザーバー参加、ってのはだめなんですか?

純一 軽い動機で参加して理解できるような、生易しい勉強じゃない。

麻衣 でも、私、「見えない壁」の正体を知りたいんです…。

純一 簡単に説明することはできるよ。

美里 えっ?本当ですか!

純一 そういえば、君たちは以前、「就職課の説明じゃ満足できない」とか、「主婦は働いていない、っていう言葉にムカついた」って言ってたね。

麻衣 え?はい…。でも、それが何か?

純一 君は、「主婦は働いてない」と思う?

美里 頑張ってはいますけど、お金はもらってないし…。う~ん、働いてるんだかどうだか。

純一 答えは「立派に働いている」んだよ。

麻衣 どうしてですか?

純一 そうだね。例えば、君たちは女子大生だから、大学で「女性学」とか「ジェンダーフリー」とかの講座を受けたことはない?

麻衣 あります。ちょっと前に受けましたが、すごく男性を敵視してる感じでした。

純一 ははは、そうだね。だから、「これからは女性が社会進出する時代なんだ」とか言ってただろう?

美里 はい、そう言ってました。

純一 じゃあ、今、女性は「社会進出」してないのかな?

麻衣 う~ん…。大学の言う通りだと、してないって感じです。

純一 どうして進出してないと言えるんだろうね。

美里 …働いてない、というか給料をもらってないからですか?

純一 そうだ。でも、主婦は立派に働いてる。

麻衣 どういうことなんでしょうか。

純一 僕は主婦を「給料はもらってないけど、働いてる」と考えてる。一方大学は、「女性は社会進出してない」、「主婦は働いてない」と考えてる。

これから分かるのは、僕ら経営者と大学の職員では、「社会」や「働く」という言葉の意味が違う、ということだ。

美里 なんとなく分かるような、分からないような…。

純一 仕事を「対価が支払われる営み」と考えれば、家事や育児は仕事じゃない、ということになる。

一方、「相手の悩みを喜びに変える問題解決」と考えれば、家事や育児も立派な仕事、ということになるね。

麻衣 はい。

純一 つまり、大学職員は「カネ」を基準に、人の行動の価値を評価していることになる。それは、「給料の変形」である様々な待遇や制度を重点的に説明することからも分かるよね。

そして、こういう考え方で「仕事」をとらえる人にとっては、「相手に尽くし、問題を解決すること」は、ある行為を仕事たらしめる要件じゃないから、重視しない。

美里 …なるほど。確かに就職課では、問題解決とか職業観なんて言葉は、一言も聞きません。

純一 前提が違うなら、主婦はどう見たって「働いてない」としか見えないよね。

美里 確かに…。お金が基準だと、いくら頑張っていてもそういうふうにしか見えなくなります。

でも、主婦の仕事には給料は支払われなくても、だんなさんや子供という「相手」はいます。

純一 しかし、大学はそんな主婦が「社会進出してない」と言う。だったら、大学が言う「社会」とは、結局、どういう場所ということになるかな?

麻衣 それは…「お金がもらえる場所」ということですか?

純一 そう。もっと正確に言えば、「働きの対価として賃金が支給される領域」が社会だ、ということ。

これを裏返せば、子供の遊び、主婦の献身、老人の思いやりは、全て社会の構成にとても大切な要素だけど、いずれも給料が支給されないから、「仕事」とは見なさない、ということになるね。

美里 なるほど…。社会や仕事という言葉の定義が、まるっきり正反対ですね。

純一 我々経営者は、企業・政府・家計の三つの主体が支えあって「社会」を作ると考えている。しかし、大学の一部の教授や職員、公務員には、そうは考えない人も多い。

彼らの言う「社会」とは、「産業社会」のことだ。働きの対価が貨幣で支払われる、限定的、部分的な社会のことだ。

美里 確かに。でも、どうしてそれが「見えない壁」と関係があるんですか?

純一 君たち女性に「もっと社会進出しろ」という大学も、同じ前提で「社会」という言葉を使ってるんじゃないかな?

その証拠に、君たちより少し年上のOLは、「オン」と「オフ」という言葉を、どう使ってる?

麻衣 オンとオフ…。平日と休日、って意味ですか?

純一 もっと丁寧に聞いてみるといい。彼女たちの言う「オン」と「オフ」は、「賃金が支給されている時間かどうか」という基準で区分されてるだろう?

美里 あっ…。

純一 「仕事とプライベート」という言葉も、それと同じ、表面的な区分方法だろう?

麻衣 …確かにそうです。というより、女子大生も「オンとオフ」と聞くと、そう考えます。

純一 「オフは充実させなきゃ」という女性は多い。しかし、オンとオフはそもそも別かな?

美里 別じゃないんですか?

純一 一緒だ。それどころか、オンとオフはつながってる。オフに充実を求める人は、余計不幸になる。なぜなら、オンを充実させない限り、オフの充実はありえないからだ。

しかし、多くの人はオンを放置したまま、オフばかり増やしたがる。「オンとオフは別」だと思ってるからだ。

そして、休日はカラオケ、ボーリング、エステなんかでストレス解消を図るけど、それは表面的な「相殺」をやってるに過ぎない。つまり、ストレスという「仕事の影」そのものと戦ってるんだ。

でも、誰が影を掴める?倒せる?影を消したければ、仕事そのものを正しく動かすしかない。

こういう歪んだ職業観で就活をすれば、目に見えるモノばかりにこだわるのは当然の結果だ。

そして、仕事が嫌だから休日に埋め合わせを求める。でも、休日も精神的な深い安心を生まないから、体は休めても心は荒んでいく。そうして、生命力そのものが徐々に「オフ」になっていく。

だから、こういうOLはすぐに肌が痛む。老ける。心も腐る。そして余計、カネを食う。「正しい職業観の確立こそ最高の美肌対策」ってことを知らないんだね。矛盾に鈍感だから。

しかも、老化を自覚してから飛び付くのが、またしても「アンチエイジング」なんていう、表面的な対策だ。

そして、毛穴、足、毛、体型…などを際限なく気にする。見えるモノばかりを。

この人たちは、本質的に肌が衰えることよりも、「みんなと違うこと」の方が不安なんだ。

麻衣 …そう言われれば、確かに、仕事に不満がある人ほど、休日の過ごし方が破天荒だったり、死んだように眠ってたりしますね。しかも、いつも流行ばかり追ってる。学生も同じです。

純一 そうだね。休みが休みにならないのは、休み方や休日数の問題じゃない。純粋に、仕事そのものの問題だ。でも、この手の人種は見えるモノしか見ないから、日数ばかりにこだわる。

なぜ、オンの中でオフを夢見て怠け、オフの中でオンの接近を嫌がるのか?なぜ、オンもオフも中途半端で、不完全燃焼のまま年老いていくのか?

なぜ、毎日「ここという居場所」では手を抜きまくるのに、連休になると、地球の裏側近くまで飛んで行きたがるのか?

全ては、「仕事」に愛情と希望を持っていないからだ。職業観が存在しないからだ。

美里 ホントだ…。考えもしなかったけど、説明されれば全部納得できますね。

純一 その証拠に、「オンとオフは別」と考える女子大生は、就活で会社のどこを見る?

美里 福利厚生、勤務条件、手当てなどでしょうか…?

純一 そうだね。「ここまできついことに耐えるからには、少しでもオンを充実させてもらわないと気が済まない」ってことだね。全ては「カネが基準」で、肌と同じく厚かましい発想だ。

この人種は、ちゃんと働いて給料を上げようとは考えない。それよりも、制度としての保障や手当てをまず求める。別形態の給料をもらう権利がどれくらいあるかに、異常にこだわる。

だけど、仕事そのものについては、相変わらず、「きついこと」、「やらされること」、「やむをえないこと」と思い込んだままだ。

例えば、君たちがある部活の先輩だとして、見学者に「休みは何日ありますか?」、「遠征は手出しいくらですか?」、「一年生の練習は楽ですか?」と最初から聞かれたらどう感じる?

麻衣 そうですね…。そういう人には、あまり入部してほしくありませんね。

純一 しかし、相手は「部活の概要や形式」こそが何より大事だと思ってる。

意義や本質もあるのに、見ない。見えない。見ようともしない。君の友達も、これと同じじゃないのかな?

麻衣 …そうです。確かにそうです!

純一 就活といえば、知名度、売上、株主構成、安定性、負債比率、年間休日数、有給休暇、離職率、福利厚生、諸手当…などの「見えるモノ」しか重視しない。

というより、そういう基準で企業を選ぶのが「企業研究」だとさえ思ってる。時には自信さえ持って。

だから対策も、筆記、書類、面接など、表面的な小手先の技術ばかりに熱中する。

オンを充実させて豊かなオフを過ごそうと思う前に、オフそのもの、あるいはオンの中にあるオフ的要素ばかりを見る。つまり、「仕事」じゃなくて「内定」をしに行ってるんだ。

要するに、こういう学生は、わざわざ高い交通費を支払って、落ちるために面接に行き続ける。気付いてないのが「本人」だけなのが幸せだけど、最後は決まって不幸になる。

麻衣 あぁ…。まさにその通りです。友達、頑張ってるのに…。

純一 でも、こういう学生は決して「頑張ってない」ってわけじゃない。この人種に見える世界の中では、精一杯頑張ってる「つもり」なんだ。

ただ、全力疾走の目的地が「不採用」なのが痛い。

美里 …でも、ほとんどの学生は、フツーにそう考えてますよ。

純一 そうだね。多くの学生は、心の中では「まだ社会に出たくない」と思ってる。だから、彼らの意味する「社会」の中での「非社会」的な要素ばかりにこだわるってわけだ。

会計センスと職業観のない学生は、プログラムされた本能と群集心理に従って、昆虫のように条件反射的に動くだけさ。要するに、最初から最後まで「就活ごっこ」だ。

こういう学生は、言い方は悪いけど、「会社」という犬の体に寄生するダニのような連中と考えればいい。「この犬は、どれだけ血を吸わせてくれるのか?」と考えながら、ね。

ダニはダニだけに、自分が血を吸うことしか考えてない。犬の体そのものを大きくしようなんて発想はない。だって、「給料や諸手当を払うのは会社だ」と思ってるんだからね。

こういうダニこそ、会社を倒産させる元凶なのに、ダニほど「この会社は倒産しないか?」って心配してるから、これは現代のコメディだよ。自分が誰だか、どこにいるか、分かってないんだ。

ダニには悩みや挫折、その対策に、何の個性もない。あるのは画一的な消極性だけさ。

麻衣 「画一的な消極性」…。それが「見えない壁」の正体なんでしょうか?

純一 いや、違う。それは「壁に精神と頭脳を遮断された結果」だ。

麻衣 遮断された結果…?

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◆第20話「壁のかけら」

純一 そうだ。君たち学生は「価格」とは誰が決めるものだと思ってる?「会社」を誰のものだと思ってる?「利益」は誰に帰属すべきだと思ってる?「お金持ち」をどういう人だと思ってる?

美里 え…?

純一 もし、社会を「賃金が支給される領域」、価格を「会社が決めるもの」、会社を「従業員のもの」、利益を「社長がぼったくっているもの」、お金持ちを「所得が高い人」、「性格が悪い人」だと思っているなら、そんな人に就活の成功はありえない。

麻衣 どうしてですか?

純一 自分の頭で考えることができないからさ。

美里 それって、どういう意味ですか?

純一 「たかが内定で安心して終わり」、「まともな仕事など不可能だ」という意味だ。

そういう人間は、入社すれば、「営業がきつい」と言うだろう。

いや、それ以前に、内定したら、残りの大学生活を「消化試合」と考えて、悔いなく遊び、卒業時に悔いるだろう。面白いことに、就活直後から、自分の内定を自分で弾き返すんだ。

そして、入社後数週間もすれば、「大学でもっと勉強しておけば」と愚痴を言い始めるだろう。

自分の努力に対して、会社が下す評価はなんと低いのか、と不満を持つようになるだろう。

上司や同僚が自分の意図を理解してくれないと、悶々と苦しむことになるだろう。

ストレスの解消を夜や休日に求めて、月曜の朝を恐怖で迎えるようになるだろう。

そして、他の業界や他の会社を羨むようになるだろう。

麻衣 どうしてですか?どうして、まだ働いてないのに、そんなことまで分かるんですか?

純一 答えを知りたければ、内定したら近現代史勉強会に来るといいよ。

美里 今、教えてもらうことはできないんですか?

純一 どうして君たちは、自分で考えようとしないで、すぐに教えてもらおうとばかりするんだ?教えてもらったとして、その後も自分でしっかり考え続け、答えを出す責任を持っているのか?

知りたければ、考えながら動くことだ。疑問と信頼を調和させながら、その葛藤に耐えることだ。

主観的な考えを脱して、自分の頭で社会と人間を見つめてみなさい。そうして、そこから抱いた疑問をぶつけてみなさい。

…ただし、参考図書くらいは紹介してあげてもいい。

麻衣 どんな本なんですか?あたし、今日すぐにでも読みたいです!そして、友達を救いたいです。心からやりがいを感じられる仕事と向き合うワクワク感を、少しでも広げたいです!

純一 じゃあ、岩波文庫から出ている「賃労働と資本」、「共産党宣言」、「家族・私有財産および国家の起源」、「社会主義真髄」という本を買ってみなさい。

周囲の学生の心理が手に取るように分かるだろう。そして、学生の頭の中にある「ベルリンの壁」が見えるはずだ。

美里 そ、それって…。

純一 大丈夫。危ない本なんかじゃない。今日話したようなことを踏まえて読めば、客観的に読むことができるだろう。

ちなみに、いずれも「近現代史勉強会」では、既に三年前に読んだ本だ。学生が中学、高校、大学でジワジワと注入される職業観の原点が書いてあるから、楽しみながら読んだらいいよ。

麻衣 読んで、変なことにはならないんでしょうか…?

純一 ならない。麻衣ちゃんも美里ちゃんも、学生にしては優れた理解力を持ってるから、読むときっと、得るところが多いと思う。

内容的には、恐ろしく面白くない本だけど、群集心理研究の材料として読んでみるといいよ。きっと、「壁」の正体が分かるだろう。それを読み終わったら、また別の本を紹介しよう。

麻衣 はい…。じゃあ、早速、今から買いに行きます。

純一 就活は自分の頭で考えて、決断していくことが大事だ。成長を期待してるよ。

美里 ありがとうございます。

(三人、解散。麻衣、美里、書店に行く)

麻衣 えっと、イワナミ、イワナミ…。

美里 麻衣、こっちこっち!あったよ。

麻衣 ほんとだ…。すごく薄い本ね。値段もとても安い。

美里 あたしも買おっかな。就活でこんな本買うなんて、思ってもなかったけど。

麻衣 それは私も同じ。でも、「壁」が気になるから、すっごく読みたいの。

美里 純一さんが変な本を薦めるワケないしね。あれだけの実績がある人だから。

麻衣 そうだよね。

(二人、それぞれ二冊ずつ買う)

麻衣 じゃあ、今日はそろそろ帰ろっか?

美里 そうね。じゃあ、今度、読んだ感想話そうね。

麻衣 うん。今日もありがとう。

(二人、別れて帰宅)

美里 あたしはどっちから読んでみよっかな…。「賃労働と資本」が一番薄いから、これから読むことにしよう。

さてさて、どんなことが書いてあるのやら…。

『この六マルクは、わが経済学者自身の仮定によれば、わが労働者が原料に付け加えた労働からしか生ずることができない。したがって、彼の十二時間の労働は六マルクの新しい価値を作り出したのである。

してみると、彼の十二時間の労働の価値は六マルクに等しいことになろう。これでわれわれはついに、「労働の価値」とは何かを発見したことになろう』

…こ、これって…一体何を言ってるのかしら?労働時間がそのまま商品価値になるなんて、ありえない。

投じた時間がそのまま商品価値になるなら、世の中は恐ろしいインフレになるはず…。まぁ、もっと読み進めてみよう。

『十二時間の労働によって六マルクの新しい価値が作り出される。したがって六時間は三マルクとなるが、これは労働者が十二時間の労働とひきかえに受け取る額である。

労働者は、十二時間の労働とひきかえに、等しい対価として、六時間の労働の生産物を受け取る』

…これって、別にフツーのことじゃないかしら?三〇〇万円の車を売って三〇〇万円を受け取る仕事なんて、ありえない。

てか、一五〇万円でもありえない。そんなことをしたら、会社が潰れてしまう。この本って…おかしいんじゃないの?

『労働者階級だけが一切の価値を生産するということ、これが、今日のわれわれの全社会の経済制度である。

というのは、価値とは、労働ということを別の言葉で言い表したものにすぎず、今日のわれわれの資本主義社会で、一定の商品のうちに含まれている社会的必要労働の分量を指すのに用いられる表現に過ぎないからである。

しかし、労働者が生産したこれらの価値は、労働者のものではない。だから、労働者階級は、自分の作り出した生産物の全量のうちで、自分の分としては一部分を返してもらうだけである』

…だから、どうして「労働者が全ての価値を生産する」なんて言えるワケ?「一部分を返してもらう」だなんて、図々しいにもほどがある。

売上には色んな経費が入ってるのに、労働者が全部をもらえるワケないじゃないのよ!もしそうなら、あたしはロケットでも作ってる会社に行くわ。

『労働は労働者自身の生命活動である。そしてこの生命活動を、彼は、必要な生活資料を手に入れるために、他の人間に売るのである。

だから、彼の生命活動は、彼にとっては、生存するための手段に過ぎないのである。彼は生きるために働く。彼は労働を生活の中にさえ含めない』

…仕事は「生存のための手段に過ぎない」のか…。あっ!こ、これって、まさか、就職課のおばさんが言ってた「義務」、「誰でもすること」と一緒の意味じゃ…?

それに、「彼は労働を生活の中にさえ含めない」って…。これってもしかして、「オンとオフ」のことかしら?この本って、もしや…。

『生活は、彼にとっては、この活動のやむところで、食卓で、居酒屋の腰掛で、寝床で、始まるのである』

…間違いない!日本人の、いや、あたしたち学生が一般的に考えてる「仕事のとらえ方」と同じだ!

どうしてここまで、仕事を嫌なものだと決め付けた書き方をしてるの?信じられない!

『自由な労働者は自分自身を売る、しかも切り売りする。彼は彼の生命の八時間、十時間、十二時間、十五時間を、今日も明日も、一番高い値を付ける人に、原料、労働用具、生活資料の所有者すなわち資本家に、せり売りする』

…まるで、「時給の高さ」だけを条件にバイトや派遣労働を選ぶ、あたしたち若者みたい。

いや、それだけじゃない。こんな見方で業界や会社を選ぶ学生も多い。どうして?どうしてなの?

『労働者は所有者の持ち物でも土地に付属するものでもないが、彼の毎日の生命の八時間、十時間、十二時間、十五時間は、それを買う人のものである。

資本家もまた、都合次第でいつでも、労働者からもはや何の利益も引き出せないか、または予期した利益を引き出せなくなるやいなや、労働者を解雇する』

『しかし、労働力の販売を唯一の生計の源泉とする労働者は、生きることを断念しない限り、買手の階級全体すなわち資本家階級を捨てることはできない』

…これって、「返済」や「生活費」のために嫌々ながら働いてる多くのサラリーマンと同じじゃない?この本の舞台って、日本なのかしら?一体、いつ書かれたんだろ…。

ま、まさか!せ、一八四九年なんて!明治維新より前なの…?ありえない!

『われわれが資本と賃労働の関係の範囲内にとどまる場合にさえ、資本の利害と賃労働の利害とはまっこうから対立するのである』

…どこまで会社や経営者を敵対視した本なのかしら。対立じゃなくて調和じゃないの?…ああっ!そう言えば、絵里は「利益のためなんて働くものか!」って言ってた。まさか…。

『というのは、他のあらゆる商品の価格と同じように、賃金も生産費によって決められるからである。だから、労働が不満足な、不快なものになるのに比例して競争が増大し、賃金が減少する。

労働者は、もっと長い時間働くか、同じ時間内にもっと多くのものを供給するか、どちらにしてももっと多く労働することによって、自分の賃金額を維持しようとする』

…労働が不快になるほど競争が増えて給料が減るなんて、この本、誤植かしら?普通、嫌な仕事はけっこう給料も高いのに…。おかしい!ありえない…。

えっ?「もっと長い時間働く」、「もっと多く労働すること」によって給料を維持する…?

あぁ…これは、純一さんが言ってた「給料を上げようと思っても、労働時間を増やすことしか考えられない人たち」と一緒だ。まさに、残業手当から真っ先に知りたがる学生みたいだ…。

『生産的資本が増大すればするほど、分業と機械の使用がますます拡大する。分業と機械の使用がますます拡大すればするほど、労働者の間の競争がそれだけ拡大し、彼らの賃金はますます縮小する』

…分業と機械が増えたら、その分だけ人は楽になって、生産力も上がって売上が増えることくらい、英文学科のあたしだって知ってるわよ!飲食店でバイトしてるんだから。

あぁ…この本、おかしい!このエンゲルスって人には、お客さんや取引先の存在が見えないのかしら?麻衣、麻衣は今、何を感じてるんだろう?

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◆第21話「壁の正体」

(麻衣、部屋で読書中)

麻衣 私は「家族・私有財産および国家の起源」ってのから読んでみようかな。「共産党宣言」って、なんだか危なそうだし。それに、家族には興味もあるし。

さてさて…。

『一夫一婦制が歴史に登場したのは、男女の宥和としてでは決してない。ましてや、この宥和の最高形態としてではない。その反対である。

それは、一方の性による他方の性の抑圧として、つまりそれまで全先史時代を通じて知られなかった両性間の抗争の布告として、現れたのである』

…ええっ?結婚が「一方による他方の抑圧」だなんて…。結婚を男女間の宣戦布告みたいに書くなんて、どういうことなの?まぁいい、とりあえず先に進もうっと…。

『一八四六年にマルクスと私が書いた古い未完の原稿の中に、次のような一説がある。「最初の分業は、子を産むについての男女の分業である」。

そして、いま私はこれにこう付け加えることができる。歴史に現れる最初の階級対立は一夫一婦制における男女の敵対の発展と一致し、また最初の階級抑圧は男性による女性の抑圧と一致する、と』

…子供を授かることが「分業」だなんて…。どうしてこんなに、非人間的な書き方ができるのかしら?

結婚が階級対立?男女の敵対?階級抑圧?女性の抑圧…?信じられない!これって、「女性学」の授業で教授が言ってたことと、まるっきり同じじゃない!

『多くの夫婦とその子たちとを包括していた古代の共産主義的世帯では、妻たちに任された家計の運営は、夫たちが食料を調達するのとまったく同じように、一つの公的な、社会的に必要な産業であった。

家父長制家族が現れるとともに、そしてそれにもまして単婚制個別家族が現れるとともに、この事情は変化した。

家計の運営は、その公的な性格を失った。それは社会とはもう何の関わりもないものになった。それは一つの私的労役となった。妻は、社会的生産への参加から排除されて女中頭となった』

…家事が「公的、社会的な産業だった」って、一体どういうこと?古代の共産主義的世帯って?

ああっ!「家計の運営は社会と関わりがないものになった」って書いてある!これって、就職課やジェンダーの授業で言ってることと瓜二つだ…。

「妻は社会から排除された」?どういうことなの?子供を育て、夫を支えるのに、「排除された」なんて?このエンゲルスって人、母親を恨んでたのかしら?

よし、ネットで調べてみよう。えっと、エンゲルス、エンゲルス…。

あった!ええっと…何ですって?「成功した実業家の家に生まれた」?「裕福だった」?「母には終生愛情を抱き続けた」?一体、どういうことなの?

『現代の大工業が初めて女に―それもただプロレタリアの女だけに―社会的生産への道を再び開いた。

だが、その仕方は、女が家庭での私的労役の義務を果たせば、公的生産から締め出されたままとなって一文も稼ぐことができないし、また公的産業に参加して独り立ちで稼ごうと思えば、家庭の義務を果たすことができない、という具合である』

…これって、まるで産業社会に関わっていることだけが「社会に出ている」みたいな書き方じゃない?まるで、多くの女子大生が抱えている悩みそのままだ…。

純一さんは「主婦も立派に働いてる」って言ってたけど、「働くこと」を「お金をもらうこと」と「相手が喜ぶこと」のどちらと思っているかで、まさかここまで物事の見え方が変わるなんて…。

『近代の個別家族は、妻の公然または隠然たる家内奴隷制の上に築かれており、そして近代社会は、ただ個別家族だけを構成分子とする集団である。

今日では、少なくとも有産階級においては、夫は大多数の場合に稼ぎ手、家族の扶養者でなければならず、そしてこのことが夫に支配者の地位を与えるのであって、何も法律上の特別優先権を必要としない。

家族の中では夫がブルジョアであり、妻がプロレタリアを代表する』

…「家庭内奴隷制」って何よ!妻や母親を何だと思ってるわけ?…あぁ、こんなに不愉快な本を読んだことはない。

「夫がブルジョア」?「妻がプロレタリア」?一体何よ、この書き方は?まるで「女性学」の授業そのままだ…。

私たちが受けてきた教育って、そもそも、どうなってるの?

『近代家族における妻に対する夫の支配の独特な性格も、さらに両者の真に平等な社会的地位を打ち立てる必要と仕方も、夫婦が法律上完全に同権になったときに初めて明らかに現れるであろう。

そのときには、女の解放のための第一の先行条件は公的産業へ全女性が復帰することであり、それにはまた、社会の経済単位であるという個別家族の性質を除去する必要があることが、明らかとなるであろう』

…これって、男女雇用機会均等法の説明みたい。しかも、「女の解放の条件は全女性の産業復帰」だなんて…。これ、「社会進出」の意味じゃない。まるで就職ガイダンスと同じトーンだ。

『生産手段が共同所有に移るとともに、個別家族は社会の経済単位ではなくなる。私的家計や社会的産業に転化する子供の扶養や教育は公的事務となる』

…これって、要するに「家族を消滅させろ」ってこと?もしそうだとしたら、なんて恐ろしい思想なのかしら?

「男女共同参画」、「ジェンダーフリー」、「女性の時代」、「男女平等」なんて響きのいい言葉を、私たちは何度も聞かされてきたけど、それは果たして、正しいことなの?

それに、育児が「公的事務」になるなんて…。人間の喜びがなくなることに気付かないの?

『ここで明らかになることは、女が社会的生産労働から締め出されて家内の私的労働に限定されたままである限りは、女の解放、男女の平等の地位は不可能事であるし、またいつまでも不可能事であろう、ということである。

女の解放は、女が大きな社会的規模で生産に参加することができて、家内労働がもうほんのわずかしか女をわずらわさないようになるときに、初めて可能となる。

そして、こういうことは、大きな規模で婦人労働を許すだけでなく、本式にそれを要求し、さらに私的家内労働をも次第に公的産業に解消しようと努める、近代の大工業によって初めて可能となったのである』

…間違いない、私たちが「女性学」や「ジェンダー論」の授業で教えられてきた思想は、共産主義だ。でもどうして?どうしてこんなに恐ろしいことを、学校で教えるのかしら?

『文明は、もう生産には携わらないで生産物の交換にだけ携わる一階級―商人を作り出す。

今ここに初めて、生産には少しも参加しないで、全体として生産の指導権を奪い取り、生産者を経済的に自己に従属させる一階級が現れる』

…どういうこと?商業や商社、商人って、経済に絶対必要なんじゃないの?どうしてここまで、悪意を込めた書き方をしてるのかしら?

『彼らは、どの二人の生産者の間にも欠くべからざる仲介者になりすまし、その両方を搾取する。

生産者から交換の労苦と危険を取り除いてやり、彼らの生産物の販路を遠い市場に広げてやり、こうして住民中のもっとも有用な階級になるという触れ出しで、寄生虫たち、純然たる社会的寄生動物の一階級が形成される』

…仲介者がいるから、メーカーも販売店も安心して生産や販売に専念できるんじゃないの?交換の危険負担と販路拡大って、要するに与信と営業のことじゃない。その何が悪いの?

その商業や商人を「寄生虫」だなんて…。具体的な「モノ」を作ってないからって、ここまで悪く言うことはないでしょ?

ああっ!モノ、モノ!

私が初めて純一さんの話を喫茶店で聞いた時、純一さんは「モノに惑わされず、コトで見ろ、コトの中に志望動機がある」って言ってた!

でも、この本は…全部が全部、「モノ」でしか見てない。

不動産、銀行、商社、広告代理店、証券会社…純一さんが書いた本には、「商社」の本質的な働きがとっても分かりやすく書いてあった。「コトを見る大切さ」が説かれてあった。

そして、確か、モノしか問題にしない思想の名前は…えっと…そうだ!「唯物論」!

『彼らは、本当の骨折りはごくわずかなものなのに、それに対する報酬として国内および国外の生産から甘い汁をすくい取り、巨大な富とそれに照応する社会的影響力とを急速に獲得する』

…冗談じゃないわ。工場で汗を流してないからって、肉体労働をしてないからって、取引先を見つけたり、新商品を企画したりする仕事が楽ってわけじゃない。

仕事は全部崇高なのに、どうして共産主義では、ここまで商業やお金持ち、利益を批判するんだろう?これって結局、ただの嫉妬じゃないの?

(麻衣、お茶を飲みながら考えにふける)

麻衣 もう夜中の三時か…。最初は怪しい本だと思ったけど、読み終えてみて、今、私は、どうして純一さんが、私たちにこの本を読めと言ったかが分かった。

私が最近、ずっと気になってた「見えない壁」。

それが見える人と見えない人のコミュニケーションを、本人も自覚できないほど深い部分で阻む、見えない壁。

説明に力を入れ、相手を説得しようとすればするほど、お互いが対立してしまう結果を招く、見えない壁。

「壁の正体」は、今はっきりと分かった。

それは…「社会主義思想」。

間違いない。

就活を嫌がる学生、表面的な事柄ばかりにこだわる学生、仕事を嫌がる学生、社会や会社を悪いものと決め付けて疑わない学生、利益やお金を敵視する学生…。

この本には、私たちの世代の中にもたくさんいる人たちの考え方が書いてあった。

でも、どうして?

私たちは、社会主義や共産主義を学校で習ったわけでもないのに、いつの間にこんな考え方をするようになったの?

こんな考えのまま就活に突入したら、楽しいわけがないのに。うまくいくはずもないのに。

仮に内定できても、次は入社が不安になるだけなのに。

そうして、夏休みからは、「卒業まで悔いがないように遊ぼう」としか考えられなくなるだけなのに…。

どうして?こんな考えじゃ、学生のためにいいことって、一つもないじゃない?

それどころか、会社や社会のためにも、日本の未来のためにも、悪いことばかりじゃない?あぁ…。

(ドアをノックする音)

母 麻衣、まだ起きてたの?明日早いんでしょ?早く休みなさい。

麻衣 お母さん…。

母 お母さんも明日は早いから、今日は今から、ご飯の準備だけをして寝るよ。

麻衣 お母さん…。お母さん、いつもご飯の準備、ありがとう。今まで私を育ててくれてありがとう。本当にありがとう…。

母 あんた、どうしたの?いきなり…。何かあったの?

麻衣 ううん。別に。ただ、お母さんってすごいなぁ、って考えてたの。

母 あたしが?あたしはただのおばさんよ。なぁ~んにもできない、専業主婦なの。

麻衣 違う。お母さんはただのおばさんなんかじゃない!お母さんは、もっとすごいの!

母 なんだかよく分からないけど、とにかく早く休みなさい。寝不足はお肌の敵よ。

麻衣 あはは。そうだったね、お母さん。ありがとう。じゃあ、もう寝るね。

母 はい、おやすみ。

麻衣 お母さん、私、働き始めたら、絶対に、お母さんにいっぱい恩返しするからね。

(麻衣、眠りにつく)

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◆第22話「共感」

(麻衣、美里、授業を終えて学校で話している)

美里 ねぇ、麻衣、あのさ、あれのことなんだけど…。

麻衣 何?あれって?

美里 (小声で)「賃労働と資本」のことよ。麻衣も読んだ?

麻衣 うん。読んだよ。

美里 てか、ちょっとあっち行かない?しっかり話したいと思ったんだ。

麻衣 うん、そうしよう。大声で話す内容じゃないからね。

(二人、席を移動)

美里 でさ、あたしは正直、驚いたよ!

麻衣 私も正直、驚いた。

美里 で、何に?

麻衣 …そうね。一言では言えないけど、純一さんがあの本を紹介してくれた理由が分かった、ってこと。

私は、美里の本はまだ読んでないから分からないけど、私が「家族・私有財産および国家の起源」を読んだ限りでは、まるで大学の授業や周囲の学生のことを書いてるようだった。

美里 えっ?麻衣もそう感じたの?実はあたしも同じよ。

あたしも、「賃労働と資本」を読んでみて、「これはもしや、就活生のことでは?」ってフツーに思ったの。

でさ、薄かったから夜中には読み終えて、麻衣に電話しようと思ったんだけど、もう寝てるかと思って、ずっと話したかったの。

麻衣 私は夜中の三時くらいに読み終わったよ。この本は家族や商業のことが書いてあったけど、現代の学生も大学も、すっごく社会主義的だって思わずにはいられなかった。

美里 へぇ、じゃあ、分野はちょっと違うみたいだけど、だいたい同じような内容の本みたいね。

麻衣 私、昨日もいろいろ考えてて、今まで聞いた純一さんやマスターの話を思い出してた。そして、どうして私たちが純一さんやRUNの学生の話に惹かれるか、分かった気がするの。

美里 よね?あたしもまさにそう。あたしが読んだ本は、純一さんが言った通り、本当に面白くなくて、それどころか読んでて頭に来るくらい意味不明なところもあったんだけど、学生心理の限界と型を書いてるようで、そういう点ではすっごく面白かった。

麻衣 そうそう、「限界と型」。私も美里と同じ感想よ。

美里 あんたの言ってた「壁」って、このことじゃないの?

麻衣 そうね。私は読んだ後、しばらく考え事をしてて、私が感じた「壁」ってのは、まさに社会主義のことだと思ったよ。

そして、こういう考え方から、就活や仕事の悩みが無限に生まれてくるってことも分かった。

純一さんが、就活の悩みや失敗を「壁に精神と頭脳を遮断された結果だ」と言った時、どういうことなんだろうと思ったけど、読み終えてからは、その意味がよく分かる。

社会主義的な価値観で会社や仕事をとらえてたら、確かに、自分の頭で考えることなんてできやしない。

たとえ考えてるつもりであっても、最初から結論は決まってるような気がしたの。

実は「考えさせられてる」だけで、マルクスやエンゲルスの手のひらの上を、いつまでもグルグルと回り続けてるだけじゃないか、って気がしたの。

結局、私が読んだ本は、「女性学」や「ジェンダーフリー」の講座そのままの内容だった。

美里 あたしが読んだ本は、就職課のガイダンスや、マックで話してるフリーターの愚痴をそのまま文章化したような内容だったよ。麻衣も読んでほしいな。

麻衣 うん、読みたいよ。じゃあ、美里は私の本を読んでみる?

美里 そうね。でも、今日は読めないの。あたし、竹川さんにエントリーシートの添削してもらうことにしてるんだ。

麻衣 そうなの。じゃあ、移動しなきゃね。

美里 それが、竹川さんってすっごく優しくて、大学まで来てくれるって。もうすぐ来るはずよ。

麻衣 へぇ。嬉しいね。後輩のためにそこまでしてくれるなんて。筑前大学からなのに。

美里 「ピピッ」。あっ、竹川さんからメールだ。…あと三分で着くって。

(麻衣、美里、竹川と会う)

美里 今日はどうもありがとうございます。わざわざ来てもらうなんて。

竹川 いやいや、後輩のためなら、どこでも行くよ。

麻衣 竹川さんって、すごいですね。

竹川 大したことじゃないよ。RUNでは四年生が一番頑張るんだ。そして、先輩から受け継いできた伝統と熱意を、後輩たちが継承していくんだ。これくらい、当たり前だよ。

麻衣 すごい…。

竹川 純一さんも、いつも「現在とは、過去と未来からの預かり物だ」っていう、チェスタトンの言葉を僕たちに紹介してくれる。

過去に対する感謝と、未来に対する責任を自覚して生きることが、「今」の生きがいを作るんだ、って。これって、業界や企業の研究でも同じで、RUNでは就活で創業者を研究するよ。

美里 いい言葉ですね、それ。

竹川 近現代史勉強会では、そういうことをいっぱい学べるよ。

麻衣 近現代…。あの、竹川さんは、社会主義の本を読んだことはありますか?

竹川 社会主義?あぁ、もちろんあるよ。二十冊くらいかな。

美里 二十冊…。

竹川 近現代に来れば、それくらいフツーに読むようになるよ。もっとも、社会主義に対しては、かなり理論的な批判を加えながらだけどね。

麻衣 …初めて社会主義の本を読んだとき、どう思いましたか?実は私と美里も、最近純一さんの紹介で、二冊くらい社会主義の本を買って、つい先日、読んでみたんです。

竹川 君たち、入部して数ヶ月なのに、もう純一さんに社会主義の本を紹介してもらったの?それは本当にすごいよ。だって、あの人は普通、三年生には社会主義の話はしないから。

美里 どうしてですか?

竹川 「世の中全て、社会主義の陰謀が渦巻いている」って過剰に反応して、就活に集中できなくなるからさ。

近現代では、社会主義だけじゃなくて、多くの思想を学ぶし、無数の評論を読む。

社会主義批判は近現代の重要なテーマの一つだけど、他にも東京裁判、進歩主義、占領政策、戦後思想、外交、安全保障、戦争、軍閥、政治、文化、教育など、いろんな分野を学ぶんだ。

だから、君たちが純一さんに直接、しかもこの時期に社会主義の本を紹介してもらったってことは、君たちの意欲や理解力を高く評価してる、ってことだと思うよ。

美里 それ、ちょっと嬉しいですね。

竹川 君は何を読んだの?

美里 「賃労働と資本」ですけど…。

竹川 あぁ、あれね。まるで、学生の就活みたいだったでしょ?

美里 えっ?もしかして、竹川さんも読んだことあるんですか?

竹川 うん。近現代メンバーは、誰でもそれくらい読んでるよ。あれは薄い本だけど、現代の学生やフリーターが陥ってる思想の限界やパターンが、はっきりと見えるよね。

就活がうまくいかない人は、ほとんどあんな考えに陥ってるから、アドバイスをする上では役に立つ本だよ。

麻衣 アドバイスをするため?

竹川 そう。純一さんは社会主義や東京裁判をとても批判的に見てるけど、ただ印象で批判してるんじゃない。

自宅にある七千冊の蔵書を細かく調べ、僕たちにも詳細な資料を紹介して、「自分で読め」、「自分で考えろ」、「自分で判断しろ」といつも言ってる。

美里 あたしたちとおんなじだ…。

竹川 批判的に見ている思想でも、純一さんはちゃんと、全部自分で買って持ってるし、詳しく読んで記憶してる。

そして、社会主義の本でも、「友達を助けるために読みなさい」と言ってくれる。

だって、社会主義文献は「我欲」と「嫉妬」と「偏見」と「無知」の集大成だから、若者が陥りやすい悩みは、全て書いてある。

もっとも、社会主義の本には、病気や病原菌の姿はたくさん書いてあるけど、治療法は書いてない。病気になる方法なら、いくらでも書いてある。

君は、「都鄙問答」や「鈴木正三」は読んだ?

麻衣 トヒモンドー?

竹川 江戸時代に石田梅岩が書いた、日本最古の商業思想の古典だよ。

で、鈴木正三は戦国時代から江戸時代を生きて、日本の職業思想の根本を確立したお坊さんなんだ。

美里 …一体、RUNって、何のサークルなんですか?

竹川 「夢と待ち合わせをするサークル」だよ。

麻衣 まさか、ここまで深い勉強をできるサークルだとは、思ってもいませんでした。

竹川 そうだね。でも、近現代や古典の会、読書合宿に来たら、今よりもっと、そう感じるようになるはずだよ。就活対策は、RUNの一割にも満たない「入門編」さ。

美里 でも、就活でさえ、既にめっちゃ深いんですけど…。

竹川 僕らはもうすぐ卒業するけど、内定したら、しっかり学ぶといいよ。今年でRUNの卒業生は、全国で80人近くになる。

麻衣 みんな、こういう勉強をして卒業したんですか?

竹川 細かい内容は違うけど、本質は一緒だね。先輩たちはみんな、後輩が働く日を楽しみにしてる。後輩たちもみんな、先輩たちと社会人として出会うのを、楽しみにしてる。

今は離れて会えなくても、お互いに応援してる、見守ってるって考えれば、不思議と力が出てくるんだ。

見えない力を信じれば、就活もきっとうまくいくよ。

麻衣 見えない力…。

美里 麻衣、どうしたの?

麻衣 竹川さん、「家族・私有財産および国家の起源」を読んだことはありますか?

竹川 うん、もちろんあるよ。どうして?

麻衣 あの本、主婦と商業のことをものすごくバカにしてて、すごく嫌だったんです…。

竹川 そうだね。あれは目に見えることだけを基準にして、人間をバカにしてるよ。でも、大学の授業やガイダンスも、あれと似通ったものは多い。

美里 麻衣、お母さんのこと、すっごく尊敬してるもんね。

竹川 主婦だって、見えないところで、すごく頑張ってる。見えないからって、決して働いてないわけじゃない。

僕はあの本と、長谷川三千子さんの「正義の喪失」を比較しながら読んで、今までは普通のおばさんだと思ってた母親に、頭が上がらなくなったよ。

麻衣 えっ?竹川さんも、そうなんですか?

竹川 RUNの勉強は、全てがつながってる。根本は先祖、親、偉人に対する感謝と尊敬だ。

純一さんの講座の範囲は膨大で、既に五百講座近く作ってきたけど、本質はいつも同じだよ。

美里 ご、五百…。信じられない。

竹川 結局は、「見えないものを見つめて感謝すること」なんだ。つまり、「観」を鍛えるってことさ。素朴な言葉だけど、いつも心掛けておくことだと思うよ。

麻衣 そうですね。私も、共産主義の本を読んですごく頭に来て、変な話ですけど、母をさらに尊敬するようになりました。主婦に対する世の中の偏見をどうにかしたいです。

竹川 じゃあ、それ、今度話そうよ。今日は、ちょっとESの添削しないといけないから。

麻衣 そうでしたね。じゃあ、私はこれで失礼します。美里、頑張ってね。

美里 うん。麻衣もね。また語り合おうね!

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◆第23話「縮まらない距離」

(麻衣、一人で喫茶店に向かう)

麻衣 「ピピッ」。…あ、メールだ。え、絵里?

「久しぶり~!麻衣、今どこ?もし大学いるなら、ちょっとお茶しない?」

「ちょうど今、この前のカフェに行くところだよ」

「了解~!じゃ、十分で着くよ」

(麻衣、喫茶店に入る)

マスター いらっしゃい。今年ももうすぐ終わりだね。

麻衣 はい、今年は本当に早かったです。

マスター どう、就職活動は?

麻衣 おかげさまで順調です。というより、本当に楽しくて勉強になります。

マスター それはよかった。今日は一人?

麻衣 いえ、もうすぐ友達が来ます。この前も来た絵里です。

マスター そうか。じゃあ、二人でゆっくりしてね。後でデザート持っていくから。

麻衣 あ、ありがとうございます!

(絵里、来店)

絵里 お待たせ~!

麻衣 絵里、久しぶりね。あれからどう?

絵里 どうも何も、あたしさぁ、今週グループディスカッションの練習してきたんだけど、あれって案外、難しいね。

麻衣 へぇ。私はまだ、そういう対策はしてないから分からないけど、絵里は何でも早いね。

絵里 あたしさぁ、入ったの。就活サークルに。

麻衣 え?就活サークル?そんなのがあるの?私はRUNに入ったんだけど。

絵里 RUN?あぁ、確か、「起業・取材」のサークルね。あんた、起業したいの?

麻衣 いや、そんなわけじゃないけど、みんなすごく意識が高くて、とっても勉強になるの。

絵里 この時期に就活と関係ないサークルねぇ…。よくやるよ、ほんと。まぁ、あんたのことだから心配はしてないけど。

麻衣 絵里はそのサークルで、どんなことやってるの?

絵里 それがさぁ、めっちゃ役に立つんだって!麻衣も入ったらいいのに。

麻衣 どう役立つの?

絵里 なんと、SPI、CabGab、クレペリン全部の対策ができるほか、エントリーシートも添削してもらえるし、ディスカッションも模擬面接もできるのよ。

まさに「就活フルコース」って感じで、あたし、不安がなくなっちゃった。

麻衣 そう…。そのサークルでは、職業観や会計の勉強はするの?

絵里 ショクギョーカン?何よ、それ?

麻衣 「仕事とは何か」、「働くとは何か」ってこと。

絵里 はぁ~?そんなの、考えるまでもないじゃない。働くって、仕事することじゃないの?

それに、何さ、会計って?あんた、簿記検定でも受けるワケ?面接に間に合わせるなら秘書検よ。

麻衣 そうじゃなくて…。働く意義や人生観、経済思想、社会情勢なんかは勉強しないの?

絵里 するする!今週もOB呼んで学内セミナーやってさ、面接で有利になるアピール方法とか勉強したよ。社会情勢も、時事問題対策バッチリだし、経済ニュースも勉強するよ。

(なんだか、また、話が通じてないみたい…)

麻衣 どういう勉強なの、それ?

絵里 てかさぁ、今年のニュースっていったら、やっぱしアキバの事件と東北の地震、それにアメリカ大統領選挙、サブプライム、内閣支持率、北朝鮮問題じゃない?

で、政治問題は面接ではNGだから、あたしはアキバ事件にしたワケ。

麻衣 ふ~ん、それで?

絵里 でね、でね、あたしは「派遣労働の抜本的見直しとサイトの規制で、同質の事件を防がないといけない。命ほど大切なものはない。罪のない尊い命を守るためには、犯罪のない社会を目指すことが欠かせない」ってまとめたの。

そしたらさぁ、どうだったと思う?

麻衣 さぁ…。

絵里 「問題点の指摘と原因の組み合わせ方が具体的でいい」んだってさぁ!しかも、「命を大切にし、守る」って結論も、「正義感という個性が伝わって非常に良い」んだってさぁ!

しかもさぁ、褒めてくれた先輩ってのが、生保でトップセールスを目指す、バリバリのキャリアウーマン風の人なの。あぁ、カッコよかったぁ~!

(麻衣 どこが「具体的」なの?これくらいで「個性」なんて言えるの?)

絵里 何よ、あんた。ココ、褒めるとこなのに?相変わらず天然ね。

麻衣 あの事件は本当にひどかったけど、派遣労働が悪いのかな?

絵里 はぁ?だってさ、犯人は格差社会の犠牲者だよ?

あの派遣会社がちゃんと就業規則を徹底させて、派遣社員に安心を提供して、しかも、ちゃんと情報を徹底させとけば、防げたかもしれないんだから。

麻衣 でも、あの会社は大手自動車メーカーの下請けよ。派遣会社の中では、まだ制度的にも整ってた方だとは思わない?

私はあの犯罪は、純粋に容疑者一人の責任だと思う。25歳にもなって、あんなことをやるなんて、ホント、信じられなかった。しかも、あの実況中継は何よ。殺人事件なのに。

絵里 確かにあの犯人も悪いけど、それでも、派遣労働がなかったらまだマシだったはずじゃない?だいたい派遣ってさ、社員の知らないところでめっちゃピンハネしてるんだから。

麻衣 それは、人と会社を仲介するから、手数料を取るのは当たり前じゃないの?もっとも、取りすぎたり二重派遣をしたりするなら、問題だと思うけど。

絵里 てかさぁ、とにかくあたしは、派遣とか証券みたいに、横流しだけで稼ぐ仕事は嫌いなの。何も作ってないのに、社長、めっちゃ儲けてるし。

麻衣 儲かったのは頑張った証拠よ。

絵里 それは違うわ。悪いことしないと、お金持ちにはなれないのよ。だって、テレビで見る社長って、ほとんど悪いことした人ばかりじゃない?

あたしはいくらお金を持ったって、あんなふうにはなりたくないね。

(麻衣 あぁ…。まさに、発想全てが社会主義。しかも、まだ、お金持ちにもなってないのに…)

絵里 どうしたの?あんたもそう思ったの?てか、あんた、就活、どうなの?
麻衣 私は歴史や会計の勉強をしてるよ。RUNの顧問が企業経営者の方で、色々と本を紹介してくれるの。

絵里 歴史?会計?そんなの、就活と関係ないじゃん。時間がもったいないよ。それよりあんた、自己分析とか業界研究は終わったの?もうすぐ年明けだし、忙しくなるらしいよ。

麻衣 私は、忙しくなることは全然不安じゃない。仕事が怖いことに比べれば。

絵里 は?あたしは、忙しいのは嫌で嫌でたまらないけどねぇ。こんなに就活でやることが多いと知ってたら、もっと遊んどけばよかったよ、ほんと。

麻衣 JALもJTBも、選考早いんでしょ?

絵里 そうなのよ。でも、あたしはテレビ局の方がもっと早いから、今はそっちの対策ばっかり。

今は選考が早いのは嫌だけど、これはつまり終わるのも早いってことだから、早く内定もらって卒業までいっぱい遊びたいよ。

麻衣 …絵里は、社会人になりたくはないの?

絵里 社会人?そんなの、なりたくないに決まってるじゃない。あんた、なりたいの?

麻衣 私は学生も楽しいけど、早く働いてみたいって気持ちもそれ以上に強くなってきてる。

仕事って、知れば知るほど奥が深いの。今度は、江戸時代の本を読んでみようと思ってるんだ。

絵里 え、江戸時代ぃ~?あんた、頭大丈夫?今は平成よ、ヘイセイ!

麻衣 うん、筑前大学の先輩が、就活にも役立つからって教えてくれたの。

絵里 筑大か…。さすが頭いいね。その先輩、どこ行くの?

麻衣 墨友信託銀行よ。

絵里 墨信!すっごぉ~い!めっちゃエリートじゃん。ねぇねぇ、それ、なんて本なの?

(麻衣 なんて変わり様なのかしら。三十秒前の自分を覚えてるのか…。)

絵里 ねぇ、教えてよ。

麻衣 「都鄙問答」っていう本よ。

絵里 ト、トヒモンドー?何、それ。聞いたことないんだけど。ま、メモしとこ。

麻衣 就活対策本じゃないことだけは、確かね。

絵里 ま、チェックしとくわ。でさ、あんた、企業研究とか、もうやってるワケ?

麻衣 いや、まだ本腰じゃないけど。

絵里 だったらさ、なんだか研究の基準があるらしいよ。「離職率は低いか?」、「業界自体が伸びているか?」、「取引先に不安な業界はないか?」とか。

あたしたちって、まだ慣れてないから、売上高とか業界内順位を見てばかりだけど、やっぱ内定者は違うよね。あたしたちと違って、めっちゃ視野が広いから、マジ勉強になるよ。

(麻衣 狭すぎる…まるで、壁の中に監禁されてるみたい)

絵里 で、大手金融機関は、ここ三~四年はサブプラの影響で昇給率が下がるかもしれない、って。だから、あたしは金融はやめとこうって思ったの。もっと視野を広げなきゃね。

JALは原油高で苦しんでるけど、最近は業績も回復してきてるし、やっぱりあの制服は捨てがたいよね。

で、JTBは、OB訪問とグループディスカッションが決め手らしい。

やっぱ、就活サークルは情報量も多いし、本当に勉強になるよ。

(麻衣 これのどこが「勉強」なの?RUNとは、勉強の質も量も比較にならない…)

絵里 あんたもRUNとかじゃなくて、絶対に就活サークルがいいって。今度、見学においでよ?

麻衣 いいよ、私は。そういう対策には興味ないし。

絵里 でもさ、歴史とか会計やったって、面接では聞かれないし、そんな勉強してSPIとか模擬面接の時間が減って、それで落ちたら、どうするの?

麻衣 だから私は、「その時だけしかやらないような準備」で就活と向き合うこと自体が、そもそも嫌なの。

私は、自分が「この分野で私は生きていくんだ」と決めたことなら、就活が終わってもずっと勉強したい。それがお客さんに対する礼儀だと思うの。

絵里 ふ~ん。まぁ、あんたがそうしたいなら、それでいいと思うけど。ま、とにかくちょくちょく情報交換だけはしようね。じゃ、あたし、今日はこれで帰るから!

麻衣 うん、またね。

(絵里、店を出る)

麻衣 はぁ…。「情報」かぁ…。

マスター …なんだか、話がかみ合ってない感じだったね。

麻衣 えっ?マスターもそう感じてたんですか?

マスター 盗み聞きみたいで悪いけど、あの子はどこも受からないと思うよ。こんなことは言いたくないけど、たとえバイトでも、不採用にしたい条件をことごとく満たしてる。

麻衣 ええっ?マスターがそこまで言うなんて…。

マスター あんなに自己中心的で表面的な考え方じゃ、どこも採らないだろう。仮に万一、内定できたとしても、社会では不幸になるだけだ。麻衣ちゃんが助けてあげてほしい。

麻衣 はい…。分かりました。また来年もよろしくお願いします。

マスター 今年は色々と、本当にありがとう。良いお年を。

麻衣 私こそ、本当にお世話になりました。良いお年をお迎え下さい。

(麻衣、店を出る)

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◆第24話「アリとクモ」

麻衣 見える…。今、私にははっきりと見える。何が職業観を狭めたり広げたりするか、そして、何が仕事を楽しいと思わせ、嫌だと思わせるか。

私は、人と仕事の出会い方を研究したい。そして、社会の人々がそれぞれの働きの価値を認め合う世の中を作るために、少しでも力になりたい。

以前の私は「やりたいこと」が決まらないことに焦ってた。でも、今は違う。

今、私が感じるのは、「せずにはいられない」という思い。夢というより、使命。

この悟りは、RUNとの出会いなくして考えられない。よし、純一さんに連絡してみよう。

(麻衣、メールを送る)

麻衣 よかった、夕方に会えるなんて。この年末に経験したこと、考えたことを、ぜひ純一さんに聞いてほしかったから。よし、美里にも連絡してみよう。

(麻衣、美里にメール。喫茶店で落ち合う)

麻衣 こんばんは。

純一 久しぶりだね。亘君も内定できて、本当によかったね。

麻衣 はい、本当によかったです。今では以前よりもっと自信溢れる先輩になって、私たちを応援してくれます。すごく心強いです。

純一 そうか、それは素晴らしいことだ。これからは色々と教えてもらうといいよ。

美里 あの、「賃労働と資本」、すっごく面白かったです。

純一 あぁ、どうやら読んだらしいね。竹川君が、君たち二人は来年のホープだ、って喜んでたよ。学生の群集心理の思想基盤が見えたんじゃないかな?

麻衣 はい…。まだどれほどかは自信がありませんが、そういう確信を得ました。

美里 就職課のアドバイスがなぜやる気が出ないか、出てもすぐに消えるかも分かりました。

純一 ほう。どうして?

美里 「目に見えるモノ」しか考えてないからです。もちろん、中にはすごく親切で情熱的な職員さんもいますが、本質的に仕事を知っている大人のアドバイス、という感じはしません。

麻衣 そうね。あれでもないよりはマシなのかもしれないけど、私はRUNで勉強して、就職課や就活サークルの対策は、とても表面的で一時的なものだと感じました。

純一 就職課ねぇ。日本の若者が暗い顔して働いてるのを見ると、あんまりいい仕事はしてないんだろうね。僕にはよく分からないけど。

美里 学校の就職ガイダンスって、まるで社会主義思想の宣伝みたいなんですよ。純一さんがやればいいのに。いっそ、教授になればいいのに。

純一 僕は学校には何も期待してないよ。愛情も反感もない。関心もない。

麻衣 じゃあ、どうして学生を応援してるんですか?

純一 学生を応援?そんなつもりはない。僕はただ、将来を優先して努力する人が好きなんだ。

そういう人との出会いを大切にしていたら、たまたま知り合ったのが学生だった、というだけのことさ。

君たちは、今は学生かもしれないけど、僕は「将来の日本を救う一騎当千の人材」と思ってる。つまり、君たちは「未来からの留学生」ということだ。

だから、学生を応援してるつもりはない。ただ、頑張る若者の力になれれば嬉しいんだ。

麻衣 そういうことだったんですね。

純一 だから、就活なんて全く興味はないよ。それどころか、僕は就活なんてやったこともない。

美里 ええっ?じゃあ、どうして教えられるんですか?

純一 僕が就活のことを教えたことがあるか?

麻衣 あるような、ないような…。

純一 それは断じてない。仕事の考え方は教えたけど、就活のことは教えなかった。

僕は就活をしたことはないけど、今まで一体、何社から「ウチに来てくれ」と誘いを受けたか分からない。

どの会社の商品を扱っても、なぜかトップ営業マンになった。時には本業のトップも抜いて。

いつも「受ける前」に受かってたし、来てくれという会社が多すぎて、断るのが大変だった。だから、辞退の仕方なら詳しいよ。

美里 すごい…。

純一 だから、人に喜ばれ、楽しめて結果につながる働き方なら、自信を持って教えられる。

でも、学校は出てないから、実社会の現場で学んだ、実践的で使える実務知識しか教えられないけどね。あとは、ライフワークとして、歴史と古典を少々。

麻衣 それって、就活よりも、何十倍も役立つ財産ですよね。

純一 そういうことを学べば、就活対策なんて、する必要もない。健康な人間に、サプリメントはいらないんだよ。真の実力がある人間に、場当たりの対策は不要だ。

美里 自信満々ですね。

純一 悪いけど、事実だからしょうがない。でも、僕ができるんじゃなくて、大卒ができなさすぎるんだ。だって、ほとんどの社会人は「働いてない」んだから。僕は反則してるみたいで悔しいよ。

チェーンが外れたまま必死に自転車をこいでる人の前で、僕はバイクに乗ってるんだから。

麻衣 …純一さんって、普通の人とは、根本的に考え方が違いますよね。すごく面白い。

純一 「普通の人」ってのは、社会主義者って意味?普通なのは僕だ。学生が異常なだけだよ。

美里 あはは、なんか分かる、そのジョーク!

純一 面白いのは僕じゃなくて、社会主義者だ。僕は、唯物論に汚染されて、世の中で一番時代遅れの存在になった学生の脳内時計を、1848年から2008年に合わせてるだけさ。

麻衣 「共産党宣言」の発刊から今年までの時差は、160年…。でも、本当にそうですね。

純一 アリにはアリの、クモにはクモの生き方があるんだ。

美里 アリ?クモ?

純一 あぁ、君たちは秋に入部したから、まだ知らなかったね。

麻衣 どういう意味なんですか?

純一 アリは毎日せっせと、自力でエサを集めて生きる。一方、クモは最初はアリのように地道に働くけど、いつまでもそれじゃいけないと思って、空き時間に巣を作る。

美里 そうですね。

純一 しばらくは、エサ獲得と巣作りを同時並行で進めるクモは、とてもきついだろう。

だが、苦労が実って巣が完成すると、そこからは巣が「自分の分身」となって働き始める。

麻衣 なるほど…。

純一 クモは最初はアリと同じように、地面を歩き回りながら働いてたんだけど、ただ歩いていただけじゃない。

実は、どこにエサが多く飛んでいるか、風や雨が少ないか、その「マーケティング」をやってたんだ。

美里 クモがマーケティングだなんて、面白いですね。

純一 で、「ここだ!」と確信した場所に「巣」という固定資産を築こうと、ありったけの努力を投入して、建設作業を開始した。

麻衣 じゃあ、クモの巣は「固定資産」か…。それも「会計的視点」ですね。

純一 その通り!一方、アリは相変わらず、その日のために働き続けている。

そんなアリからすれば、以前は熱心だったのに、今は巣の真ん中でブラブラしてるクモは、「怠け者」に見えてしょうがない。

美里 確かに…。

純一 しかし、早くから頑張って巣を作り、今は分身を確保して自分の時間を空けることに成功したクモから見れば、「毎日一生懸命」のアリほどの怠け者はいない。

麻衣 毎日一生懸命で「怠け者」…。

純一 そうさ。怠慢とは、毎日同じことをやってる、という意味だからね。本当の継続は「同じこと」をやることじゃない。同じことをやりつつ、新しい要素を付け加えていくことだ。

美里 あぁ…。会計と職業観と社会主義を学ぶと、そういう話がすっごく、立体感と臨場感をもって理解できます。

純一 そうだね。だから、アリはクモを見れば、「毎日ブラブラしやがって!この怠け者」と批判するし、クモはアリを見れば、「毎日セカセカ働きやがって!この怠け者」と批判する。

麻衣 ほんとだ…。お互い、相手が怠け者、自分が努力家と思ってる…。

純一 クモにはアリの世界が見えるけど、アリにはクモの世界が見えないんだ。だって、アリは「見えるモノ」しか重視しないんだから。

麻衣 「見えるモノ」…。

純一 そう。目先のエサとカネのことだね。つまり、アリは「大半の学生」だ。受験なら受験、就活なら就活、入社対策なら入社対策、研修なら研修…。

いつも、その時々の必要に応じて焦りと不安に支配され、終われば安心し、また次の不安まで現実逃避を繰り返す。群集心理に支配されながら、「自分で考えてる」と勘違いしてる。

目先の表面的な対策だけをやっていれば、それで「頑張ってる」と勘違いしてる。

麻衣 怖くなってくるくらい、世界観が違いますね。

純一 アリには人間として、社会人として、本質的に何が必要か、なんてことは見えないのさ。

人生を通じて普遍的に必要な「固定資産」、つまり考え方、基礎知識、習慣、思想などは軽視して、一時的、散発的に必要な「棚卸資産」の出し入れをやって、年を重ねるだけだ。

麻衣 そう考えると、大学はアリばかりです…。

純一 まぁ、教授と職員には、アリの中のアリのような人が多いからね。若い頃から、「クモになるぞ」じゃなくて、「どの女王アリに仕えるのが一番いいか?」しか考えなかったんだろう。

学生時代に職業観と会計センスを鍛えることは、固定資産への「投資」ということだ。

一方、就活ごっこを素通りしただけで「社会人の準備ができた」と勘違いしているアリ学生は、棚卸資産への「投機」を繰り返しているだけにすぎない。小手先ばかり磨いて、ね。

だから、結果的には退職準備になるアリの行動は、「就活」じゃなくて「退活」とでも言うべきだ。

美里 退活…。「退職活動」か…。まるで異民族ですね。同じ日本人同士なのに。

純一 北朝鮮留学よりもスリリングな国際交流だ。だって、時差160年なんだから。

アリは単体決算人間だから、全ての能力を「個人の範囲内」で考える。長所はいいもの、短所は悪いもの、というふうにね。まぁ、年明けはアリを観察して、助けてあげるといいよ。

一方、クモは連結決算人間だから、全ての能力を「人との調和」で考える。だから、人の長所を借り集める「短所」ほどすごい能力はない、と考えるんだ。

まるで、空も飛べず、手先も不器用で、鼻も利かない桃太郎が、自らの短所を自覚したおかげで、犬、猿、キジの素晴らしい長所を借り集めて、目標を達成したようにね。

短所は長所以上に役立つんだ。もっとも、アリは「短所を話していいのか?」って不安がるけど。

麻衣 なんて分かりやすい例え話なんでしょう。

美里 こんな話を、もっとたくさんの学生が聞いたらいいのに、って思います。

純一 いやいや、まともに生きれば、これくらいのことは誰でも思いつくものだよ。

もっとも、見えるモノしか見ない人間には、永久に無理だろうけどね。

就活が自己分析、業界研究、筆記、書類、面接だなんて誤解してる連中は、ただのアリだ。

アリはいつも、人生の試練を小手先の対策で乗り切って、最後は力尽きるだけさ。

そもそも、「怠慢」を「勤勉」と取り違え、「仕事に似たもの」を「仕事」だと勘違いしたままで素通りした「退活」が失敗の原点だった、ということだね。実は既に、学生時代に頭脳が溶けてたんだ。

麻衣 あぁ、どうして、そういう素朴な言葉の意味がここまで違うんでしょう…。

純一 それは簡単だよ。学校教育が思考力と想像力を奪うからだ。特に「言葉」をね。

美里 奪う?

純一 多くの大学生は、日本語が理解できない。思考と結果の食い違いがそれを証明してる。

麻衣 どうやって、それを直したらいいんでしょうか?

純一 そうだね。じゃあ、年末年始に古典を読んでごらん。竹川君か森中君に聞いてみたらいいよ。共産主義文献とはまた違った、深い悟りを得るだろう。

美里、麻衣 今年は本当に、色々とありがとうございました!

純一 いやいや、こちらこそ。いい出会いが嬉しいよ。来年もよろしくね。

(三人、別れる)

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◆第25話「勝者の着眼点」

(新年最初のRUNゼミ。前半が終わり、純一の講義が始まる)

森中 明けましておめでとうございます!新年最初の講義は、就活編ということで、いくつかの心構えについて話してもらいます。では、よろしくお願いします。

純一 皆さん、明けましておめでとうございます。

学生 明けましておめでとうございます。

純一 今日は手短に、「就活」についてお話をするわけですが、対策については話しません。毎年の傾向から観察した、いくつかの心構えについて、簡単にお話しします。

まず、SPI。これについては、例年通り、既に秋に対策は終えているでしょう。この時期にSPIなんてやってたら、もったいないですからね。

しかし、まだ対策が不十分な人もいるかもしれません。そういう人は、短期集中でしっかりと仕上げましょう。先輩が先生になってくれますよ。

そして、SPIで落ちても「会わずに落とすなんて許せない」、「会えば人柄が分かるのに」などと文句を言わないことです。

「準備で手抜きをする」、「筆記を甘く見る」のも人柄のうちなのです。大衆が振りまく低レベルな言い訳に感染して、本質を見失わないよう注意しましょう。

なるほど、確かに筆記試験では、性格は分からないかもしれない。しかし、筆記を言い訳にするようなふやけた決意で就活をしているなら、「最初から落ちていた」と言えるでしょう。

「筆記で人は分かる」。そう思えてこそ、良い対策ができます。頑張りましょう。

(亘 このサークルは、ほんと、対策以前に、考え方のレベルが全然違うな…)

純一 次、エントリーシート。これについても、筆記と同じように、「50文字で何が書けるのか?」、「200文字じゃ無理だ」と文句を言う人がいます。

そして、そういう人に限って、800文字とか1,200文字になると、「こんなにたくさん書けるか」と文句を言う。要するに、最初からやる気がないのです。

「土俵が狭くてこそ、相撲の技が磨かれる」という言葉はご存知でしょう。時間や空間が限られてこそ、本当の実力が分かるのです。

負けた力士が、「土俵がもっと広かったら、オレのドロップキックが使えたのに」などと言いますか?言えば恥です。だったら、皆さんも制約の中で自由を求めるべきです。

去年もお話したように、一般的な学生はいつも「私、私、私…」とエゴまみれの文体なので、皆さんは社会、業界、会社、仕事、自分というふうに、「相手が関心を持つ要素」から順に、親切に書き上げていきましょう。

周囲が利己的な努力に力を注ぐほど、皆さんは輝きます。直前にバタバタ書き上げる連中など、最初から敵じゃありません。

例えば…。亘君。

亘 はい。

純一 「ゴールドラッシュ」を知っていますか?

亘 え?はぁ…。19世紀のアメリカで起こった「西部開拓」ですよね。

純一 そうです。じゃあ、ゴールドラッシュで「一番儲けた人」は誰だか分かりますか?

亘 えっ…?それは、「金山を見つけた人」でしょうか?

純一 それが、違うんです。答えは「バケツとスコップを売った人」です。

多くの人々が「あそこに金があるらしいぞ」、「こうやって掘ったら見つかるらしいぞ」、「あいつは金を掘ったらしいぞ」と、金を求めて壮大なロマンを繰り広げました。

しかし、もともと少ない金のことだから、掘り当てた人はごくわずかでした。多くの人は「金がある場所」、「金の掘り方」ばかりに目を奪われて、結局、何も得られませんでした。

しかし、この中で「誰もがやったこと」があります。それは当然、「山を掘ること」です。掘れば当然、保存する。だから、金を掘り当てる人は「少数」ですが、掘る人は「全員」ですね?

(亘 ま、まさか…)

純一 「金が見つかった」などというニュースでもない限り、これだけの人数がバケツやスコップを買いに来るなんてことは、ありえません。しかも、みんな我欲にまみれてる。

だから、「モノに目がくらんだ大衆」の生み出す巨大なエネルギーを利用して、楽々勝たせてもらいましょう。大衆と同じ発想で金、つまり「いい会社」などにこだわるべきではありません。

大衆が我欲にまみれるほど、採用担当者は「またか」、「読み飽きた」と失望します。そんな時に、皆さんが仕事の本質を理解して、丁寧で意欲溢れる文章を書いたら、どうでしょう?

正しい職業観を確立しておけば、良い会社があちらから近付いてくる、ということですね。会計が理解できない人事担当者がいる会社なんて、こちらから願い下げにして構いません。

「不採用」にするのは会社ではなく、皆さんなのです。「受かり方」なんてバカなことは考えず、正しい働き方のみ考えるべきです。自分を飾る必要はない。謙虚に構え、誇りを持ちましょう。

(亘 …な、なんて恐ろしい発想なんだ!)

純一 既に去年のうちに、職業観と会計は学習済みです。しかも、皆さんは取材で社長面接に慣れています。だから、経営者の発想に立てば、会いたくなる読後感はお分かりでしょう。

また、「期限」や「字数」は、目標ではなく条件に過ぎません。「間に合ってよかった」、「埋まってよかった」などと低レベルな満足に陥らないよう、注意しましょう。

間に合うのも、埋まるのも、自分だけの要望に過ぎません。相手には全く関係ない。

女子大生の皆さん。「寝起きの顔」で面接に行けますか?行けないでしょう。ギリギリで書き上げて、「間に合ってよかった」と言うようなESは、寝起きの顔と同じです。

エントリーシートは「書類面接」のようなものです。読者がいるのです。その基本を踏まえていれば、まず落ちません。共感こそ本当の目標です。作文を楽しみましょう。

(麻衣 なんて爽快で本質的な説明なのかしら…)

純一 次に面接。これについては…。そうですね。美里ちゃん。

美里 は、はい!

純一 高校時代、何か苦手な教科はあった?

美里 えっと…。数学が苦手でした。

純一 じゃあ、数学が苦手な美里ちゃんが、中間テストで「30点」を取ったとしよう。

美里ちゃんはその点数が悔しくて、「これじゃいけない!」と思った。

だから、今度の期末テストでは、いつものように嫌だからと後回しにせず、「絶対にやってやる!」と決意して、なんと、三ヶ月前から毎日予習と復習に力を入れることにした、としよう。

美里 はい…。

純一 そして、期末テストの時が来た。他の人が試験勉強を始める前から、一人でコツコツと数学の勉強をやってきた美里ちゃんは、なんと、「95点」を取ってしまいました。

ちなみに、この期末テストでは、中間よりも若干、クラス平均が上がっていたそうです。

美里 はぁ…。

純一 美里ちゃんは、苦手でたまらなかった数学で、信じられないような高得点を達成して、嬉しくてたまりません。だから、友達に「95点だったよ!」と伝えました。

しかし、その友達は…。なんと、こともあろうに、「へぇ、だって今回のテスト、簡単だったらしいからね。クラス平均も上がってたらしいし」と言いました。

ここで質問。美里ちゃんは、こう言われたら、どんな気持ちかな?

美里 それは…。悔しいです。せっかく頑張ったのに、努力を認めてもらえなくて。

純一 そうですね。それは誰でも同じ気持ちになるでしょう。せっかく人一倍頑張って、目指した成果を達成したのに。美里ちゃんの立場になれば、誰でも共感できるはずです。

なのに、これが「面接」になるとどうでしょう?

(美里 どういうことなの?)

純一 経営危機を乗り切って奇跡のV字回復を成し遂げたIT企業、同業他社の不祥事から生まれた偏見を克服して成長した介護サービス会社、社員一丸となって安定経営を復活させた航空会社…。

世の中には、一度「苦手」に陥った教科に熱心に取り組んで、高得点を実現した会社がたくさんあります。

なのに多くの学生は、「ユビキタス社会の到来でITは伸びる」、「少子高齢化で福祉は成長する」、「グローバル化とビジットジャパンプログラムで、航空会社は伸びる」などと、笑顔で会社を侮辱するのは、不思議だと思いませんか?

見えるモノばかり褒めながら。

(麻衣 まさに、絵里たちの志望動機だ…)

純一 もちろん、業界環境は重要な要素です。しかし、環境が良ければ全ての会社が成長するなら、社長や社員の努力はそれほど必要じゃない。

でも、世の中には好景気で衰退する会社や、不況や逆境で成長する会社もある。それは、純粋に社長と社員の努力が原因でしょう?美里ちゃんの「人一倍の努力」を見るべきでしょう?

株主構成も負債比率も重要です。しかし、そういう「過去の実績」ばかりを志望動機にされちゃ、われわれ経営者はたまったものじゃない。そんな寄生虫は、真っ先に不採用です。

麻衣ちゃん。

麻衣 は、はい…。

純一 君の実家が自営業で、多額の借金を抱え、お父さんは体調を崩して、お母さんが必死で働いてるとする。だから、麻衣ちゃんも学業と家業を両立させている、としよう。

そこに、ある男性が言い寄ってきた。そして麻衣ちゃんのことが気に入ったから、ぜひ付き合ってほしい、と言ってきた。

しかし、麻衣ちゃんは誠実な性格だから、自分の事情を話すことが大事だと思った。それで、「実は私、今、家が大変だから、あんまりデートできない」と伝えた。

この時、その男性が「えっ?じゃあ、付き合うのナシね」と言ったら、どう感じる?

麻衣 …それは、すごく悲しいです。

純一 そうだよね。だって、短所や不足を聞いた瞬間、冷たい態度に豹変したんだから。

でも、「そうなのか。じゃあ、僕は商学部だから、経営の知識を生かして、どんなことでも手伝うよ。役に立てるかどうかは分からないけど、君の家族は僕にも大切だから、少しでも負債削減が早まるように、力になるよ。二人で頑張ろう」と言われたら?

麻衣 ものすごく嬉しいです。もしかして、結婚さえ考えるかもしれませんね。

純一 そうだよね。つまり、本気で相手と向き合っている人にとっては、短所や不足こそ、本物の志望動機になるってことです。だって、夢を分かち合えるから。

モノしか見ない人間は、「いいところ」が志望動機だと勘違いしてます。でも、本気の人材には、短所も長所も全てが志望動機です。だって、全ての会社は夢がある限り、不足だらけだから。

「いいところ」を見るのが大事なんじゃない。「よく見る」というのが大事なんです。

(麻衣 あぁ…。これはまさに、去年マスターに聞いた話とまったく同じだ)

純一 ということで、他の細かいことは、先輩たちに聞いて下さい。僕は就活をしたことがないので、これくらいしか話せません。しかし、社長面接は絶対に大丈夫です。

ちなみに、就活で一番難しいのは「内定辞退」です。皆さんも、取りすぎた内定は、早めに社会に返還しましょう。この国は「多くを持つ者」に嫉妬する人が多いですからね。

もっとも、返してあげたからって、できない人には余計な荷物ですが。

(亘 RUNでは、こんなことを一年、二年のうちから学ぶのか…。レベルが違いすぎる)

純一 じゃあ、僕の話は以上で終わります。早く内定して、歴史の勉強をしましょう。

学生 ありがとうございました。

(講義終了)

森中 僕ら四年生はもうすぐ卒業ですが、東京や大阪に行く日まで、後輩のみんなを全力で応援します!三年生のみんなも、遠慮せず、何でも聞いて下さい。

そして、心と心がぶつかりあう、本気の学びをやっていきましょう!早い人は、来週から早速面接だそうですから、模擬面接もやっていきたいですね。今日はお疲れ様でした!

(ゼミ終了)

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◆第26話「ガイダンス1848」

(大学の就職ガイダンス会場)

美里 今日のガイダンスって、何時まであるんだろ?

麻衣 六時までらしいよ。

美里 なんだか、こんなのがあるの、あたしたちの代かららしいね。

麻衣 そうなの?

美里 新卒の早期離職が多いから、大学でも評判を落とさないよう、焦ってるんだろうね。

麻衣 ふ~ん…。まぁ、何か役立つこともあるかもしれないね。

(職員入場)

職員 え~、皆さん、こんにちは。只今から2010年度の就活ガイダンスを始めます。そろそろ筆記試験や面接が間近に迫ってきている人もいるでしょうから、しっかり聞いて下さい。

開始に先立ちまして、先週からアンケートを実施しましたが、これまでに約400人から回答結果を集計することができました。お手元の資料がそれです。ご覧いただけますか?

美里 ふ~ん、「就活で不安なことベストテン」か。「ワースト」の書き間違いじゃないの?

職員 一ページにありますのは、皆さんが就活で不安だと思っていることです。

第一位は「志望業界が決まらない」、第二位は「やる気はあるが、具体的に何をやっていいか分からない」、第三位は「志望動機や自己PRの伝え方が分からない」とありますが、これは例年通りです。

ですから、今日は主に、この三点についてご説明していきます。

まず、「志望業界が決まらない」についてですが、これは、合同説明会に行けばたくさん会社と触れ合う機会もありますし、二月からは企業別に単独の説明会も開かれますので、そちらに参加すれば、いくつかの志望業界が見つかってくるでしょう。

人気のある会社は、日程の発表と同時に予約が殺到することもありますので、普段から情報収集に力を入れ、早めに予約することが大切です。就活は情報収集が決め手ですから。

美里 ホント、表面的、形式的ね。それで見つかるなら、誰も悩まないんだって。

麻衣 まぁ、まだ聞いてみましょ。

職員 しかし、説明会に参加しても志望業界や志望企業が決まらない、という人も出てきます。そういう人はどうすればいいのか?でも、ご安心下さい。

答えは「自己分析」です。これについては、就職課でも専用のワークシートを配布していますから、いつでももらいに来て下さい。

中学、高校、大学と、皆さんも色々な経験があるでしょう。そういう経験を年表のようにまとめていけば、誰でも一つや二つは、やりたいことや譲れないことが見つかるはずです。

あるいは、先輩やアルバイト先の友達などに、「長所」や「短所」を聞いてみるのもいいでしょう。自分と長く付き合ってきた人なら、皆さんの向き不向きをよく知っているものです。

美里 ホント、「作業」ばっかりだね…。何かに熱中することなんて、全く触れない。

麻衣 うん。人生を切り拓いていこう、っていう若者の悩みや情熱が見えてないみたいね。

美里 要するに、「人生に夢中になれ」じゃなくて、「就活に夢中になれ」って言ってるんだね。

麻衣 考えてみれば、将来を嘱望される若者が、就活なんかに悩むなんて、情けないね。

美里 うん。どうせ悩むなら、命の使い道をどうしようか、って壮大に、真剣に悩みたい。

職員 …あるいは、説明会や身近な人との相談でも見つからない、という場合はどうすればいいか?そういう時は、新聞を読むと参考になります。

社会では様々な人や会社が働き、毎日、色んな動きがあっています。夢を持って何かに挑戦している人もたくさんいますし、そういう人のインタビューやルポも載っています。

美里 大学の中には、動きや夢はないってことみたいね。

職員 ですから、そういう人たちの人生を参考にするのもいいでしょう。視野を広げれば、このように、情報はどこにでもあるのです。心配する必要はありません。

麻衣 これで満足する人や、悩みが浅い人には、確かに心配の必要はないかもね…。

美里 RUNで本気の社長さんや先輩たちに会ったから、こういう話も面白く聞けるね。

麻衣 夏のままの自分だったら、きっと、たくさんメモしてただろうな…。

職員 次に、「何をやっていいか分からない」という悩みについて。この対策は、一言で済みます。「とにかく動け」です。動けば必ず何かが見つかります。まず動くことです。

美里 バッカみたい。動くことだけに価値があると思ってるみたい。

麻衣 …純一さんが言ってたように、「結果」からじゃなく「動機」から行動を見てる。焦りや不安から生まれた表面的な行動は続かないし、いい結果にも結びつかないのに。

職員 いいですか、家にいても何も始まりません。

とにかく、動いて動いて、動きまくることです。それがチャンスを作るのです。就活は「行動力」が大事です。

美里 チャンスを大切にするから、動き続けることができるんじゃないの?どうも、「行動力」の定義がRUNとは違うね…。肉体的移動、環境的変化を意味してるみたい。

麻衣 うん。全て「モノ」ね。見えやすい、分かりやすいことしか説明してない。

職員 社会人にはない、皆さんたち学生だけの武器といえば、「好奇心」です。ぜひ、いろんなことに興味を持って、自分から積極的に動いていきましょう!

美里 「好奇心」が「学生だけの武器」だなんて。そんなの、社会人でも持ってるんだって。

麻衣 RUNの「ビジネススキル特集」では、「表面的な事柄に浮気を繰り返すこと」ではなく、「一見同じと思えることにじっくりと取り組み、とらえ方を新しくする力」って言ってたね…。

美里 うん。「本当に好奇心のある人間は、動きまくったりしないものだ」、「真の好奇心は学問的探究心につながり、静かなものだ」、「しかし、その静けさの中で精神的成長が生まれる」って。

職員 それに、皆さんたち学生には、「チャレンジ精神」もあります。就活はチャレンジです。とにかく、新しいことを恐れず、どんどん挑戦していきましょう。チャンスはいくらでもあります!

美里 「チャレンジ精神」か…。怖いのは、新しいことじゃなくて、いつまでも古いことよ。

麻衣 RUNでは「ひとたび取り組んだ事柄から目を離さず、グッとこらえ、同じ事柄を新しく受け止めていく力だ」って言ってたね。

「新しいとは、古くならないことだ」って。

職員 ということで、動く!好奇心を持つ!チャレンジする!そうすれば悩みもなくなります。

美里 本物の行動力、好奇心、チャレンジ精神がある大人なら、あんなことは言わないね。

こんなの、アイポッドで配信すれば十分な話よ。ま、全国に悩みが増えるだけだけど。

麻衣 うん…。経営者の人たちとは、スケールや思考基盤が全く違うね。

美里 全部が全部、小手先でその場限りのマニュアルとテクニック。純一さんは、「すぐ役立つ対策は、すぐに役立たなくなる対策だ」って言ってたね。

麻衣 うん。「人生の目標がない人間は、目先の課題や不安が生み出す心の真空状態を満たすため、小手先のテクニックにしがみつく」って。

美里 だから、人生の目標が求める対策ではなく、今の焦りをなくすため、表面的、散発的な「モグラ叩き」に熱中する、って…。

麻衣 「ワニワニパニック学生」って言ってたね。すっごく分かりやすかった。

美里 …ってことは、ここは大学じゃなくて「ゲーセン」ね。

麻衣 こんな対策が就活だと思ってたら、将来は余計、不幸になるだけだね。

不安だから対策をやってはみるけど、実はその浅い対策が、続々と不安を生み出すってことには気付けない。

美里 見栄っ張りのエントリーシート。前日に一夜漬けで覚えこんだ面接。手当たり次第にいろんな人に聞きまくっただけの業界研究。ノートを埋めるほど暗くなるだけの自己分析…。

麻衣 志望業界も志望企業も、そうやって「気分」だけで決めたら、たまらないよね。

アランの「不安は気分に属し、希望は意思に属する」って言葉を思い出すね。

美里 うん。焦りから買った本なんて、一ヶ月もすれば、「どうしてこんな本を買ったんだろ?」と思うもんね。だから、ずっと表面的な自己啓発の本に頼り続ける。でも、根底は一緒。

麻衣 それと同じように、その時だけの感情で選んだ会社も、数ヶ月もすれば、「どうしてこんな業界や会社に惹かれたんだろ?」と感じるようになる。自分で自分を疑うようになる。

美里 純一さんは、「その人の内定が本物かどうかは、内定した後に分かる」って言ってた。

麻衣 本物の内定をした人は、内定後にこそ、内定前よりも努力するものだ、ってね。

美里 だって、長期的なビジョンから逆算して、志望業界や志望企業を決めたんだからね。RUNの先輩は、みんな、同じ古典を毎年読んでるけど、「毎年別の本になる」って言うね。

麻衣 「ひとかどの人材になりたい」という目標は、受験や就活が終わっても消えないもん。

美里 だから、黙々と、しかし着実な努力が続く。内定くらいで手を抜かない。抜けない。

麻衣 そういう努力を続けるから、同じ本でも、気付ける箇所が変わってくる。「すぐ役立たない勉強」こそが、意志力、習慣、観察力といった、見えない部分の力を底上げし続ける。

美里 だから、人生で出会ういろんなことが、「役に立つ」ようになる。

麻衣 大切なのは、「役立つこと」をやることじゃなくて、「何があっても役立てられる人間になること」。環境や対策や道具じゃなく、大切なのはいつも自分の心構え。

美里 やっぱり、どこからどう考えても、「すぐ役立つ対策」は、すぐ「役立たず」になるね。

麻衣 本も、人材も、対策も、みんな同じね。短期的視点でやる就活は、バーゲンと一緒ね。

美里 うん。結局は「衝動買い」と同じだね。すぐに捨てるか、ボロボロになってしまうから。

麻衣 それが「早期離職」ってことね。…あ、なんか話題が変わったみたいよ。

職員 …では、最後に志望動機と自己PRについて。

大事なことは、「具体的に、簡潔に、積極的に」という三つの条件を満たすことです。曖昧さや長さは短期決戦では不利です。

笑顔でハキハキと、礼儀正しく、大きな声で、練習した通りに堂々と伝えましょう。

言いたいことをはっきり言えば、大丈夫です。悔いなく、遠慮せず、言いたいことを伝えればいいんです。

美里 はぁ…。まるで「共産党宣言」の就活版、って感じね。

麻衣 「練習した通り」と「堂々」って言葉が、どうして結びつくんだろうね。

美里 本当の堂々とした態度は、未来に向かって力強く生きる態度から来るのにね。

麻衣 「言いたいことを、言いたいように」ってのも、どうなんだろうね。

美里 相手が「聞きたい、聞ける、聞きやすい」ように、って配慮が全くないね。

麻衣 そうね。「効用」じゃなくて「労働」が行動の価値を決める、っていう、マルクスの価格理論とまるっきり同じ思考構造だね。

価値基準が主観的で、狭い。ほんとに狭い。頭の中には、自分の都合しか存在しない。

自分の投じた時間、労力、思い…。それがそのまま、志望動機や自己PRの価値になると思ってるみたい。

相手と分かち合えない志望動機に、価値はないのに。関係ない話はPRじゃないのに。

美里 まさに「労働価値説」。…つまり、このガイダンスでは「不採用の方法」を教えてる。

職員 …ちなみに、言いたいことを三十秒、一分、三分で話す練習も、とても役立ちます。

美里 何に「ちなんで」るの?純一さんは、「短い話よりも、長く感じない話をしてみろ」って言ってたね。相手の心に響く話は自然と深い質問を呼び、相手が熱中して共感してくれる、って。

麻衣 そうだよね。まず「心の中で勝つ」。そうして本気で生きる。そんな人間が繰り出す言葉は、曖昧でも、長くても、悩みや失敗に溢れてても、全てが個性になるんだって。

美里 そして、共感できた喜びや、うまく伝わらなかった本気の悔しさが、「もっと上手に伝えられるようになりたい!」という情熱につながる、って。

麻衣 そういう深い動機から始まってこそ、初めてスピーチの技術が高まるよね。

職員 …ということで、皆さんたちの世代は、二~三年前と比べて選考の時期がやや遅くなり、中には夏までかかる人もいますから、内定したら、その分、思いっきりエンジョイしましょう。

社会に出たら、学生時代のように自由ではありません。今しかできないことをしましょう。

美里 あぁ、これは要するに、「君たちは社会や会社、仕事、就活に幸せを搾取されてるんだから、奪い返せ」って言ってるのね。

ちゃんと「精神版・剰余価値説」まで説明してくれるなんて。

麻衣 結局、最初から会社を「嫌な場所」、仕事を「嫌なこと」だと決め付けてる、ってことね。

美里 あの職員の話は、全てが階級闘争、唯物史観、労働価値説、剰余価値説の理論で完璧に構成されてる…。

自分にはそういう自覚はないみたいだけど、何も勉強しないまま、大人になったんだろうね。あんな話を聞かされて就職するなんて、ホント、いい迷惑よ。

麻衣 相手の存在も、仕事の喜びも、学生の可能性も、結局は一言も触れてないね。「人間不在」もいいところだわ。

職員 以上で、今日の就活ガイダンスを終了します!内定目指して、頑張りましょう!

美里 …「内定目指して」、ね。

麻衣 自分の言っていることの意味を、自分でも理解できてないんだね。

美里 こりゃ、新卒の早期離職が増えるワケだ。就活ごっこの不採用ガイダンスだから。

あぁ、面白かった。麻衣、喫茶店でも行こうか?

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◆第27話「学生コンサルタント」

(麻衣、美里、喫茶店に移動)

美里 どうだった?ガイダンス。面白かったね。いろんな意味で。

麻衣 …そうね。職業観や会計センスがないのは、学生だけじゃないってことがよく分かったよ。

美里 あんな説明なのに、「一言も聞きもらすまい」と熱心にメモってる人もたくさんいた。

麻衣 つまり、聞いてる学生の側にも、何の問題意識もない、ってことだね。

美里 そう。それが自然だと、当たり前のように思ってるから、疑問さえ生まれない。質問があるとしても、あのガイダンスの延長で、さらに小手先の質問を繰り返すだけ。

麻衣 職業観と会計が分かる人からは、世の中がこう見えるんだね。

美里 うん。RUNでは一年生のうちに「金持ち父さん貧乏父さん」を読むように薦めてるらしいから、あたし、年末に読んでみたの。「貧乏父さんは共産主義者のことだよ」って聞いたから。

麻衣 私は年明けに読んだよ。すっごく面白かった。貧乏父さんは成績、学歴、安定した就職、退職金、年金しか考えてないね。

美里 あたしは、後半にあった「泥棒の話」が印象的だったなぁ。

ある資産家の家に泥棒が入って、現金や宝石を盗もうとした。でも、見つからなかったから、代わりに金目のモノを持ち去ろうと、テレビとビデオを盗んでいった、って話。

麻衣 ふふ。なかなか力の強い泥棒さんね。

美里 資産家は帰宅して驚いた。盗みに遭ったことは悲しんだ。でも、テレビがあった部屋の隣の書斎には、押し入られた形跡がまったくなかった。

麻衣 そこには、資産家が若い頃から大切に読んできた本、つまり「知識」があったんだよね。

美里 そう。でも、泥棒は本なんかに価値を認めず、本が作り出した結果のかけらにすぎない、テレビやビデオを持ち帰って、「しめしめ」と喜んだ。

麻衣 だから、資産家は「あぁ、よかった」って安心したんだよね。

美里 つまり、「内定」とか「対策」ばかりに夢中になって、すっごい力でテレビやビデオを持ち上げて、しかも「しめしめ」って喜んでる泥棒は、就活ごっこを就活だと思い込んでる学生よ。

麻衣 職業観や会計センスという「考え方」や「知識」は、盗もうとさえ思えないのね。

美里 要するに、モノの本当の価値が見えないんだよね。形がないと、認識できないから。

「ピピピ…」。

麻衣 メールが来たみたいよ。

美里 あっ、森中さんだ。…竹川さんと、今、この近くにいるらしいよ。

麻衣 色々話したいね。

美里 じゃ、来てもらおっか?…よし、送信!

麻衣 面接のことも聞いてみたいね。

美里 そうだね。「ピピピ…」。大丈夫みたい。あと五分で着くって。

マスター 新しく友達が来るのかな?

麻衣 はい、先輩が二人来ます。

マスター そうか、じゃあ、デザートを用意するね。チョコレートでもいい?

美里 ええっ?はい、それがいいです!やったぁ!

麻衣 でも、森中さん、チョコレートなんて食べるのかなぁ…。

美里 …確かに、あの筋肉でチョコは、ありえないかも。じゃあ、森中さんだけせんべいは?

麻衣 でも、筆箱には「ビックリマンチョコ」のシールが貼ってあったよ。

マスター ははは。じゃあ、果物にしようね。

麻衣 ありがとうございます。

(森中、竹川、来店)

森中 お待たせ!いきなり合流してごめんね。ちょうど近くにいたもんで。てか、スーツじゃん!

麻衣 私たち、ちょうど、就活ガイダンスに行ってきたところだったんです。

竹川 そうなんだね。面白い話は聞けた?

美里 めっちゃ面白かったです!

森中 へぇ、良かったね。どんな話が聞けたの?

美里 全てが社会主義理論に従って構築された、人間不在のガイダンスでした。

竹川 あはは!そういう意味か。分かる分かる!大学の授業にも、そういうの多いもんね。

麻衣 RUNのように深い勉強をすれば、本当に尊敬すべき大人の姿が分かりますよね。

森中 会計、営業、スピーチ、タイムマネジメント、マネー…。RUNで勉強すると、大学の授業とかガイダンスを、今までとは違った視点で聞くことができて、また違った面白さが出てくるよね。

美里 分かります、それ!今まではただ聞き流すだけだったのが、考えながら聞けるんです。

竹川 僕は、東京裁判のパール判事の本が好きなんだけど、博士の言葉に、「学校教育の中から、正しいものとそうでないものを見分ける力を得て下さい」ってのがあるんだ。

でね、これ、初めはさ、「学校教育は文句なく正しいから、そこでしっかり勉強して、物事の本質を見抜く洞察力を得て下さい」と言ってるのかな?と思ったんだ。

でも今は、「矛盾と偏見がもっともらしく体系化された学校教育の中で頭脳を鍛え、本質を自分で考える洞察力を磨きなさい」ってことだろうな、って思ってるよ。

もちろん、博士はそんな皮肉を言う方じゃないけど、こと日本に限っては、ちょっと皮肉だよね。

麻衣 竹川さんって、歴史の勉強から、そういうことまで考えられるんですね。

竹川 みんな、歴史と聞くと過去のこと、終わったこと、昔あった関係ないことって決め付けてるけど、全然そんなのじゃないよ。学べば学ぶほど、現代社会が立体的に見えてくるんだ。

森中 君たちも、就活ガイダンスなんかで、「どうしてこんなに無意味で、不正確で、時には有害でさえある情報を、真面目な顔してバラまくんだろう?」って感じない?

麻衣 えぇ…。まったくその通りです。人間や社会、仕事に対する愛情も尊敬もありません。

マスター こんにちは。

竹川、森中 こんにちは!

マスター なんだか、面白い話をしてるね。最近の学生さんにしては、珍しい話題だね。

森中 あ、はい…。僕、声が大きいんで…。

竹川 僕たち、サークルで近現代の歴史を勉強しているんです。

マスター …ってことは、純一さんが顧問のRUNかな?

竹川 えっ?ご存知なんですか?

マスター あの方が教えるサークルで育つ学生さんは、本当に素晴らしいからね。

帰省した時に、卒業した人たちが時々ここで話し合ってるのを聞くけど、トップセールスマン、幹部候補生、チームリーダー、将来の起業家がたくさんいるよね。みんな、生き生きしてる。

森中 ええ。先輩たちは僕らの誇りなんです。で、後輩たちは、心の支えなんです。

マスター そうか、それは本当に素晴らしい学びをしてるね。立派なことだ。

美里 あたしたち、マスターにRUNを紹介してもらったんです。秋が始まる頃、このお店で、そう…ちょうどあの辺の席で、RUNのミニ勉強会をこっそり聞いたのが、全ての始まりでした。

竹川 そうだったのか。じゃあ、ここは二人にとって、すごく大切なお店なんだね。

麻衣 そうです。マスターもすっごく学生思いで、いつも私たちを気にかけてくださるんです。

マスター ははは。気にかけるなんて、大げさな。僕はただ、聞いてあげることしかできないよ。

美里 でも、あたしたちは、仕事に誇りを持っている方に聞いていただけるだけで、嬉しいです。

森中 ここって、九州学院の学生がよく来るんですか?

マスター そうだねぇ…。四、五年前までは多かったけど、アクセスプラザができてからは、学生さんたちはめっきり減ったね。まぁ、ウチのような小さな店じゃ、太刀打ちできないよ。

森中 今は冬だから、あんなにうるさいところでは集中できない学生も多いし、実は、パソコンを持ってない学生も案外いるんです。試験で来る学生もいます。

それに、就活生は冬休みでも、天神とか西新には出てくるし、大学に寄る学生もいます。

また、僕ら四年生の経験では、家に帰ると、就活の作業を延期して後悔することも多いから、就活生向けに「静かでおいしくて集中できる、噂の喫茶店」と宣伝されてはいかがですか?

マスター …君は本当に学生さんかい?

竹川 森中は、来年コンサル会社に入るんです。それで内定後も、「営業と会計は頭の筋トレだ」って言って、毎日コンサルティングの勉強をやっているんです。

マスター 僕は五年近く、ここで商売をしてきたけど、学生さんからそんなに具体的な提案を受けたことは、まずないよ。純一さんからは提案をもらったことはあるけどね。

森中 …いや、さっきのはただ、思いついただけです。他にもご提案させていただけるなら…。
例えば、ここはRUNの学生も使いやすい場所ですから、ホームページをお持ちになってはいかがですか?

マスター 喫茶店にホームページかい?でも、何を伝えたらいいの?僕、パソコン駄目だし。

森中 いえ、このお店を「伝説化」してはどうかと思ったんです。

内定者や卒業生の声を集め、ここのコーヒーやお菓子に素敵な物語を添えて、「あそこは縁起がいいお店だ」というイメージを持ってもらうんです。

マスター そんなことができたら、どれだけ有り難いことか…。

森中 これは、RUNで習った「平安時代の旅行業」を応用したアイデアです。

他には、予約を取られてはいかがでしょう?テーブルを二、四、八、十六席とパッケージ化して勉強会や会議目的で販売していけば、一人が何人にも知らせてくれることになりますよ。

マスター 君は本当にすごいね。もう、立派なコンサルタントじゃないか。

竹川 森中は、褒めると調子に乗って、歯止めがかからなくなります。

森中 うるさい、乗らせてくれ!オレはRUNと関わったお店は、応援したいんだ!

で、僕も居酒屋でバイトをした経験があるんです。

店長がいつも悩んでたのは、過剰発注と発注ミスが生み出す、過少在庫と過剰在庫でした。

特に、魚や焼き鳥などは賞味期限が短くて、一度、廃棄処分や機会損失の不良在庫を計算してみると、月額八万円にも上っていました。

八万円といえば、時給800円のアルバイトを100時間、つまり5時間なら20日も雇用できるお金になります。僕はこの金額を、一人の本気のバイトに投資すべきだと感じました。

マスター …ウチはそこまでの規模の不良在庫はないけど、しかし、仕入れは悩みの種だね。

森中 ですから、予約の場合は五~十パーセント割り引いて、「売れてから仕入れる」という在庫形成システムを作られてはいかがか、と思ったんです。「仕入れて売る」ではなく。

マスター 君、君は本当にすごい!まるで、僕の悩みを全て見通しているようだ!

竹川 RUNの四年生なら、これくらいは当たり前ですよ。僕らはいつも、「内定後は関わった方への恩返しの時期だ」、「知識は実践に移して初めて理解度が分かる」って教わっています。

(麻衣 何なの、このサークルは…。慣れたと思うほど、次々と新しいことが出てくる…)

森中 つまりは、「孫子の兵法」第四章、「まず勝ちて、而る後に戦え」を、「まず売れて、而る後に仕入れよ」と翻訳しただけのアイデアです。すごいのは孫子です。

マスター いやいや、それをこういう風に即座に応用できる君が、本当にすごいよ。

美里 そう言えば、あたしが初めて聞いた純一さんの話でも、「できる学生は、まず内定して、それから就活をする」って言ってた。

麻衣 ホントだ…。私も覚えてる。全てがつながってるね。すごい!

マスター 僕は本当に嬉しいよ。お客さんたちと同じ世代、環境にある若い人たちから、こんなに嬉しい提案をもらうなんて。

僕の学生時代は、今からもう30年も昔のことだから、学生さんの気持ちを推し量るのも、学生さんが今何をしていて、何を考えているのかも、全然分からないんだ。

森中 全ての仕事は、「相手の悩みを喜びに変える問題解決」です。

マスター まさにその通りだね。君が今、僕に見事に証明してくれたように。それにしても、君のようなバイトさんがウチにいてくれたら…。

美里 あっ!ホントだ!森中さんが先に働いたら、後から内定しちゃった!自己PR成功!

マスター あ…。本当だね。ははは!こりゃ、一本取られたよ。内定通知を出しちゃったね。

森中 たとえバイトでなくても、責任をもって、どんどんご提案していきます!じゃあ、みんな、今日は帰って、「喫茶店の売上倍増プラン」を考えてこようぜ!

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◆第28話「面接ごっこ」

(絵里、JTBの一次面接会場に来る)

絵里 うふふ。遂にやってきたわ。憧れのJTBの、一次面接の日が…。

決め手は自己PRと志望動機。あたしの対策は、サークルでバッチリやってる。どっちも完璧な下書きを作って、十回近く練習したから、バッチリ覚えてるわ。

髪型も、メイクも、ネイルも、履歴書の写真もバッチリ。カバンも高いだけあって、バッチリ。

業界研究もバッチリ。会社のパンフレットも、赤線で真っ赤になった。今日は、思いっきりやる気を伝えよう!

(予定時間到来。会場に入る)

絵里 ここが会場か…。出る時には、達成感に満ちてるんだろうな。不安もあるけど、いけ~!

「コンコン」。

面接官 は~い。

絵里 (ドアを開けた時の第一印象が勝負よ!ドアは両手を添えて、静かに閉めるのよ!…えっ?な、何よ、何か書類書いてるし!あたしのドアテクを見なさいよ!)

こんにちは!

面接官 はい、こんにちは。じゃ、そちらにかけてもらえますか?

絵里 はい。失礼します。(座り方はおしとやかに、椅子の前の方に!背骨をまっすぐ、両手は軽く握る!)

面接官 えっと…。九州学院大学からお越しの、尾崎絵里さんですね。

絵里 (おっと、いきなり自己紹介?任せて!)はい、九州学院大学から参りました、尾崎絵里と申します。

私が学生時代に熱中したことは、大学二年の夏にやったイベントスタッフのアルバイトです。

初めは興味本位で始めたアルバイトでしたが、やってみると予想外の困難が待ち受けていました。

(具体的に、具体的に!)しかし、ここで負けてはいけないと思い…。

面接官 …あの、まだ質問してないんですけど。

絵里 (え~っ!)あ、すいません…。

(あ~っ!「すみません」じゃなくて「すいません」って言っちゃった!ショック~!…いけない、いけない、取り乱しちゃ負けよ。相手の左目を見て!)

面接官 まぁ、いいでしょう。どうやら、学生時代にイベントのアルバイトをされたようですね。

絵里 あ、はい。…予想外の困難に負けてはいけないと思い、まずはチームの人と仲良くなろうと考えました。そこで私が思いついたのは…。

面接官 だから、まだ質問してないんですって!

絵里 (何よ!練習と違うじゃない!)…。

面接官 で、そのイベントって、何のイベントなんですか?

絵里 えっ?それは…地域活性化のライブです。

面接官 どこの地域の、どんな活性化を目的とした、何のライブですか?

絵里 佐賀を盛り上げようと、若者に人気のアーティストを五人呼んだライブです…。

面接官 ですから、佐賀をどう盛り上げるんですか?そのアーティストって、誰なんです?

絵里 はい…。佐賀経済を活性化するためには、若者が燃えることが必要だと思い、はなわさんを中心としたアーティストを呼んで、ライブを開きました。

面接官 若者が燃えることと、佐賀経済の活性化に、どんな関係があるんですか?

絵里 佐賀の若者が毎年楽しみにするイベントができれば、佐賀が盛り上がります。

(よし、軌道修正ができてきたぞ!いけいけ~!)

面接官 ということは、そのイベントは、佐賀の若者を対象としてやったんですね?

絵里 はい、そうです!(笑顔、笑顔!)

面接官 じゃあ、結局は活性化にはなっていませんね。域内交流の新形態、ということですね?

絵里 は、はい…。(何よ~!ちょっと、コレ、ど~ゆ~コト!)

面接官 他県、他地域から訪れた方は、いらっしゃらなかったんですよね?

絵里 (いなかったの?いたの?てか、そんなこと考えてなかったし)

面接官 どうです?いなかったんですか?

絵里 はい、いませんでした!(あぁ、「いなかった」なんて言っちゃった!)

面接官 …あのですね、それで、旅行代理店の仕事ができるとお思いですか?

絵里 えっ…?

面接官 我々は、自治体や企業、個人の方々から多岐にわたる旅行、イベント商品のご注文をいただいていますが、予算、対象、目的、規模、期間、広告などは、基本中の基本ですよ。

絵里 はぁ…。

面接官 あなたがアルバイトをされた頃は、確かにそういうことはお考えではなかったかもしれませんが、私が指摘したいのは、あなたのアルバイト経験の充実度ではなく、あなたの面接の態度です。

絵里 面接の態度…?

面接官 あなた、頭の中にある原稿しか見えてないでしょ?

絵里 (ドキッ!)いえ、そんなことは…。

面接官 あなたにとって、就職活動って、何なんですか?

絵里 えっ?それは…「納得の行く内定をもらって、幸せになること」です。

面接官 …いいですか、我々は「旅」をご提供するんですよ。時間と空間の集積にテーマを付けて、お客様の日常に素敵なテーマパークをご提供するのです。

それが、自分の就職活動にさえテーマがなくて、お客様に責任をもって旅をご提案できますか?あなたは、そんな態度で、当社のカウンターに座るつもりですか?

絵里 (ちょっと、ちょっと!なんでいきなり説教されなくちゃならないのよ!…いや、もしかして、これっていわゆる…「圧迫」ってヤツ?そうかも!よし、平常心で耐えるのよ!)

面接官 …では、今日の面接は、以上で終わりです。どうも、お疲れ様でした。

絵里 (な、何ですって!終わり?今、「終わり」って言った?ちょっと、あたしの準備はどうなるのよ!まだ、長所も短所も、志望動機も言ってないのに、ありえない!)

面接官 では、次の方がお待ちなので、もう、お帰りになられていいですよ。

絵里 はぁ…。

面接官 次の方、どうぞ!

絵里 …。

面接官 あちらに休憩室がありますから、そちらで休まれてもいいですよ。

絵里 あ、あの…。これで終わりなんですか?

面接官 はい。そうですよ。

絵里 結果は、いつ分かるんでしょうか?

面接官 一週間後にお知らせしていますが、あなたの場合は、もうお分かりでしょう。

絵里 ということは…。

「コンコン」。

(次の学生が入室)

面接官 こんにちは!では、自己紹介をお願いできますか?

絵里 失礼します…。

(絵里、退室)

絵里 一発目の面接で、いきなり圧迫なんて…。あたしも運が悪いなぁ…。

夏からマナー講座とネイル講座に通ってたのに、アピールすることもできなかった。

そっか…。自己紹介では、いきなり自己PRをしちゃNGなのか…。会社によっては、自己PRじゃなくて自己紹介を先にさせて、それから自己PRに入るとこもあるのね…。

あたしは焦って、まだ質問もされてないのに、いきなりしゃべり出してしまった。そして、お昼まで覚えてたことを忘れて、頭が真っ白になっちゃった。

でも、圧迫面接が体験できただけでも、よかった方じゃない?こういう時こそ、プラス思考よ!

今日の教訓は、「練習と違う質問が来ても、動じない」、「聞かれないのにしゃべらない」、「頭が真っ白にならないように、もっとしっかり、自己PRを覚えこむ」!

…それにしても、何よ!あの人事!「あなたの場合は、お分かりでしょう」なんて!

あたしが今まで、どれだけJTBに憧れてきたか、分かってるの!バイトの質問で、経済活性化とかカンケーないことばっか聞いてきて、いきなり説教始めるなんて…。ありえない!

…でも、来週のJALには、あんな変な人事はいないはずよね。よっし、対策頑張るぞ!

(絵里、町に消えていく)

(麻衣、美里、純一と相談中)

純一 そっか、君たちも早速、来週から一次面接なのか。

美里 あたし、すっごく楽しみです!でも、最近、ちょっと風邪気味なんです…。

純一 じゃあ、早く治さないとね。でも、治らなくてもベストコンディションのうちだよ。

麻衣 えっ?風邪で「ベストコンディション」?

純一 そうだね。五年前に、藤田さんっていう、製薬会社に入った学生さんがいたんだ。

その子は第一志望の二次面接の前に、ほぼ徹夜でファミレスのバイトをしてた。家が経済的に厳しく、お父さんもおられなくて、弟さんが二ヵ月後に専門学校に入る、って時だったから。

その子はすごく責任感の強い子だったけど、その日はバイトが特に疲れたようで、面接の日に寝坊してしまった。それで、慌てて飛び起きて、まだ慣れない靴でバス停まで走った。

すると、ヒールが引っかかって、靴が壊れてしまったんだ。だから、普段はあまり乗らないことにしてた原付に乗ろうと、片足が裸足のまま家に戻った。しかし、エンジンがかからなかった。

美里 めっちゃピンチ…。

純一 で、僕にすごい勢いで電話があったんだ。「あたし、間に合いません!」って。

麻衣 …それで、結局、どうなったんですか?

純一 今すぐ電話をかけて、誠意を込めて謝り、「私はどうなっても構いませんが、信じてお時間を空けて下さったのに、お応えできずに申し訳ありません」と言うように伝えたよ。

要するに「不採用にして下さい」って電話しろ、と言ったんだ。当然、彼女は驚いたけど、「明日か明後日に、会社まで出向いて、直接お詫びを言うように」と伝えて電話を切ったよ。

美里 じゃ、落ちたんですか…。

純一 そうしたら、面接官が、「近頃の学生は、遅れてもドタキャンしても謝らないし、中にはメール一通で後から謝ってくる人も多いのに、君は偉い!」って喜んでくれたんだ。

しかも、「電話だけじゃなく、自分で誠意を込めて直接謝りに訪れ、しかも、僕らの時間にまで配慮できるなんて、素晴らしい!」とまで褒められた。

「我々の仕事は、患者様の生命に関わる商品のご提供だ。販売には万全を期すけど、それでも、予想さえしなかった副作用が発生することもある。

仮に、研究開発段階でその副作用が検知できなかったとは言え、それも我々の責任だ。

このように、我々の仕事は、不測の事態といつも向き合ってる。君のように素早く、誠実に、的確に、相手の気持ちを考えて行動できる若者は、本当に素晴らしい!」って、大絶賛だったよ。

で、二次面接の時間も、後日改めて設けてもらい、面接が始まると同時に、「君の話を社長にしたら、絶対に採れ!って。一応三次もあるけど、もしその気なら、よろしくね」と言われた。

麻衣 すごい!なんてすごいの!

純一 ごっこ学生は、ビルや部屋に入ったら「面接開始」と思ってるけど、できる学生は考え方が違うってことだね。受ける前から受かってるから。不採用って、ほんと難しいんだよ。

美里 …まさか、純一さん、そこまで計算してたんですか?

純一 そんなことはない。ただ、若者としてあるべき姿で、堂々と現実と向き合っただけだよ。本当に伸びたい会社なら、そんな人材を採用しないわけがない。RUNの学生のように。

麻衣 …私、今、初めて、「普段の生活から堂々と過ごそう」って言葉の意味が分かりました。

純一 まぁ、そういう基本ができとけば、就活対策なんて、やる必要もないからね。

美里 あたしも、風邪だろうが寝坊だろうが、正々堂々と向き合います!

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◆第29話「心と言葉」

(麻衣、美里、絵里と喫茶店で歓談中)

美里 …で、結局、JTBは駄目だったワケ?明日東京なのに、大丈夫?

絵里 一応、面接から今日で一週間になるから、結果は待ってるんだけどね。

麻衣 でも、絵里は「落ちた」って思ってるのね。

絵里 そりゃそうでしょ?だって、いきなり圧迫なんて、ありえなくない?

美里 圧迫面接、か…。時々聞くけどねぇ。どんな感じだったの?

絵里 あたしのバイトの話をさえぎって、怖い顔して「それと地域活性化にどういう関係がある?」、「それで旅行代理店で働けると思ってるのか?」って。

…そうだ!そう言えば、初対面の時から下を向いてた。

麻衣 …面接官は短時間に何人もの学生を見るから、書類を整理してただけじゃないの?

絵里 いや、あたしはあれが、圧迫の始まりと見たね。

美里 違うって。だいたい、なんで最初から、そんなことしなきゃいけないのよ?

絵里 浮かれ気分の学生を、出会い頭に戸惑わせて、ペースを乱そうって作戦よ。

麻衣 絵里…。絵里はどうして、そう考えるの?

絵里 先輩が、そういう場合もあるって言ってた。学生の前でわざと足組んだり、煙草をふかして無視したり、怒って質問したり…。人事もかなりのカードを持ってるらしいの。

美里 …てか、最初っから落とすつもりなら、面接なんてする必要なくない?

絵里 いや、面接官は隙あらば、「落としてやろう」って考えてるはずよ。あたし、体験したもん。

麻衣 絵里は、先輩が言ってたから、自分の面接が圧迫だって思ってるの?

絵里 …は?だって、あたしは今回の面接が初めてだったんだから、そう思うしかないでしょ?

麻衣 いや、そういうことじゃなくて、自分で作って持ってる基準はないの?

絵里 それはあるに決まってるじゃない。笑顔で話してるか、ハキハキしゃべってるか、練習した通りに言えてるか…。いろいろあるよ。

(麻衣 また、話が通じてない…)

美里 違う違う。あたしが聞きたいのは、仕事や人生に対する基準よ。

絵里 人生?そんなのさ、いきなり一次で聞かれたりしないよ。

美里 いやいや、そうじゃなくて、笑顔とかハキハキとか言ってるけど、あんた、それ以前に、自分の未来に対して笑顔なわけ?練習とは違ってたらしいけど、練習が違ってたとは思わないの?

絵里 なによ!あんただって、落ちればヘコむに決まってるんだから!それに、あたしは就活サークルで、内定者と一緒に練習してるのよ。内定者がどうして間違ってるわけ?

美里 内定者は間違ってないかもしれないけど、あんたの考え方は正しいの?

絵里 だぁかぁらぁ!あたしは、「内定者」の言った通りにやってるの!だから正しいの!

(麻衣 …こ、これは!「スターリンが言うから正しい」と言った共産主義者と同じだ!)

美里 いいや、あんたの考え方はおかしい。このままじゃ、JALも落ちるわ。

絵里 何ですって!み、美里!なんであんたに、そこまで言われなきゃいけないのよ!

美里 だって、絵里は反省までも間違ってるから。そもそも、働きたいと思ってない。

絵里 …だから、どうしてあんたに、そんなことが分かるのよ!少なくとも、あんたなんかよりは、よっぽどあたしの方が、働きたいって思ってるんだから!

美里 どうしてそんなことが言えるのよ?

絵里 だって、あたしが夏にマナー講座とネイル講座に行ってた頃、あんた、何してた?

あたしがJTBとJAL受けようって言ってた頃、あんた、志望業界決まってた?

麻衣と亘先輩も一緒に合説に行った時、あんた、メーカーとか見てたじゃない。

美里 それとこれと、どう関係あるのよ?

絵里 あんたよりも、あたしの方がずっと前から真剣だった、ってことよ。

美里 は?あんた、考えてた時間が長いからって、勝ち誇ってるワケ?

絵里 そうよ、当たり前じゃない!恋と同じで、先に目を付けた方が勝ちなのよ。

美里 違う。そうじゃない。恋も就活も、相手がいて決まるものよ。片思い同士が勝負したところで、たいした意味はない。そんなのは、中学生がアイドルに憧れるのと同じ、不毛の争いよ。

(麻衣 社会主義ってすごい…。ここまで激してもなお、問題を自覚できないなんて)

絵里 もういい。あんたと話してたって、何も解決しない。

美里 何が「解決しない」のよ?

絵里 決まってるじゃない!あんたには、あたしの悩みなんて、分からないってことよ。

美里 だから、それを解決しようと思って話してるのに、あんたが意地張ってるんじゃない?

絵里 はぁ?あたしは別に、あんたに悩みを分かってもらおうなんて思ってないわ。

美里 いや、別に分からなくていいなら、分かってあげないけど。

絵里 はいはい、誰にも分かってもらえなくたって、あたしはあたしで解決するわ。

美里 だから、あんたがあんたの悩みを解決したって、面接とは関係ないんだって。

絵里 …あんたって、どこまでムカつくの?面接はモチベーションが大事なのよ。心に悩みがある状態で、受かると思ってるの?あんたこそ、その甘さを後悔する時が来るわよ!

(麻衣 すごい、すごすぎる…。絵里には、職業観と会計センスが全く存在しない!)

絵里 もういい!あたし、帰る!もっと役立つ情報も教えてあげようと思ったけど、もういい。

美里 …。

麻衣 絵里、明日、JALの面接なんだよね?絵里らしさを発揮して、落ち着いて頑張ってね。

絵里 やっぱ、麻衣はあたしのこと、分かってくれてるね。じゃあね!

(絵里、帰る)

マスター …あの子、去年よりも、もっとひどくなってるね。

麻衣 はい…。就活サークルとかに入って、もっとおかしなことを言うようになりました。

美里 あたしもついつい、感情的になっちゃった。

マスター あれじゃ、日雇い労働くらいしか受からないだろうね。

麻衣 えっ?

マスター どうして、あんなに自己中心的なんだろうね。

麻衣 マスター、どうして「日雇い」って分かったんですか?

マスター いや、別に…。言葉が悪かったかな?

麻衣 いえ、そういうことじゃなくて、絵里は実際、派遣のイベントスタッフをやってるんです。

美里 あの子は「ライブスタッフ」って言ってるけど。会計的に見れば、日雇いよ。

マスター 今は単調労働にも、カッコいい名前が付いてるからねぇ…。ウチも以前、求人広告を出した時、「厨房業務」って書いたら、掲載期間にわずか5件しか電話がなかったんだ。

で、「時給が低いのか?」、「勤務時間が不規則なのか?」って考えて、リクルートさんに相談したら、なんと、その答えには驚いたよ。

「厨房って字が、読めない人も多い」んだって。そして、「ホールスタッフ」と言い換えたらいい、って言われたんだよ。

さらに、「未経験者歓迎」、「短時間で稼いで、帰りは天神でエンジョイ」、「オシャレなカフェで、香りに包まれた仕事」って書いたらいい、っていうアドバイスももらってね…。

麻衣 それで、どうなったんですか?

マスター 時給も勤務時間も変えてないのに、40件も電話がかかってきたんだ。8倍だよ。

で、そのリクルートのスタッフも、「今後も広告コンサルティングが必要なら、いつでも気軽に言って下さい」って言ってた。

美里 それって、コンサルティングと呼べるのかな?

マスター 僕もそう感じたんだ。でも、さすが代理店だけに詳しいな、とは思ったね。しかし、この前来た森中君の方が、リクルートの社員より、よっぽど深いところを見てたよ。

美里 …「コンサルティング」っていう言葉にも、いろんな意味があるんですね。

マスター 僕はバイトさんの選択肢は増えたから、クライアントとしては満足したんだけど、若者がこんな感覚でバイトや仕事を選んでるとしたら、これは大変なことだ、とも感じたよ。

麻衣 …今、一部の派遣社員の間では、「蟹工船」が流行してるらしいですからね。

美里 純一さんも、「あんな本がベストセラーなんて、日本の教育が19世紀の状態で、隣の北朝鮮と同じレベルだと分かって、恥ずかしいじゃないか」って笑ってた。

麻衣 つまり、言葉を、日本語を理解できない人が、着実に増えてるのね。価値判断基準も、理性もない人じゃなければ、あの本に共感するなんてことは、ありえないから。

マスター 蟹工船なんて、僕らの世代でも既にレトロだよ…。おやじの世代で、やっと追いつく。

美里 日本の教育って、ほんと、大変なことになってますよね。あたし、絶対人材業界にしよう!

麻衣 あの、「時給」って、やっぱり大事なんですか?

マスター う~ん、そうだね。僕はあんまり採用経験はないけど、50円上げたら電話の件数は倍になったよ。

麻衣 それって、「時給が仕事の価値だ」と思ってる、ってことですよね?

マスター そういうことになるね。

麻衣 だから、800円なら800円で、「800円分の働きをすればいい」と思ってるんですよね?

マスター 売上があってもなくても、時間が経過すれば費用が発生するから、僕ら事業主としては、「時給以上に働いてほしい」と思ってはいるんだけどねぇ…。

麻衣 純一さんが、「未開人は、時給が労働の価値だと思ってる」と言ってました。

美里 つまり、800円の時給をもらってる人は、「自分は800円に値する仕事をしてる」と思ってるのよね。

例えば、ここなら「300円」のコーヒーの利益が「100円」だとしたら、「8杯以上」を売って、やっとそこから先が「付加価値」、つまり「自分の本当の働きの価値」になる。

でも、会計と職業観が分からない人は、自分が要する「時給」が働きの価値だと思い込んでるのよね。

麻衣 RUNならみんな読んでる小泉信三博士の本には、給与決定は「労を償うのではなく、功に報いる」と書いてあった。

つまり、「労働は貢献の手段に過ぎない。経費は利益獲得の手段に過ぎない」ってこと。

美里 でも、社会主義を信じる人は、「自分がどれだけ、何時間頑張ってるか」が仕事の価値を決めると思いこんでる。値段を決めるのは、「自分」だと思ってる。

だから、時間を使い切ることしか考えない。こういう前提なら、雇用主と被雇用者は「向き合う」しかなくなる。

会計が分からないバイトは、時給を払ってくれるのは「お客さん」じゃなくて「店」だと勘違いしてる。

麻衣 つまり、発想の中に「本当の相手の存在」がない。いや、あるのに見えない。

だから、全ての価値観が主観的になって、コミュニケーションが全部、一段階ずれていく。

だから、交通費や食事を付けたりするという、間違った方向に採用努力が向かう。研修といっても、あいさつやマナー、PCの使い方を教えるだけでいいと思ってる。

というより、そういうことでもやっていれば、「当社は研修もバッチリ」なんて言う会社さえある。

…社会主義って、なんて恐ろしいのかしら。社員にも、物事の本質が見えなくなるのね。

美里 たった一段階だけど、この一段階が「160年」の差なのよね。純一さんの500項目に及ぶ講義は、全てこの「一段階の時差」を修正する、という観点から作られてる。

マスター なるほどね…。今の学生は、学生運動の頃の学生のように、完全に洗脳されてるね。

マルクシズムなんて、僕の世代でも一昔前だと思ってたのに、まさか今の学生が、そこまで共産主義を信奉してるとは、知らなかったよ。

美里 いえ、信奉してるんじゃないんです。勉強してもいないんです。

純一さんも、よく、「人間のコンプレックスと憎悪とミーハー感情を理論化したら、共産主義思想になる」と言ってます。

元々ある負の情念が、何も勉強しない人には自覚できないんです。だから、目の前の小手先のことに熱中するし、表面的な対策を「就活」だと思うようになるんです。

マスター 今の話を聞いて分かった。世の中に存在する、ありとあらゆる会社、お店の「人の悩み」は、全て社会主義の発想から生まれてるんだ、と。

そして、どうして純一さんが、一円も払わずに他人をあそこまで燃やせるかも、よく分かった。それは、相手に努力の方向と成果を正しく認識させ、評価することができるからだ。

あの人のコンサルティングを受けた会社は、少ない社員が驚くほど努力し、成果を出すようになるけど、要するに、社会主義的発想を除去して会社に調和と団結を作っている、ってことだね。

美里 純一さんに教えてもらった学生も、「休みなんていらない」というほど楽しく、意欲的に働くようになりますよ。RUNの学生や卒業生は、みんなそうなります。

マスター だったら、会計教育は、最強の福利厚生だね。だって、最も根本的なところで仕事のやりがいを作り、調和を生み出し、お客様に尽くして利益が増えていくんだから。

麻衣 やっぱり、経営者の立場から見ても、RUNの勉強はすごいんですか?

マスター すごすぎる。というより、純一さんは、なぜここまで複雑で透明で分かりにくいことを、君たちのような、実務経験がない若者にこうも深く説明できるのか、と思ってたんだ。

美里 あたしもそれが不思議で、質問してみたら、「僕は小卒だから」って言ってました。「学校に行かなかったから、バカにならずに助かって、ウイルスにも洗脳されずに済んだ」って。

麻衣 でも、あの人は英語、韓国語、マレー語、インドネシア語が話せて、フランス語、ドイツ語、ロシア語、タイ語も読める。古典やPCも詳しいし、営業や会計、経済思想には特に強い。

しかも、博覧強記な上に、文章もスピーチも商売もうまい。まるでサイボーグみたい。

マスター だから、あらゆる現象を、即座に、しかもシンプルな例で翻訳できるんだろうね。

これは君たち、内定のもらいすぎに注意しないといけないよ。社長が行列を作るだろう。

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◆第30話「墜落」

(絵里、羽田空港に到着)

絵里 …朝からいきなり、JTBの不採用通知が来るなんて…。ついてないな。

でも、あんな面接官に会えば、誰でも落ちるのが当然よ。あたしが悪いんじゃない。

さぁ、今日は気分転換して、東京を楽しむぞ!

(絵里、モノレールで浜松町に向かう)

絵里 ついに来ちゃったぁ~!憧れのJAL!

エントリーシートの写真もバッチリ。この前は、スピード写真にしてはよく撮れてたけど、やっぱり、スタジオ写真は違うわぁ!この立ち方。手の組み方。笑顔。文句なしってのはこのコトよ。

JALのCAは女の憧れ。競争率も高いけど、絶対に受かってみせるわ!

(絵里、会場に到着)

絵里 な、なに…。この人の数は?もしかして、全員、就活生?

何よ!あの人。スタイルいいわね。けど、マスカラがちょっと合ってないんじゃない?

あ、あの人、松嶋菜々子みたい!細いわぁ~!でも、足はあたしも、いい勝負じゃない?

あっちの、帰っていってるらしい人たちは何?もしかして、面接が終わった人たち?

冗談じゃないわ。まるで健康診断じゃない、これ。こんなにどんどん出てくるワケ?

よし、あたしも気合入れて行くぞ~!

(絵里の順番が来る)

絵里 よし、次はあたしだ!神様、あたしに幸せを下さい!お願いします!

「コンコン」。

面接官 どうぞ。

絵里 (スラリと立って、華麗にドアを閉めるのよ!)

面接官 こんにちは。

絵里 こんにちは。

面接官 尾崎絵里さんですね。では、一分間で自己PRをお願いします。

絵里 (な、何よ?いきなり?よ~し!)

はい、わたくしは「野山に咲く一輪の花のような存在だね」とよく言われます。

なぜそうなのかと申しますと、わたくしは静かな場所や目立たない場所でも、場の雰囲気を明るく盛り上げる力を持っているからです。

そんなわたくしの長所は「真心溢れる思いやり」です。

理由は、相手が悩んでいたり、困っていたりするのを見ると、放っておけなくて色々質問し、相手の表情を察して、言われる前に適切な言葉や手助けを提供することができるからです。

しかし、思いやりが過ぎて、つい、サービスが行き過ぎてしまうこともあります。これがわたくしの短所だと自覚しております。

御社に入社いたしました暁には、持ち前の好奇心とチャレンジ精神を発揮していかさせていただきたいと思っております。以上がわたくしの自己PRでございます。

(よっし、完璧!今までの練習と比べると、五十秒くらいかな?ちょっと早口だったかも?)

面接官 …。

絵里 (な、何なの?もしかして、あたしの自己PRに、感動しちゃったりしてるワケ?)

面接官 「いかさせて」?

絵里 は、はい…。(何?何なの?)

面接官 僕が君に「今日は札幌に出張に行ってくれ」って行ったら、君はどう答える?

絵里 あ、はい、「わたくしは、喜んで、札幌に行かさせていただきます」とお答えします。

(よっしゃ!サービス精神まで織り込めたわ!)

面接官 「行かせて」じゃないの?

絵里 (な、何ですって~!)…。

面接官 ま、いいや。で、「野山に咲く一輪の花」ね。

絵里 はい、よく言われます。(すぐに笑顔を取り戻さなきゃ!)

面接官 ふ~ん…。文学好きの友達なんかが多いの?

絵里 あ、はい。多いです。(よっし、ポイントアップ!)

面接官 で、「いかさせて」ねぇ…。花と呼んでくれる友達はいるけど、言葉の間違いを正してくれる友達はいないんだね。

絵里 (何よ?さっきの質問、終わったんじゃなかったの?)

面接官 以上で面接を終わらせていただきます。お疲れ様でした。帰りはお気を付けて。

絵里 は、はい…。(ちょっとちょっと!コレってど~ゆ~コトなのよ!まだ三分もたってない!)

あの、もう終わりですか?

面接官 ご苦労様でした。

絵里 結果はいつ、お知らせいただけるんでしょうか?

面接官 おっ!ちゃんと「お知らせいただける」って言えたね。

絵里 (く、くそぉ~っ!)

面接官 二時間以内に受験番号を掲載します。当社ホームページでご確認下さい。

絵里 はい…。(二時間以内ですって?じゃ、さっき帰ってた人たちは、もう結果出てるワケ?)

どうもありがとうございました…。

面接官 はい、では、次の方、どうぞ!

(絵里、退室…)

学生 ねぇねぇ、面接受けてきたの?

絵里 え?あ、あたし?

学生 うん、そう。

絵里 受けてきたよ。

学生 どうだった?何聞かれた?志望動機聞かれた?自己PR聞かれた?

絵里 …あのね、言葉遣いがすっごく大事よ!特に敬語。

学生 へぇ、やっぱり敬語が大事なんだ?先輩も言ってた。で、どの言葉だったの?

絵里 あたし、緊張してさ、「行かせて」っていう尊敬語を「行かさせて」って言ってしまったの。

学生 …。

絵里 だから、間違えないように気を付けてね。(あたしって、なんて優しいんだろ)

学生 …それってさぁ、「謙譲語」じゃないの?

絵里 (な、何よ!人が親切に教えてやったのに!)…あ、そうね。謙譲語って言おうとしたの。

学生 じゃ、またね。

絵里 うん。(また?またって、いつ会うのよ?)

(絵里、ビルを出て喫茶店に向かう)

絵里 面接から一時間くらいかな…。もう結果出てるかな?

(絵里、携帯からインターネットに接続)

出てないや…。

それにしても、「行かせて」と「行かさせて」なんて、たった「さ」一つの違いじゃない?どうしてあそこまでこだわるわけ?しかも、三分もたってないのに終わるなんて、なんて面接官なの!

もし、これで落ちてたら、どうしよう?でもさ、自己PRだけで落とすなんて、ありえない。あ~あ、あの写真、一万五千円もかかったのに、受かってなかったら損だなぁ…。

そう言えば、美里も今週、面接って言ってたっけ。あのコが受かるわけないわ。だって、こんな時期にRUNなんかに入ってるんだから。あんなに怒りっぽい学生が、受かるわけない。

それにしても、こんなに早く終わるなんて…。せっかく東京まで来たのに。せっかくだから、表参道にでも行こうかなぁ。友達に自慢できるし、最先端のファッションも見れるし。

(絵里、表参道に向かう電車の中)

絵里 結果出てるかなぁ…。見てみようっと。…あ、更新されてる!えっと、あたしの番号は…。よしよし、近付いてきた。次の次のページくらいかな?

…えっ?ウソ?な、ない!あたしの番号がない!あんなに練習した自己PRだったのに、あたしの番号がない!

…これって、もしかして、ひらがな一文字で落とされたってこと?ウソ?ありえない!

てか、あの面接官のムチャ振りが悪いのよ。たった一つの文字の間違いをあんなにしつこく聞くなんて、あれも一種の圧迫じゃないの?

あたしって、なんて面接運に恵まれないんだろ。野山に咲く一輪の花のあたしが…。

あぁ…。なんか、表参道見て回る気力がなくなっちゃったなぁ…。

(絵里、東京の町に消える)

(美里、福岡でパソナの一次面接)

面接官 エントリーシートを見ると、熱中した活動に、「起業・取材サークルRUN」って書いてありますね。

美里 はい。今年の秋から所属しているサークルです。

面接官 三年生の秋からねぇ…。じゃあ、まだ半年くらいかな?

美里 はい、入部して五ヶ月になります。

面接官 こんな時期からサークルに入るなんて、珍しいね。

美里 はい。確かに活動期間は短いですが、私はこの活動を卒業までやり抜こうと誓っています。

期間は短くても、私の目標達成への意欲をお伝えする最高の話題だと思っているので、サークルについて書きました。

面接官 なるほどね。あなたは、すごく積極的な性格のようですね。

美里 はい。人材業界は今、一種の風評被害に遭っていると考えています。もちろん私も、一連の事件については、将来の業界人の一人として、人一倍責任を感じています。

しかし、私がこの業界に関連する事件の根本原因だと感じているのは、業界の若さです。私の年齢で言えることではないと承知していますが、まだ、日本社会に慣れていないと思っています。

ならば、将来、人材業界にはどういう人材が必要になるかと考えたところ、御社も含めて、まず、業界自体の信頼と期待を高められるような、使命感溢れる人材こそ、待望されていると確信しました。

面接官 そうなんです、確かに悪い業者はいるけど、我々は日本の労働力を担ってるんですよ。

美里 私は、労働力人口の低下に際して、すぐに主婦の労働を考えたり、女性の社会進出を表面的に捉えたり、定年退職の期限を引き延ばしたり、外国人労働者の導入を考えたりするのは、本末転倒だと考えています。たとえニーズがあろうと、私はやりたくありません。

面接官 ほう、どうしてですか?

美里 私は、多くの日本人が、「働く」という言葉に対して、「お金をもらうこと」という基準を第一に連想することが、とても大きな問題と感じています。

もちろんお金を頂くことは不可欠ですが、それ以前に「関わる方々の問題を解決する営み」だと捉える必要があります。

相手の喜びを基準にするか、自分の喜びを基準にするかで、仕事のやりがいと成果は大きく違ってきます。私は、日本人にはまだまだ潜在能力があると信じています。

ですから、日本人のすごさを内外に証明できる業界として、人材業界の本領発揮が待望されています。そうしてこそ、他の分野の方々にも、喜んでいただける新規事業が作れます。

面接官 そこまで本質的に、しかも堂々と我々の業界の役割を断言してもらえると、すごく気持ちがいいですね。なんだか嬉しくなってきました。私はすごい業界で働いてるんですね。

美里 「自分はどんなにすごい仕事をしているのか」と、まず、そこで働いている人が自覚することが、良いサービスの必須条件だと思います。

面接官 いやいや、それはサービス以前に、わが社の研修でも、そう教えたいくらいですよ。じゃあ、二次面接はいつにしましょうか?

美里 えっ?二次って…?

面接官 一次は合格です。本当は三日後ですけど、あなたは上司に確認する必要がないので。

美里 え、そうなんですか?ありがとうございます!

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◆第31話「コンサルティング面接」

(麻衣、亘、森中、竹川、喫茶店で歓談中)

亘 美里のやつ、遅いな。そろそろ来るはずなのに。

森中 面接が盛り上がってんじゃないの?

亘 えっ?

竹川 RUNじゃ、よくあるんだ。面接官が身を乗り出して、「もっと聞かせてくれ」ってのが。

麻衣 どういうことですか?

竹川 そっか、麻衣ちゃんはまだ面接受けてないから、実感湧かないかもしれないけど、面接官が勝手にしゃべりだして、いつの間にか合格してるんだよ。この後の面接で分かるだろう。

麻衣 そんなことが…?

竹川 僕も、墨信の最終面接で、何もしゃべらなかったもんね。

ただ、信託業務と日本の金融の使命を話したら、あとは面接官が勝手にしゃべりだして、なぜか、「竹川君!君は本当に素晴らしい!」ってずっと言ってたんだ。もっとも、二次から既にそんな感じだったんだけど。

森中 オレも、タナカ経営の最終面接で、社長じきじきにコンサルの極意を教えてもらったよ。

亘 …なんだか、オレの経験した面接とは違うみたいだね。

竹川 いや、みんな同じだよ。ただ、受け止め方が違うだけなんだ。

麻衣 私もそんな風に、やれるんでしょうか?あと二時間後くらいなんですが…。

森中 絶~っ対、大丈夫!面接なんて、ただおしゃべりしてくるだけだから。ここで今、こうしてしゃべってるように。

竹川 まさにそうだね。RUNの「スピーチ塾」だけは、しっかり勉強してた方がいいけど。でも、一回面接を受けてから、さらに読み返すと、そこからがホントに勉強になるよ。

(美里、来店)

美里 お待たせ!

亘 案外遅かったな。

麻衣 面接、どうだった?

美里 それがさ、めっちゃ楽しくってさ!「こんなのでいいの?」って思っちゃった。

竹川 だよね。面接って、めっちゃ楽しいし、勉強になるよね。

美里 しかも、あたし、その場で合格って言われて、二次も来週受けることになったんです。

亘 それはすごいね。あんまりないことだよ。

麻衣 どんな面接だったの?

美里 う~ん…。そうね。ただ、おしゃべりしてきただけ、って感じかな。

麻衣 何を聞かれたの?

美里 えっ?何聞かれたっけ…。いや、質問ってより、おしゃべりだったよ、ほんと。

森中 麻衣ちゃん、「何を聞かれたの?」よりも「どういう心構えで臨んだの?」って聞かなきゃ。

麻衣 あはは、そうでしたね。

竹川 質問のシミュレーションなんて、対策にもならないからね。そんなのは、働きに行ってるんじゃなくて、内定しに行ってるだけだよ。

麻衣 そうでしたね。まだまだ修行が足りませんでした。

美里 あたしでもその場で通過って言われたんだから、麻衣なら絶対大丈夫よ。

森中 RUNじゃ、あと二ヶ月もすると、みんなが内定辞退で悩みだすよ。

竹川 そうそう。辞退、マジ悩むよね。僕も、三日連続で内定もらった時は、大変だった。

美里 三日連続?

竹川 …てか、たまたまそういう日程だったんだけど、「今日決めてくれる?」、「いつまでに返事もらえる?」ってめっちゃ迫られてさぁ…。

森中 純一さんは、最初の仕事を辞める前に、既に13社から「ウチに来てくれ」って言われてたらしいからね。「断るのは、不採用より難しい」って言ってたけど、オレもそう思うよ。

竹川 今年は「辞退塾」でもあるんじゃないかな?だって、けっこう深刻な問題だから。

麻衣 13社…。

森中 でも、絶対に就職だけはしたくないんだって。したら、収入が十分の一になるらしい。

竹川 「どうして僕が三日でできる仕事に、一ヶ月もかけないといけないんだ」って言ってた。

美里 RUNは別世界ですよね、ほんと。他の学生は、みんな暗くて、小手先ばっかりでした。

森中 純一さんも、「暗い学生に感謝しろ。君を引き立ててくれる脇役だから。しかし、やる気のある学生は、見捨てずに全力で救いなさい」って言ってたっけ。

亘 レベルが違いすぎるね、ほんと。オレの去年の悩みが、バカバカしくなってくるよ。

森中 でもさ、プライドの高いヤツは、落ちれば落ちるほど意地張って、引きこもるよね。

亘 まさに、RUNに来る前のオレが、そんな感じだったよ。いや、見学時まで、そうだった。

竹川 けどさ、職業観と会計センスがどれだけ大事か、今ははっきり分かるよね?

亘 はっきりとね。模擬面接で対策してると思ってた自分が恐ろしくなる。就活でさえここまでなのに、営業も会計もやるなんて、一体、どこまで周囲の学生に差を付けるつもりなんだ。

森中 純一さんは、「周囲は無視して、偉人と比べよう」と言ってる。浅い虚栄心や優越感は、身を滅ぼす元だからね。それよりいつも、偉人を心に抱き、謙虚に、大胆に生きるんだ。

麻衣 …あの、私、そろそろ面接に行ってきます。

竹川 そうだね。早めに行ってた方がいいよ。場所間違えることもあるし。

美里 あんたなら、絶対に大丈夫よ!

亘 自信を持って、正々堂々と行ってこいよ。麻衣を落とす面接官なんて、いないよ。

麻衣 はい、どうもありがとうございます。じゃあ、行ってきます。

(麻衣、面接会場に向かう)

麻衣 今日は福岡リースの一次面接。自分を信じて、正々堂々と臨もう!

「コンコン」。

面接官 はい、どうぞ。

麻衣 失礼いたします。

面接官 …えっと、九州学院大学の、小月麻衣さんですね。

麻衣 はい。本日はどうぞ、よろしくお願いいたします。

面接官 今日は一次面接ですから、基本的なことを聞きたいと思ってるんですが、まず、リースって仕事は、どうやって知ったんですか?

麻衣 はい、行きつけの喫茶店にあるレジスターのことを、店長さんに教えて頂いたのがきっかけです。

面接官 …喫茶店で?どういうことですか?

麻衣 そのお店は、開業して五年ほどの小さなお店なのですが、店長さんが客単価や売れ筋商品を把握したいと思って、レジスターの買い替えを考えていたんです。

面接官 …ほう。

麻衣 しかし、店長さんが目星を付けた機械は、30万円もする高価な設備でした。

予算は高くても20万円と見込んでいたのに、10万円も超過していて、これでは、広告と調度品に回そうと思っていた五万円も出せないどころか、負債を背負うことになると、悩んでたんです。

面接官 …なるほどね。それで?

麻衣 そこに、自分で会社を経営しておられる社長さんが、ちょうどお客さんとしていらっしゃったんですけど、店長に「開業三年を経過したなら、リースはどうですか?」と提案されたそうです。

30万円のレジスターを二十四ヶ月契約で据え付ければ、利息や保守費用も含めて、月額およそ、15,000円以下で最新の機能を導入することができます。

しかも、当初予算は20万円ですから、15,000円を契約月のリース代に充てても、まだ、185,000円残ります。そうすると、人材や内装にも、もっと力を入れられます。

この一連の仕組みを理解した時、「なんてすごい貢献ができる仕事なんだ」と感動したんです。

面接官 …あなた、本当に面接、初めてなんですか?

麻衣 はい。今日が初めてです。

面接官 私は十年近く新卒採用をやってきて、あなたのように最初からそこまで、リースの仕事を理解してる学生さんなんて、一人しか会ったことはありませんよ。

麻衣 はい…。ありがとうございます。

面接官 一昨年、ある学生さんが面接に来たんですが、会って10分で内定を決めました。もちろん、そうは言わなかったけど、人事部長も営業部長も、「絶対に採れ」って言ったくらいでした。

結局、その学生さんは、他にもたくさんの内定をもらって、最後は野村グループのベンチャーキャピタルに行って、そこで、会社始まって以来の、新人では記録的な成績を出したらしいです。

そうだね…確か、RUNっていうサークルに入ってるとか言ってましたよ。

麻衣 あ、あの…。私もそのサークルに入っています。

面接官 ええっ?そうなんですか?じゃあ、そのサークルは、本当にすごいですね。

麻衣 はい、とても勉強になるサークルです。

面接官 あの、ちょっと聞きたいんですけど、学生にリース業界に興味を持ってもらうには、どういう伝え方をすればいいと思いますか?

当社は一応、金融業界に属してはいますが、銀行や証券、保険に比べると、すごく知名度も低いし、母集団の時点でなかなか集まらないので、ちょっと困ってるんですよ。

麻衣 「リース業界の魅力の伝え方」、ですね…。

面接官 うん、そう。今日の面接は通過ですから、よかったら、それを教えてもらえませんか?

麻衣 はい…。そうですね、学生は一般的に、「リース」といっても、仕組みには興味はないと思います。それに、元々なじみもありませんし、学生は「知らないもの=危ない」と考えがちです。

面接官 …そうなんですか。じゃあ、困りますね。

麻衣 いえ、そうじゃないんです。ここで相手の視点に立てば、他にもアイデアが出てきます。

学生はメジャーなもの、大きなもの、マスコミで扱われるものが好きです。だって、知名度や「テレビで見た」くらいで、志望業界を決める学生もいるくらいなんですから。

ですから、例えば豪華客船や、球場や、飛行機を前面に打ち出してはいかがでしょう?「世界一周旅行の船も、人気球団の球場も、憧れの飛行機も、実は全部リースだった」というふうに。

面接官 なるほど!素晴らしいね!全然思いつきませんでしたよ。

麻衣 そうしたら、学生は有名なものに価値があると思っていますから、リースにも興味を持つと思います。電通を受ける学生の志望動機が、ほとんどミーハー的なのと同じです。

面接官 …あなたは、おとなしくて上品な印象なのに、本当に鋭いセンスをお持ちですね。

麻衣 いえ、こういうことは、サークルで学ぶ基本的なことなので…。

まあ、ただの「集め方」のアイデアですから、こうして集まった学生が良い学生とは限りませんが…。ミーハーって、基本的に、やる気がない学生が多いので、そこは注意が必要だと思います。

面接官 なるほどね。で、リース会社は、当社以外にどこか受けていますか?リースは第一志望ですか?

麻衣 いえ、リースは三番目に興味があります。私は、若者の職業教育に一番興味があるので、人材業界や教育業界を志望しています。

ですが、今日はリース業界の魅力を知って第一志望にするため、面接に参りました。

面接官 「魅力」って…。あなた、既にウチの社員よりも、リースの魅力を知ってますよ。

麻衣 あ、はい…。

面接官 ぜひ、当社を第一志望にして下さいね。聞きたいことがあったら、いつでもいらっしゃっていいですから。これ、私の名刺です。ネットじゃ分からないことがあれば、お電話下さい。

麻衣 はい…。どうもありがとうございます。

面接官 では、今日の面接は、これで終わります。我々が困っていることに適切な提案をいただいて、本当にありがとうございました。お話が斬新で、ついつい時間を忘れてすみません。

これは、忘れないうちにまとめて、専務に報告しなければ…。

麻衣 いえ、こちらこそ、ありがとうございます。

面接官 あ、それで、さっき言ったように、あなたはもう合格ですから、結果はお知らせしませんよ。二次面接の日程は、後日改めてお知らせします。

麻衣 はい、よろしくお願いします。

(麻衣、退室)

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◆第32話「無意識の成長」

(麻衣、面接会場を出る)

「ピピピ…」。

麻衣 あっ、メールだ。誰かしら?…美里?「あたしたち、まだベローチェにいるよ」。

じゃ、行ってみよっかな。

(麻衣、ベローチェに向かう)

美里 お疲れ~!どうだった、面接?

麻衣 そうね…。

亘 難しかったのか?

麻衣 いえ、美里と同じで、私もその場で、通過って言われました…。

森中 ふぅ~!表情が落ち着いてたから、まさかって思ったじゃないか。

美里 もっと嬉しそうにしていいのよ。

麻衣 嬉しそうに、ね…。

竹川 どうしたの?何かあったの?

麻衣 いや、その…。私、どうして受かったか、分からないんです。志望動機も自己PRも、一応、考えるだけは考えてたんですけど、何も聞かれませんでした…。

亘 …なんて贅沢な悩みなんだ。受かった理由が分からないなんて。

森中 いや、フツーに話せば、誰でも受かるんだよ。なまじ、対策なんかするから駄目なんだ。覚えたことばっかり言おうとして、目の前の相手の気持ちが見えなくなるからね。

麻衣 なるほど。そう言われれば、確かにそうですね。

竹川 どんな質問だったの?

麻衣 えっ?いや、ただ…「レジの話」をしただけです。

森中 じゃあ、「レジを語らず、レジで語る」って感じで話したわけだ?それ、四年になったら「営業塾」で習う基礎だよ。

美里 「レジで語る」?

森中 そうさ。トップ営業マンは「商品を売る」んじゃなくて、「商品で売る」んだ。

どんな商品も、相手の可能性と相手への思いやりを伝え、表現する手段に過ぎないんだ。商品を自己目的化しないことが大切さ。バイトやゼミの話題を自己目的化しないように、ね。

美里 あっ!そ、それ、あたしが最初にRUNで聞いた「真の商品」の話です!麻衣、あんた、めっちゃすごいね!早速一次面接で、こんな高等テクニックを使うなんて。

麻衣 あ、いや…。でも、そう言われてみると、自然にそうしゃべってたかも。

森中 おまえはもう、受かっている。ピブー!

竹川 麻衣ちゃんも、RUNで「秘孔」を突かれちゃったね。純一さんは「北斗の拳」が好きだから、時々、ケンシロウ風のギャグを言うんだ。

麻衣 はぁ…。

森中 「七〇八ある経絡秘孔の一つ、伝統的職業観という秘孔を突いた。おまえの頭は、今から七秒後に、自動的に動き出す。その間に、今まで犯してきた過ちを悔いよ。おまえはもう、受かっている」ってね!

美里 それ、めっちゃ面白い!純一さんが、そんなこと言うなんて。

森中 でさ、秘孔を突かれた学生は、「ホントだ!て、てめぇ、何をした?なんだかいきなり、人生が楽しくなってきやがったじゃないか!お、おい、何とかしろ!あぁ、仕事って、なんて楽しいんだ…!日本って、なんてすごいんだ…!ひでぶっ!」ということになるのさ。

竹川 僕らは「スラムダンク」とか「幽々白書」の世代だけど、純一さんは「北斗の拳」とか「聖闘士星矢」の世代だからね。

森中 純一さんは12月生まれだから、聖闘士星矢で言うと、「カプリコーンのシュラ」だね。「地上の全てを断ち切る伝説の秘剣・エクスカリバー」の使い手だ。共産主義をぶった斬るんだ。

美里 ちょっと、マニアックすぎてついていけないけど、確かに、あたしも麻衣も、無意識のうちに言葉の使い方や仕事の受け止め方が変わってた、って感覚はあるね。

麻衣 そうね。何も質問された感じはしないのに、気付いたら受かってた。

美里 あたしも、パソナで「熱中したこと」にRUNのこと書いたんだけど、フツーは三年の秋に入ったサークルなんて、期間的にも有利とは思えないのに、あたし、自然に、「この時期からでもチャンスを掴む積極性を伝える材料だ」って感じでしゃべってた。

森中 あ~あ、こりゃ、大変なことになるよ。

麻衣 大変?

竹川 内定ラッシュ、ってことだよ。

美里 ラッシュ?

竹川 受かりすぎて、交通費が足りなくなる。受かりすぎて、断るのが辛くなる。受かりすぎて、スーツをもう一着買わないといけなくなる。受かりすぎって、ホントに苦しいんだ。

亘 …な、なんて非常識な言語空間なんだ。

麻衣 ホントだ。私たち、いつの間にか、考え方が変わってる…。

森中 いや、そうじゃない。変わったんじゃなくて、自分の頭で考えるようになったんだ。どんな現実も自分の心と頭で対処できるようになるから、就活対策は、もう不要なのさ。

美里 …伝統的職業観と会計センスって、めっちゃすごい…。あたしもすごさに気付かなかった。

竹川 歴史と古典は、さらに恐ろしいよ。就活だけで、RUNのすごさを語っちゃいけないよ。

麻衣 …なんだか、受かった理由が分かった気がします。でも、これからどうすれば?

森中 自分の心と頭で対処するからには、精神と頭脳を鍛え続けることだ。すなわち、就活も筋トレと同じなんだ。だから、「日々の素朴な生活を、元気に、誠実に生きる」のが対策さ。

竹川 そうそう。素朴なことほど、継続や発展が難しいからね。就活の時だけしかやらないような対策なら、しない方がマシさ。僕らは、そんな表面的な対策は、全力で拒絶する。

美里 なんだか、世間一般の学生たちが、とってもかわいそうに見えてきました…。

森中 よし、じゃあ、今日はいい知らせが二つ聞けたし、ここもそろそろ五時間になるから、今日は解散しよう!みんな、お疲れさん!

(一同、解散。それぞれ帰宅)

麻衣 私たち、ホントにすごいサークルに入っちゃったね。

美里 うん。あたし、最近、RUNに入る前に自分が何を考えてたのか、思い出せないの。

麻衣 私も。多分、考えてるつもりで、何も考えてなかったんだろうなぁ。ただ、感覚的に反応してただけ、って気がする。受験も就活も。

美里 日本中の若者がRUNで勉強したら、どれだけすごいことになるだろうね。

麻衣 美里…。実はね、私、最近、そのことばかり考えてるの。それで、就活に身が入らないの。

美里 えっ?どういうこと?

麻衣 私、純一さんの会社で働きたい。働けなくても、純一さんと仕事がしたい。

美里 麻衣…。

麻衣 でも、サークルや、その顧問の社長さんの会社で働くなんて、非現実的な夢よね。

美里 う~ん…。いきなり聞いたから、あたしはすぐには、何とも答えられないけど…。

麻衣 私、最近、日本の職業教育のことばっかり考えてて、SPIにも集中できないの。実は先週も、純一さんに薦めてもらった本を、20冊も買ったばかりなの。

美里 へぇ、そこまでやってたんだね。

麻衣 今までの私なら、絶対に自分では買わない本ばかりだった。というより、存在さえ知らなかった。

でも、森中さんや竹川さんみたいに、堂々としていて優しく、謙虚で自信溢れる先輩たちが言うことが、純一さんに教えてもらった本を読むたびに、納得できていくの。

美里 あの人、あの若さで、既に自宅に7,000冊も本があるからね。教授以上じゃん。

麻衣 「大東亜戦争とスターリンの謀略」、「閉された言語空間」、「日本を思ふ」、「正義の喪失」、「共産主義批判の常識」、「論語と算盤」、「春宵十話」、「兄小林秀雄との対話」、「青年の思索のために」、「昭和の精神史」、「時局と自由主義」、「パール判事の日本無罪論」、「隷属への道」、「正統とは何か」…。

読めば読むほど、その一貫性と歴史の事実の恐ろしさに、目を覆うばかりよ。まだ全部読んだわけじゃないけど、就活本なんかより、何十倍もすごい。私、他の本が読めなくなりそう。

美里 確かに、RUNで紹介される本を読んでると、大学の教科書が薄っぺらに思えるよね。

麻衣 私が一番印象に残ったのは、純一さんに借りた、竹山道雄さんの「白磁の杯」よ。

美里 ハクジノハイ?

麻衣 うん。恋愛小説なの。でも、実はそうじゃない。あの小説は、未来の日本を暗示してるような、空恐ろしい物語だった。私、「これってまさか、学生の就活じゃ?」と怖くなっちゃった。

美里 あたしも読んでみたいな、それ。

麻衣 それがね、ネットで探したけど、もう、全国どこの古本屋にも、在庫がないの。だから、私が読み終わった後、純一さんに頼んで借りたらいいよ。

美里 こんなにすごい本を就活中に読める勉強の場は、日本でRUNの他にないね。じゃ、あたし、あっちだから。また色々話そうね。

麻衣 うん。今日はいろいろありがとう。お互い、就活、頑張ろうね。

(二人、別れてそれぞれ帰宅)

「ピピピ…」。

麻衣 あ、メールだ。誰だろ?…絵里?

「JTBに続いてJALも不採用だったヨ。ちなみに、今回も圧迫だったヨ。サイテー!!!
今どこ?ぁんま遅くならないから、話きーてもらえないカナ?
ちなみにぁたしは、今天神。ビブレをウロウロしてるトコ」

絵里…。やっぱり落ちたんだ。心配してた通りだった。私が何か力になれれば、絵里もまだチャンスを掴めるはず。よし、応援しに行こう!

「了解。あたしもちょーど、天神に向かってたとこなの。
二十分でコアに着くから、近くに来たらメールするね」

よし。なんだか、面接より緊張するなぁ…。

(二人、天神の喫茶店で落ち合う)

絵里 あ~あ、マジありえん!二社とも一次で撃沈なんて。だいたい、面接官が最悪なのよ。

麻衣 そうね。確かに、相性が合わない人だったのかもしれないね。

絵里 てかさ、志望企業選べるなら、面接官も選べてよくない?フツーにそう思うんだけど。

麻衣 それは…。どうだろうね。

絵里 だってさぁ、あたしはCAよ?だったら、CAの人が面接するのがフツーじゃん?

麻衣 でも、飛行機は、客室乗務員の努力だけで飛んでるんじゃないからね。

絵里 けどさ、麻衣、人事部長とか社長とかに、一体、何の仕事が分かるワケ?現場にもいないし、涼しいオフィスの中でパソコンいじって、下の人をこき使ってるだけなのに。

(麻衣 あぁ…。これはまさに、幸徳秋水の「社会主義真髄」の言葉と完全に重なる)

それにさ、敬語の使い方、しかもひらがな一つの差で落とすなんて、マジ許せない!

麻衣 …それは確かに小さなことかもしれないけど、言葉遣いで日頃の人間関係が分かる、って考えたらどうかな?CAは毎日、数百人の人とあいさつをかわすんだから。

絵里 何よ?あたしの人間関係は頭悪い友達ばっかり、ってこと?あんたもその一人なのに。あたしだって、色々な人と出会って勉強していきたいって志望動機を用意してたのよ。

(麻衣 あぁ…。「出会う」と「すれ違う」の区別が付いてない…。なんて唯物的な発想なの)

もういい、こうなれば、グランドスタッフしかないわ!あれなら、小さめの航空会社も募集してるし、まだ間に合うかも。それに、ANAもある。国際線なら、最近拡充してるし!

麻衣 英語生かしたいなら、外国の航空会社は受けないの?

絵里 は?あたしはJALかANAがいいの。外国のとか、得体も知れないし、倒産しそう。

麻衣 …絵里、今日はちょっと、深く話していいかな?

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◆第33話「深い溝」

麻衣 絵里、あなたには会社や仕事が見えてるの?

絵里 何よ、あんた。見えてるに決まってるじゃない。あたしが就職ナビめっちゃ登録してるの、知ってるでしょ?

それに、エントリーだって200社してるのよ。あんたより早い時から。てかさ、だいたいあんた、何社エントリーしてるの?

麻衣 8社だけど。

絵里 は、8社?それ、マジありえないよ!信じらんない!初めて聞いた、そんな少ない人。

麻衣 RUNでは過去五年で、3社とか5社の先輩もたくさんいたんだってよ。

絵里 はぁ~?そのサークル、マジおかしいよ!てか、それ危ない!やめた方がいいって!

麻衣 そうかなぁ…。私は、100社も200社もエントリーして、それでも苦しんでる学生が多い就活サークルの方が、よっぽど危ないと思うけど。

絵里 何よ、それ?あたしのこと?いわゆる当てこすりってヤツ?

麻衣 違うよ。で、さっき、「見えてる」って言ったけど、何がどう見えてるの?

絵里 はぁ?だから、会社とか仕事がちゃんと見えてるんだって。

麻衣 どうしてそう言えるの?

絵里 …もう、ややこしいなぁ。だから、あたしはめっちゃ情報収集してるから、見えてるの。

麻衣 「情報」か…。じゃあ、絵里にとって情報って何?

絵里 あんた、そんなこと考えたってイミないじゃん?情報は情報よ。

(麻衣 あぁ、なんて話が通じないの。純一さんなら、どうやってアプローチするんだろ)

あんたさ、もしかして、一次通過したからって、勝ち誇ってるワケ?

麻衣 「勝ち誇る」?どうして、面接を通過したくらいで、勝ち誇らないといけないの?

絵里 「通過したくらい」ね…。それが勝ち誇ってるって言ってるの!

(麻衣 また来た…絵里のヒステリーが。どうしてこんなに、被害妄想にまみれてるんだろ…)

あんたさ、面接どうだったのよ?面接官、どんな人だった?

麻衣 面接官?別に、フツーに話しただけだけど。

絵里 ほら、ほら!やっぱ、ラッキーだったんだ。面接官が優しいなら、受かって当然よ。あたしは2社とも「圧迫」よ?

めっちゃきつかったんだから。あれだったら、あんたも絶対落ちてるって。

あんたより早く準備してきたあたしが、悪い面接官に会って運悪く落とされて、あたしより全然対策してないあんたが、優しい面接官に会って運良く受かって…。

あぁ、やっぱ、世の中って「格差社会」だわ、ほんと…。それにしても、まさか、学生時代から格差社会なんて。やっぱ、就職課のガイダンスで聞いたとおりね。

麻衣 格差なんて大げさよ。こんなのは、格差じゃない。

絵里 あんた、何言ってるのよ?これが格差じゃなくて、何が格差なワケ?頑張ってる人が泣きを見て、頑張ってない人が笑ってる。マジムカつくんだって。

てか、JALの面接でも思ったんだけど、確かにかわいい子も多かったわ。生まれつきかわいい人もいたと思う。けど、あたしが、スタイルの維持にどれだけ頑張ったか分かってんの?

面接官なんて、どうせエロオヤジだから、顔とか胸とか足で選んでんのよ、きっと。いや、絶対そうね。てか、去年もあったじゃん?立場を利用して、女子大生にセクハラしたっていう銀行が。

麻衣 そういう面接官は確かに最低だと思うけど、世の中全部がそうだってことはないよ。

絵里 いや、あんたは甘すぎよ。男なんて、どうせ腹の中じゃ、体しか見てないんだから。

麻衣 じゃあ、面接も水着で審査したら済むはずじゃないの?

(麻衣 どうして、こうもすぐに、話題がずれるの?感覚で話してるとしか思えない…あ、そうだ!)

絵里 でしょ?男が面接官だから悪いのよ。だいたい、面接の時点から差別なワケ。

麻衣 …絵里、ちょっと話は変わるけど、例えば、ほら、高校の時に中間とか期末テストがあったじゃない?

絵里 は?あったけど、それが何なの?

麻衣 例えば期末で、絵里がめっちゃ頑張って、五教科で合計490点を取ったとするね。

絵里 え?あたし、そんな点数取ったことないけど、ま、それでいいよ。で?

麻衣 その時のクラス平均は、300点だった。平均以下の人は20人いて、平均以上の人も20人いた。で、絵里たちトップ層の生徒は、たった5人しかいなかった。もちろんトップは絵里。

絵里 あたしがトップね…。それで、それで?

麻衣 その時、平均以下の人たちが団結して、先生に直訴しに行ったの。

「先生!どう考えても、トップ層は点数を取りすぎています。中でも、尾崎絵里は全員から点数を搾取しています。これはどう考えても不公平です。

トップ層が点数を取りすぎなければ、僕らももっと取れていたはずです。ですから、トップ層の300点を超えた部分から点数を剥奪し、平均以下の僕らに公平に配分するべきだと思います。それが真の平等です」って。

絵里 ほう…。

麻衣 もし絵里なら、この時、何て答える?

絵里 そうね、あたしなら、公平に配分してあげるわ。

(麻衣 な、何ですって?信じられない…)

麻衣 どうして?どうしてそう考えるの?

絵里 だって、あたしは頭いいから、いくらでも点数稼げるもん。それに、恵まれない人の不満は、やっぱり理解してあげるべきじゃないの?

(麻衣 どうして、想像の中では聖人君子に豹変するの?まるでマルクスのユートピアだわ)

麻衣 …でも、恵まれないからって簡単に点数を分けてあげたら、余計頑張らなくなって、学力が下がってしまうよ。絵里は、そっちの方がかわいそうだとは思わないの?

絵里 …そうね。そういう考え方もあるね。でも、やっぱ、取りすぎはいけないわ。

麻衣 絵里は「取りすぎ」が問題だと思ってるわけ?それ以前に、努力の成果を取られて、悔しくないわけ?

絵里 だって、試験問題なんて、予測できないんだから。出題の仕方なんて、ほとんど偶然じゃない?あたしだって、数学がなかったら、筑大に受かってたはずなんだから。

(麻衣 あぁ…。また話がずれてる。どうしてこうも、集中力がないんだろ。テストの話題は例え話ってことが分からないの?それに、どうして、仮説の中ではいつも成功してるの?)

麻衣 じゃあ、絵里がJALとANAとJTBに受かって、その時に一社も内定してない人がいたら、絵里は分けてあげられるの?

絵里 当然じゃない。あたしは優しいから、JAL以外は分けてあげるよ。

麻衣 …それって、本当に優しいって言えるの?自分が本当に欲しいものだけは譲らないのに。絵里は、自分の努力の成果で勝ち取ったものを、怠けてきた人に、そんなに簡単に与えるの?

絵里 どうして?あんた、あたしみたいに優しく配分できないからって、ひがんでるワケ?

麻衣 違う。優しいというのは、自分が大切にしてるものを人にも与えるってことよ。いや、もっと言えば、相手の可能性を信じて、その成果に到達した方法を粘り強く教えてあげることよ。

絵里 いいや、努力なんて、自分でするものよ。甘やかすのは良くないわ。

(麻衣 なぜ?どうして今までの話の展開から、この論理になるわけ?さっき、点数や内定した会社を分けてあげるって言ったばかりなのに…。この人には、思考が存在しない!)

麻衣 …絵里にとって、仕事って何なの?

絵里 はぁ?だから、仕事は仕事。生活のための必要。遊ぶための手段。出会いの手段。

麻衣 絵里は与えることが好きなのよね?でも、努力は自分ですべきだと思ってるのよね?

絵里 そうよ。

麻衣 じゃあ、「人は得ることによって生活を作り、与えることによって人生を作る」って言葉を聞いて、どう思う?

絵里 は?もう一回言って?得ることによって…何て?

麻衣 人は得ることによって生活を作り、与えることによって人生を作る。

絵里 …与えることによって人生を、かぁ。ま、そうかもね。

(麻衣 やった!いけるかも!)

麻衣 じゃあ、絵里は今、就活で、資格、話題、待遇、条件、知名度、内定を得ようと思って頑張ってるよね。少なくとも、そういうものが受かる条件だと思って、頑張ってるよね?

絵里 そうだけど。

麻衣 つまり、「得ることによって、内定を目指す」って姿勢よね?

絵里 そうよ。それで、何が悪いの?

麻衣 絵里は、何かを与えようと思って就活に臨むのが大事だとは思わないの?

絵里 …何かを与える?なんで与えなきゃいけないのよ。働いてやるだけで十分じゃないの?

(麻衣 今度は丸っきり、「賃労働と資本」の発想だ…。「働いてやる」って何?二社とも三分以内で落ちて、どうしてこんな言い方ができるの?…共産主義って、なんて恐ろしいのかしら)

麻衣 だって、今、「与えることによって人生を作る」ってのに賛成してたじゃない。

絵里 あ、じゃあ撤回。与える前にはまず得なきゃ。じゃないと、内定もできないもん。

(麻衣 なぜ?なぜ?どうしてこんな展開になるの?)

だいたい何よ、その言葉?安っぽい自己啓発セミナーでも行ったワケ?

麻衣 違うよ。これはチャーチルの言葉なの。現代イギリスで最も尊敬されてる政治家の。

絵里 チャーチル?あぁ、確か教科書に出てきたよね。ま、チャーチルなら別だと思うけどさ。政治家だったら、そういうきれいごとも言わなきゃね。悪いことばっかりしてるんだから。

麻衣 絵里!絵里は「きれいごとでも、きれいだと信じたから大政治家になった」とは考えないの?どうして政治家や社長をそんなに嫌いなわけ?

絵里 じゃあ、あんたは好きなの?政治家とか社長って、悪い人ばっかりなのよ?だいたい、あんな権力や財産が、悪いことしないで作れると思う?正しいのは弱者だけよ。

麻衣 …弱者って何?

絵里 は?弱者って、恵まれない人よ。お金とか地位とか権力がない人。

(麻衣 あぁ、駄目だ…。完全にマルクス、エンゲルス、レーニンの発想とおんなじだ)

麻衣 違うよ。弱者って、法律や制度で守られない人よ。累進課税とか相続税で国家にいじめられているお金持ちこそ、弱者だわ。頑張ってるのにマスコミに叩かれる政治家も、弱者だわ。

絵里 麻衣、あんたおかしいよ?なんで金持ちが弱者なのよ?毎日遊んでるのに?

麻衣 確かに、お金や権力があるからって、それが正しいことにはならないわ。でも、お金や権力、地位、名誉がないからといって、正しいかと言われれば、それも違う。

絵里 …確かに100パーセント正しいとは言わないけど、悪人が多いのは金持ちよ。

麻衣 いいや。弱者や貧者の方が、間違ってる人は多い。

絵里 何よ、あんた、いつからそんな怖い考え方をするようになったわけ?危なくない?

麻衣 絵里が間違ってるからよ!絵里は自分がもらうことしか考えてない。自分が受かることしか考えてない。妄想の中では完璧な人間になるけど、実生活は嫉妬とミーハー根性ばかり。

夏から頑張ってきたとか言ってるけど、絵里は、マナーとかネイルとか、自分が受かるためのことしかやってないじゃない!小手先を磨いてきただけじゃない!欲にまみれてばかりで!

就活サークルとかに入ったって自慢してるけど、エントリーシート、面接、筆記の何が「就活」なわけ?そんなのはただの「手続き」よ!絵里は会社や仕事の本質を全く分かってない!

社会や人間に対する愛情もない!頭にあるのは、ただ「受かる」だけ。自分が受からなかったらビクビクして卑屈になって、受かったら途端に傲慢になる。何も与えようなんてしてない。

気にしてるのは、いつも「他人の結果」ばかり。本当に考えるべき創業者の思いや、お客さんの悩みなんて、何も考えてない。ただパンフレット見て、浅いところで理念に共感してるだけ。

お客さん、社員、株主、それに、そういう人に尽くそうと会社を作った社長のことを無視して、憎んで、軽蔑して、それでどうやって、まともな仕事ができるのよ!

あなたは東京で面接に行ったかもしれないけど、結局はタダの往復をしてきただけよ!会社とか仕事とか面接官を見てきたとか言ってるけど、自分が見たいように見てきただけよ!

あなたの頭と心は、コンプレックスと憎悪とミーハー根性にまみれてる!だから、何を見ても、何があっても、自分の偏見と優越感を満たすようにしか見えないの!

あなたには本当の現実なんて、見えてないの!そんなあなたに、自己分析や業界研究ができるわけがないわ!

…絵里は自分では、就活をやってると思ってるし、会社に行けばきれいごとまみれの志望動機も言うでしょう。でも、それはウソをついてるだけよ。内定したら忘れるんだから。

会社を騙して、お客さんを騙して、自分を騙して、気付かれないことに安心しているうちに、最後は自分がウソを付いたことも忘れて…。

いつまで「就活ごっこ」やってるの?もういい!絵里なんて知らない!

(麻衣、走って店を出る)

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◆第34話「女の友情」

(絵里、一人で喫茶店に残る)

絵里 …何なの?あたしはなんで、ここまで言われなきゃいけないの?あたしが「欲にまみれてる?」?「嘘つき」?「就活ごっこ」?

あの麻衣が…。あの、誠実で優しくて、誰に対しても決して分け隔てしない、男女誰からも信頼されてる麻衣が…。あたしが誰とケンカしても、いつもあたしを理解してくれた麻衣が…。

この人だけは信頼できる、この人だけはあたしを裏切らない、この人だけは卒業しても一生付き合いたいって思ってた麻衣が…。

あたしが「欲まみれ」で「嘘つき」で「就活ごっこ」をやってるって…。

あたしの試験の時は、いつもノートをコピーして、優しく教えてくれた麻衣。

最初はすまないと思ってノートを頼んでたのに、そのうちそれが当たり前と思っていたあたし。

コピーだけで帰ろうとしたあたしに、「一緒に勉強しよ?」って付き合ってくれた麻衣。

それに甘えて単位を取れたのに、お礼も言わず、友情にも答えなかったあたし。

あたしがフラれたときは、あたしを慰めようと、一生懸命本を探してくれた麻衣。よく当たる占いのお店を探して、一緒について来てくれて、励ましてくれた麻衣。

そんな大事な本を、ちょっとしか読まなかったのに、「面白かった」とメールしただけのあたし。

なのに麻衣は、こんなあたしに対して、いつも変わらず、優しく接してくれた…。

あたしは確かに勉強はできない。この大学だって「第二志望」や「滑り止め」とは言ってるけど、ホントは全力で勉強して、やっと受かった。

でも、麻衣は本当に入りたくて入ったって、素直に言ってた。麻衣だって、確かにものすごく点数がいいわけじゃないけど、でも、どんな秀才よりも、麻衣の判断はいつも正確だった。

麻衣はいつも、他の人のことを第一に考えてる。大言壮語も目立った行動もしないけど、いつも言葉と行動が一致してる。だからどんな人も、麻衣を抜きにしては決められない。

その麻衣が…。あたしだけじゃなく、誰もが信頼していて、大好きな麻衣が…。

あたしを欲まみれ、嘘つき、就活ごっこ…って言った。

あの優しくて思慮深い麻衣があんな言葉を言うなんて、聞いたことがない。考えたこともない。

だったら、あたしはかなり、麻衣を傷つけたのかもしれない…。

でも、あたしのどこが、どうおかしいんだろう?麻衣は何をあんなに、必死になってたんだろう?

…あぁ、マジ苦しい。JTBやJALに落とされたのもムカついたけど、麻衣にあんなに言われるなんて、会社に落とされたのとは比べ物にならない…。

あたしは悪いことをした。あの麻衣を怒らせるなんて、それこそありえない。

あぁ…。傷付けられるのが人生で一番嫌だと思ってたけど、友達を傷付けるのがこんなに苦しいなんて。

友達から優先されず、後回しにされるのが一番ムカつくと思ってたけど、友達の気持ちを全く考えなかったことに後から気付くのが、一番ムカつくなんて。

自分が幸せじゃないと、人を幸せになんてできないと思ってたけど、友達が傷付いたのを見て、自分だけが幸せな気持ちになるなんて、できない。

人に迷惑をかけなきゃ何でもしていいって思ってたけど、迷惑をかけて恩返しもできない方がもっと辛い。

いつも本心を隠して、強がって、見栄張って、人前じゃカッコつけるけど、家じゃ全く違うあたし。

学校じゃ、仲良しグループとファッションを褒め合ってるけど、家に帰ったら「ダサいんだって!似合ってないんだって!」とか平気で考えてたあたし。

人に助けられてばかりで、自分じゃ何もできないくせに、「一人で生きてきた」なんてカッコつけちゃ、偉そうに人生を語ってたあたし。

アイドルもファッションも、男も志望校も、授業も趣味も、いつも本当は、自分が本当に好きなものを選んできたことはなかったあたし。

いつも人の顔色をうかがって、仲間外れにされないように迎合してただけのあたし。

なのに、真剣に語り合える友達はできなくて、カラオケやライブ、ボーリング、エステの話題を借りて自分を表現してきただけのあたし。

テストじゃカンニングしはなかったけど、何よ?これ。これって人生丸ごと、カンニングで生きてるも同然じゃない?ってことは、何?あたしって、ただの泥棒じゃん?

「みんながそう思うこと」が正しいって思ってたけど、だいたい、「みんな」って誰?そんな人がいるの?「みんな」なんて、「みんなが思うのが正しい」と思ってる人たちの寄り合い所帯じゃない!

トイレも食堂も、雑貨屋も美容室も、いつもグループでしか行動できないあたし。

行きたくない時も、仲間外れになるのが嫌で、悪い噂を言われるのが嫌で、「いいよ、時間あるし」なんて言いながら、帰ってから自己嫌悪に陥ってたあたし。

あたしは友達の悪い噂ばかり言ってきたのに、麻衣は黙って聞いて、誰にも言わなかった。

あたしが髪型を変えて、誰にも気付かれなくてイライラした時も、麻衣だけは「かわいいね」って言ってくれた。あたしが無意識で間違えて持ってきたカバンまで、褒めてくれた。

…あぁ。あたしって何よ?あたしって一体何様なの?あたしって、ほんとバカじゃない!

で、今の就活はどう?あたしは相変わらず、カンニングで就活してる。またバカを繰り返そうとしてる。…ってことは、また、同じような辛い気持ちを味わう準備をしてるだけじゃない!

あぁ…。あたしは「誰にも迷惑かけてないし」とか言いながら、自分に一番迷惑な人間だった。

あたしは麻衣が言った通り、欲まみれで嘘つきの女。麻衣は就活ごっこって言ってたけど、あたしの大学生活、いや、人生そのものが「ごっこ」だったのかもしれない。

…それにしても、この気持ちは何?あれだけめっちゃ言われたのに、どうして嬉し涙が出るの?

あぁ…。麻衣に「危ない」なんて言ってしまったあたしって、ほんとにバカだ。できれば、時間が戻ってほしい。でも、この気付きまでは、戻って失ってしまいたくはない。

麻衣、麻衣は今、何を感じてるの?あぁ、麻衣に謝りたい。いや、それ以上に「ありがとう」って言いたい。そして、あたしの就活は、麻衣への恩返しにしたい。

でも、もうこんな時間。麻衣はもう家かな?あのコ実家だし、寝るの早いし。でも、メールか電話だけは、少しでもしときたい。でも、何て言えばいいの?

店員 …あの、お客様、当店は間もなく、閉店の時間となっております。

絵里 え?はい…。分かりました。

(絵里、店を出る)

絵里 あぁ…。やっぱり、勇気を出して電話しよう。まだ12時にはなってないし。

「プルルルルル…。プチッ。
エーユーお留守番サービスに接続します。こちらは、○・九・○…」

…出ない。もう寝たの?それとも、もう見放されたの?それとも、お風呂?

よし、じゃあ、メールを送ろう。

「麻衣、今日はホントにゴメン。ぁたしが悪かったよ。ぁれからお店に一人で残ってずっと考えたよ。色々。で、麻衣が心からぁたしのことを想ってくれたのを知って、涙が出てきちゃった。

ぁたしは入学してから麻衣に助けられっぱなしだったのに、ぁたしは何もしてぁげられなかった。麻衣に今までどれだけ助けられたかを考えてると、自分がすっごく悲しくなっちゃった。

麻衣、もぅあたしのこと見捨てた?麻衣に謝りたいよ。そして、ぁりがとぅって言いたいよ。それでさっき電話したけど、留守電だったから、メールしとくね。麻衣、ホントにぁりがとぅ」

よしっ、送信!

(絵里、地下鉄に向かう)

絵里 なんて長い一日だったのかしら…。それに、麻衣は今日面接だったのに。あたしって、なんて自分のことしか考えてなかったのかしら。麻衣、お願い、見捨てないで…。

まだメール来ないな…。やっぱり、もう、見限られたのかな…。こんなあたしだもん、見捨てられても仕方ないよ。でも、これで絶交になっても、あたしは陰でも麻衣を見守りたい。

(絵里、帰宅して部屋に荷物を置く)

絵里 あぁ…。やっぱり来ないな、メール。…もうダメだ。いつもフツーに会ってた友達の返事が、JTBやJALの結果より気になるなんて。

相手が今どんな気持ちでいるかを、就活よりも、こんなに真剣に考えるなんて。そう言えばあたしは、面接でも、相手の気持ちなんて全く考えてなかった。

それどころか、面接官に対して、すっごく失礼なことまで考えてた。あたしが準備してきたことを聞いてくれないって、めっちゃ不満タラタラだった。

でもさぁ…。あたしだって何よ?会社があたしのために準備してきたことだって、多くはないにしても、あったはずじゃない?あたし、それに対して何かしたの?

…何もしてないじゃない!相手の反応ばかり求めて、相手には何も反応してなかったじゃない!じゃあ、落ちて当たり前じゃない?てか、こんなの、「志望してる」とさえ言えないんじゃない?

…あたしは今まで、一体、何を考えてたのかしら?バカもバカよ。バカにもほどがある!本当はそうだと思ってないことを、あたかも長年そう思ってきたように見せかけて、それが何になるの?

一回しか言われたことがないことを、自分の定評のように巧妙にしゃべって、それが何になるの?

その時は燃えたけど、終わったらすぐに忘れたことを「熱中した」なんて言って、それが何になるの?

あたしは今まで、就活って、「自分の飾り方」だと思ってた。そう信じて疑わなかった。でも、何だかそれは違う気がする。そんなことより、虚飾や偽装をなくすことの方が、もっと大切。

あたしはメーカーや食品会社、証券会社、製紙会社は「偽装ばっかり」って思って軽蔑してたけど、あたしだって一緒じゃん?ただ犯罪じゃないってことだけでさ?

それに何よ?あたしはしきりに、「何かが足りない」、「何かが十分じゃない」って、とり憑かれたように焦って、周囲は全部敵だと思ってたけど、それは本当なの?

あたしが就活で何を得た?何も得てないじゃない。テクニックや情報を仕入れるほど図々しくなって、焦りも増えて、余計不安になって、そして二社続けて落ちて…。

今、あたしは分かった。あたしに大切なのは、「加えること」じゃなくて、エゴや見栄を捨てること。飾らない自分で臨むこと。小手先のテクニックなんて、もう頼らない!

あたしはJTBやJALの内定を失ったんじゃない。あたしは現実を見失ってたんだ。あたしの成長の機会を、自分で邪魔して奪ってたんだ。内定よりもっと大切な「素直さ」を失ってたんだ…。

あぁ…。人事のおじさん、あたしを不採用にしてくれて、ありがとうございます。

あたしは御社二社には落ちましたが、おかげで、「人生を切り拓く旅」への意欲と、その旅を成功させる「親友と素直さ」という飛行機を手に入れました。

あたしはJTBとJALで働くことはできませんが、就活という旅を力強く飛ぶことを、必ずやってみせます。このプレゼントは、内定よりもっと素敵です…。

「ピピピ…」。

ま、まさか、麻衣?…あぁ、麻衣だ、麻衣からメールが来た!

「絵里、メール読んだよ。もう寝てるかもしれないから、メールで返事しとくね。

あたしもあの後、絵里にひどいこと言っちゃったな、って涙が止まらなかった。でも、絵里からメールが来て、次は嬉しくて涙が止まらなかった。

絵里、ひどいこと言ってごめんね。許してね。あんなこと言ったの初めてだったし、絵里も言われたの初めてだったと思う。あたし、絵里が不採用で辛かったのに、それに共感することもしないで、偉そうに説教してた。ホントにごめんね。

あたし、これから絵里に合いそうな会社があったら、すぐ見つけて教えるね。絵里も一緒に頑張ろうね。

あたし、絵里のメール、即保護っちゃった!だって、採用通知より嬉しいから!このメールがある限り、あたしは何でも乗り越えられる。一緒に頑張ろうね。ずっとよろしく!」

ま、麻衣…。こんなあたしを…。本当にありがとう。

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◆第35話「無私と調和」

(絵里、就活サークルのセミナーに出席)

絵里 あの…。先輩、始まる前に、ちょっと話したいことが…。

先輩1 何?今度、面接受けるの?

絵里 いや、そうじゃなくて…。

先輩1 あ、JALの結果?どうだった?

絵里 いや、それは落ちたんですが、実は…。あの…今日限りで、辞めさせてもらおうと思ってるんです。

先輩1 な、何だって!サークルを辞める?この時期に?

先輩2 …お、おい、おまえ、今、何て言った?

先輩1 この時期に辞めるって。

先輩2 おい、どうしたんだ?おまえ、今がどんな時期か分かってるのか?就活は二月と三月が山場だ。毎週のように選考が立て込むから、ウチでも毎週、模擬面接をやるんだぞ。

先輩1 そうさ。それに、今週からは受かるエントリーシートの書き方だってやる。グループ面接の練習も始まるんだぞ。一人じゃできないだろ?

絵里 …あたし、ちょっと、人生を考えたいんです。自分をしっかり見つめたいんです。

先輩1 人生を考えたい?そんなの、内定してからでいいって!それに、自分を見つめるなら、ワークシートがあるから、それをやればいい。

絵里 ワークシートなんかより、本気の毎日で見えてくる自分を見つめたいんです。

先輩2 おまえは甘いぞ。今自分が何を言ってるのか、分かってるのか?おまえ、四季報も満足に読めないじゃないか。日経だって、購読してまだ二ヶ月だろ?

絵里 先輩こそ、今自分が何を言っているか、分かってるんですか?

先輩2 は?そりゃ、分かってるに決まってるだろ!

絵里 何が分かってるんですか?

先輩2 「自己PRと志望動機を制する者が、就活を制す」ってことを、だ。

(絵里 …バッカみたい!就活を制してどうなるのよ!仕事や人生は、それとは別だって言うの?)

先輩1 内定者のオレたちが言うんだから、間違いない。おまえさ、自己PR苦手だったよね?この前は「野山に咲く一輪の花」って言ってたけど、あれさ、おまえが帰った後、話してたんだ。

先輩2 そうそう、何だっけな…。あ、そうだ。「野山じゃ暗そうだから、花畑で一際目立つ花」って言ったほうが、場面設定からポジティブに訴えられていいんじゃないか、って。

絵里 …あたし、もう、そんなことどうでもいいんです。

先輩1 おい、どうしたんだ!おまえ、自己PRができなかったら、一次面接も突破できないってことを、あれほど言ったのに、忘れたのか?

絵里 あたし、もう、花じゃなくていいんです。雑草でも昆虫でもいい。ただ、誰かを応援して、引き立てることができれば、それでもいいんです。

先輩2 どうしたんだ?そんなに自信を失って?

絵里 は?あたしは自信を失ったんじゃありません。自信を得たんです。

先輩2 そんなに暗そうなのに、どこが「自信を得た」だよ?

絵里 暗そうだろうが何だろうが、あたしはもう、「自分がもらうこと」ばっかり考えて生きるのは嫌です。

先輩1 絵里…。おまえはどこまで甘いんだ。世の中は格差社会、これからはますます弱肉強食だぜ?

何があったか知らないが、おまえみたいに気分の浮き沈みの激しいヤツが、これからの時代に通用すると思ってるのか?

絵里 あたしは浮き沈みが悪いとは思ってません。それから逃げるのが、もう嫌になっただけです。もちろん、すぐには性格は変わらないと思いますが、それでも、しっかりやりたいんです。

先輩1 おまえね、適性検査の結果、覚えてんの?おまえの短所は、感情的な判断が多いことだっただろうが?

絵里 …どうして、適性検査の結果通りに生きなきゃならないんですか?

先輩1 …そ、それは。

絵里 長所とか短所とか言うけど、たった20年かそこらで、固まってしまうものなんですか!

先輩2 違う。オレらが言いたいのは、そういう抽象的なことじゃなくて、面接で伝えるべき長所と短所、ってことだ。要するに、具体的な長所と短所だ。

絵里 ふん。「具体的」ですって?だからあたしは、そういうコセコセした態度で生きるのが、もう嫌だって言ってるんですよ!適性だって、自分で作っていきたいと思ってるんです!

先輩1 …おい、絵里、気付かないか?また出てきたぞ?おまえの短所が。今おまえは、感情的になって自分を見失ってるじゃないか。それがいけない、って言ってるんだ。

先輩2 そうそう。オレらはこれから、そういう短所で落ちないような、うまい短所の伝え方を教えてやろう、って言ってるんだ。そのサークルを、おまえは辞めようと言ってるんだぞ?

絵里 「伝え方」?バカバカしいにもほどがあるわ!どうして隠さなきゃいけないんですか?どうして飾らなきゃいけないんですか?そんな方法、こっちから願い下げです!

先輩1 …まぁいい。おまえ、今辞めて、後で泣きを見ても知らないからな。

絵里 あたしは泣くたびに強くなるから、心配してません。泣くことだって、嫌じゃありません。むしろ、小さなスケールでウジウジと生きて、将来泣くのが、もっと嫌です。

先輩2 …いいよ。じゃあ、辞めろ。オレらの言葉の意味は、おまえには分からないようだ。

絵里 はい。分かりません。全っ然分かりません!仮に分かっても、絶対に共感しません!

先輩1 まぁ、いい。現実を知らないうちが花だ。じゃあな。

絵里 あたしはその現実の中で、花を咲かせます。短い間でしたが、ありがとうございました。

(絵里、退室)

(麻衣、美里、喫茶店で純一と歓談中)

純一 そっか、そんなことがあったんだね。麻衣ちゃんにしては珍しいね。

麻衣 はい…。その後、仲直りできたからよかったんですけど、お互い選考中で気が立ってたのか、最後は私も、自分でも初めてってくらい、感情的になってしまいました。

美里 けどさ、あの絵里がそんなメール出すなんて、やっぱ、麻衣の影響力はすごいよ。

麻衣 いや、別に…。絵里は今までも、ああやって意見が食い違うことはあったけど、今回はその食い違いの原点がはっきり見えた気がして、しかも、明らかに間違った方向に行ってると感じたから、私も気持ちを抑えられなかった。

美里 そう言えばさ、竹川さんが、「社会主義の発想を知ると、最初は世の中全てがそれで動かされてるように見えてきて、就活に集中できなくなる。だからRUNでは、三年生には社会主義の本は、原則としては紹介しない」って言ってたね。

麻衣 あっ…!そうだ、私も確かに、絵里の話を聞いてて、あまりに全てがマルクスやエンゲルスの言葉と同じだったから、途中から、絵里の気持ちを無視して分析するみたいに聞いてた。

美里 あたしたちも、逆に影響されて、人の気持ちをすぐに分析したり解剖したりしちゃ、ダメね。それじゃ、社会主義的な理論の中に相手を閉じ込めてしまうことになってしまう。

麻衣 森中さんも、「初めは他人が全員、社会主義者に見えてしょうがなかったけど、日本の伝統を学んでから、やっと気持ちが落ち着いてきた」って言ってたよね。

純一 君たちは、ほんとにセンスがいいね。やっぱり、紹介してよかった。そうなんだよ。一つの理論から割り切るのなら、社会主義を信奉していなくても、やってることは同じなんだ。

僕が君たちにマルクスやエンゲルスの本を紹介したのは、君たちがいつも、自分の就活の話題よりも、先輩や友達のことを気にかけていて、麻衣ちゃんと美里ちゃんも、お互いに支えあってるからなんだ。

そういう人間に対する優しさがあってこそ、あの思想を克服できる。そして、君たちはきっと、それができると確信したんだ。内定後は、さらに成長できると直感したんだ。

社会主義は、社会や人間を分析するための理論じゃない。あれは、心と頭脳の病原菌と症状の博物館だから、友達を救うための材料として学んでこそ、役立つんだ。

知識があっても、思いやりがない人間は、知識の組み合わせ方、つまり「知恵」がない。要するに、根本的には愚者だ。そういう人間は、勉強すればするほど、痴呆化していく。

いつか、麻衣ちゃんに「正統とは何か」を貸したね。「理性」については、何て書いてあった?

麻衣 あぁ…。確か、「狂人とは理性を失った者ではない。理性以外の何物も信じない者のことである」って…。

純一 そう。社会主義はまさに、理性を失った思想ではなく、情緒を失った思想なんだよ。自分の主観だけで人生や他人、社会を割り切れば、それは必ず、社会主義的な思想になる。

しかし、日本の伝統は「我欲と分裂」の社会主義とは正反対だ。「無私と調和」。それが日本の伝統精神なんだ。RUNはそれを、少しでも身につけようと頑張ってるサークルだよ。

美里 無私と調和…。あたし、就活がうまくいってない人や未就職の四年生がイライラしてるのを見て、「理性を失ったんだ」と思ってたんですけど、そうじゃないんですね。

純一 そうだね。僕は日頃、社会人の転職と再就職の支援業務をやってるけど、苦しんでる人は、みんな、自分の基準以外の価値基準を、一切受け入れようとしないのが共通してるね。

どんなに苦しくても、絶対に自分の非を認めない。客観的な根拠がなければ、こじつけてでも作って、自分の正当性を妄想する。しかし、誰も認めてくれないから、さらに歪んでいく。

学生でも、そうじゃないかな?落ちるほど会社、面接官を責めて、受かった人や内定した人に嫉妬して、「自分の方が頑張ってて、他人は手を抜いている」と思いたがる。

最初のうちは悔しいから、次に取り返してやろうと思ってはいるものの、いつしか「夢への内定」を忘れて、人より遅れないことが基準になっていく。真の目標と相手の存在を見失っていく。

つまり、内定を欲しがるほど、内定はどんどん遠ざかっていく、ってことだね。

美里 確か、ライト兄弟は、初の有人飛行に成功した時、「我々が空を制したのではなく、空が我々を飛ばせてくれた」って言ったんですよね?純一さんのメルマガで読みました。

純一 そうだね。筋力、自走力、風力、持久力…そんな「自力」ばかりに頼っているうちは、人間には「大気」の存在が見えなかった。それに従えば、自分を飛ばせてくれる力が見えなかった。

何社受けても落ちる学生や、落ちるほど対策にしがみつく学生も同じだね。情報収集に熱中し、対策だけを頑張る学生も、いつしか本来の目的を忘れて、知識に振り回されるものだ。

そういうのは、三国志を読んだ人は分かるだろうけど、「智者は智に溺れる」って言うんだ。器の小さい人、知力が薄弱な人は、自分の知識に振り回されて、失敗するってことだね。

目の前には「問題解決を通じた社会貢献による自己表現」という仕事の世界があり、そこには「伝統的職業観と会計センス」という大気があるのに、我欲に目がくらんだ学生には、目の前のそれが見えない。

もともと我欲まみれだから、業界研究や自己分析をやればやるほど、情報や知識を仕入れるほど、不採用に近付いていく。

そうして、全部の会社にあえなく落ちて、初めて目が開き、職業観確立の重要性を知るんだ。自分は慢心のあまり、それまで全く「会社」や「仕事」を見ていなかったことに気付くんだ。

こういう人間は、自分の場違いな努力で乱気流を起こして、それで落ちているのに、会社、面接官、景気、時代のせいにするから、これほどの盲目状態はないといっていいね。

麻衣 無私の精神で「企業」という相手と調和すれば、悠々と飛べるのに、いつまでも自力で飛ぼうとして、「こんなはずじゃない!」と言うようになるんですね…。

美里 けどさ、よく考えてみれば、どこから見ても「こんなはず」だよね。

純一 美里ちゃんは「道元入門」を読んだよね?あそこに「自己を運びて万法を修証するを迷いとす。万法進みて自己を修証するは悟りなり」ってあったのを覚えてる?

美里 はい!「自分の考えで主観的に世の中を割り切ろうとすると、迷いが生じる。しかし、世の中や自然の法則から自分を客観視してみると、悟りが生まれる」って解説がありました。

麻衣 その「世の中や自然の法則」が、就活の場合は「職業観と会計」ってことですね。

純一 そうだ。君たちは本当に素晴らしい。森中君と竹川君みたいだね。そうやって、広く、長く、明るく、優しく未来を描くことだ。飛ぶ前に、まずは目的地をしっかり見定めることだ。

「内定」なんかが目標じゃ、すぐに失速して墜落する。君たちの内定先は、「夢」なんだ。

(絵里、来店)

麻衣 え、絵里!

絵里 …あたし、RUNに入りたい。

麻衣 絵里、どうしたの?

絵里 あたし、めっちゃ本気で勉強したいんです。卒業するまで、燃えたいんです!

美里 まぁ、いいけど、それにしても、ほんといきなりよね?

純一 君が絵里ちゃんか。話はよく聞いてるよ。友達思いの、最高の親友だ、ってね。

絵里 あたし、世のため人のために尽くして、全力で成長したいんです!お願いします!

純一 こちらこそ、よろしく。仲間と夢と自分を信じて、一歩一歩、力を合わせていこう。

麻衣 私、絶対に絵里の「夢への内定」を応援するよ。全力で。一緒に頑張ろうね!

(終わり)

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作者あとがき

「出家とその弟子」や「ファウスト」、シェークスピアには、高校時代から親しんできた。

評論や資料を読み解くのが好きな私であるが、戯曲の持つ表現の豊かさには、いつも惹かれてきた。

しかし、真の表現の本質は、表現形態ではなく素材自体にある。

ここ五年、私は仕事の傍ら、大学生のサークルの顧問という、一風変わった役割も引き受けてきた。

ここには青年期に味わう様々な悩みや成長が存在していた。戯曲にして表現するにふさわしい題材が、たくさんあった。

だから、就職活動を題材に、現代の若者が何を見つめ、どう成長し、どう助け合っていくかを、五年の経験から再現してみたのが「夢への内定」だ。

表現の直接の動機は以上のようなものだが、私には他の問題意識もあった。

私は早く働き始めたため、大卒の人々の早期離職がいつも不思議だった。多くの社会人の低能率で非生産的な働き方が不思議だった。

私が実社会で直面した多くの社会人の思考構造は、ほとんどが「社会主義」の思想だった。

この時代錯誤な珍現象は、何に由来するのか?

サークル顧問を引き受けた最初の年、学生と話していて、彼らは素朴な社会主義者だと感じた。

そして、就職活動はその事実を示してくれた。

大半の若者には、職業観や会計センス、つまり内なる合理性と外側の合理性のバランスを取っていく指標が、存在しないのである。

中でも、多くの大学や業者が行なう「就職ガイダンス」なるイベントの本質は、単なる「マルクス主義研修」に過ぎなかった。

時事用語や専門用語を使って、さも、もっともらしい説明をしている大人も多いが、要するに、内容は社会主義的職業観の注入である。

これは、現代日本のコメディだと言えるだろう。

自分が何を教えているのか分からない職員や社員も、驚くほど多いようである。

人間性不在の職業教育や就職指導から生み出されるのは、「過去からの難民」ばかりである。

登場人物については、麻衣、美里、森中、竹川、純一の四人が、実在の人物である。

亘、駒田、絵里、マスターは、未就職四年生、勘違い職員、ミーハー学生、相談相手になってくれる大人のシンボル的な存在で、実在の人物ではない。

就職活動で特に多く見かける人々の言動を、ある人物の姿をとることで、表現してみただけだ。

登場する会社や団体は、実在のものとは一切関係ない。選考や説明会の内容も、実際のものではなく、象徴的な事柄のみを表現した。

読者の方々は、誰に共感しただろうか。誰にでも、部分的に共感できるところがあったのではないだろうか。

そういうふうに作ってみたつもりだ。

完結後、数人の学生から「麻衣や美里、絵里のその後の選考は、どうなったのか?」と聞かれたが、それは敢えて書かなかった。

書けば、その通りに真似する学生が出てこないとも限らないからだ。

実際、三、四年前に私が配信していたメルマガ「内定への一言」は、最終面接で引用、使用する学生が全国あちこちで表れた。

だから、今回は自分で学んでほしいと思う。本作品は、教科書ではなくあくまで一つの文学作品に過ぎない。

ただ、その後の麻衣と美里が気になる人もいるだろう。

ならば、直接会ってみてはいかがだろうか。

麻衣(舞)と話したい人は、以下の「mai place」にアクセスしてみるといいだろう。

http://maiplacehp.web.fc2.com/

美里と話したい人は、以下の「イッツフォーマル」にアクセスしてみるといいだろう。

http://yaplog.jp/itsformal/

ちなみに、「起業・取材サークルRUN」というのは、「企業取材サークルFUN」のことである。

http://funhp.web.fc2.com/

本作品が、多くの学生に、将来を描く上での何らかのきっかけになれば幸いである。

2008.7.7

小島尚貴

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■読者の皆様から頂いたご質問について

就活戯曲「夢への内定」は、2008年6月18日に執筆が始まり、7月7日に全部の回を掲載し、同15日に全国からのアクセス数が10,000件を突破しました。

この間、読者の方から多数の質問を頂いたので、企画・掲載・運営事業所「mai place」・代表の大月舞が、ご質問にお答えします。

【学生の方から頂いたご質問】

Q1.戯曲中の「RUN」は、実在するサークルですか?

はい、実在するサークルです。正式名称は「企業取材サークルFUN」というサークルで、2003年5月に発足し、福岡市を中心に活動しています。

Q2.最後まで読んで、戯曲中にあった「社会主義思想」の影響が怖くなり、自分もRUNのような勉強をしてから卒業・入社したいと思ったのですが、それは可能でしょうか?

はい、可能です。FUNmai placeのホームページから、ご要望を記載の上、ご連絡いただければ、詳しくお答えします。

Q3.私はこの時期(2008年7月)で、まだ内定をもらっていない大学4年生なのですが、そういう学生でも、まだ内定は大丈夫でしょうか?

はい、大丈夫です。なぜ大丈夫なのかは、詳しく記載する余裕がありませんので、mai place(大月)までお問合せ下さい。

Q4.私の周りは、就職課職員も教授も、先輩も友人も、戯曲中にあった社会主義的な発言・発想の人しかいないので、不安になりました。

社会主義といっても、特に勉強してそういう考えをしているのではなく、何も勉強されなかったため、自然とそういう考え方になっているのだと思います。

若年者の雇用環境を5年間見つめてきた私の経験からは、職業観形成と会計学習を行なわなかった社会人の大半は、社会主義的な考えをしているというのが偽らざる実感です。

ぜひ、今後は職業観と財務諸表について学び、余裕がありましたら、さらに深い歴史や古典を学ばれることをお薦めします。

Q5.文中にあったマルクスやエンゲルスの引用文は、事実(本物)なのでしょうか?

はい、全て本物です。確認したければ、岩波文庫から出ている実際の本を手に取り、確かめてみて下さい。あの通りに書いています。

【社会人の方から頂いたご質問】

Q1.人事や総務の人は、全くこういうことを教えてくれなかったのですが・・・。

そもそも、このようなことを考えたことがない人がほとんどだと思うので、無理もないと思います。

FUN及びmai placeは、エリート育成を目的とした組織なので、通常の学生や若手社会人の方は、知らない方が当たり前だと感じます。

Q2.営業や企画にも、社会主義的価値観の影響はあるのですか?

はい、それは如実にあります。こちらについてもかなり質問が多いため、現在、作者の小島さんは、次回作を「新人営業マン」を主人公に執筆中です。

Q3.大学の就職指導では、どうしてこんなに大事なことを教えてくれなかったのか?

それは私どもに言われても困るのですが、職員や教授は実務経験がほとんどない方が多い上に、今の日本の教育では気付くことさえ難しいと思います。

だからこそ、エリート育成が趣旨のFUN及びmai placeでは、どんなに「迂遠な対策だ」と思われても、しっかりとした職業観を養うことを重視しています。

Q4.自分は今20代後半だが、今から会計やセールスの基礎を学習しても、間に合うか?

はい、間に合います。mai placeでは、トップセールス研修やビジネスエリート教育を社会人向けにも提供しています。

詳しくは、ホームページをご覧下さい。遠隔地の方であれば、通販教材もご提供しています。

【人事担当者・企業経営者の方から頂いたご質問】

Q1.早期離職や意欲低下を食い止めるには、具体的にどうしたらよいのか?

それは、「待遇」や「条件」で釣らないことです。ミーハーやノウハウ重視の学生は、最初から無視することも大事です。

本気の学生を見極めたければ、(1)内定後も自発的に仕事について学ぶ、(2)経営者・創業者の発想で事業や商品を考えることができる、(3)志望動機や自己PRで表明したことを、普段の学生生活でも実践している、という三点を見極めればよいでしょう。

Q2.学生だけではなく、社員にも社会主義的な発想の人間が多いことに驚いた。どういう対策を採ればよいか?

現在、多くの企業で行なっている「マナー研修」、「パソコン研修」、「実務研修」などは、社会主義的職業観の除去には、まず、何の役にも立ちません。

「二度と同じことを教えなくて済むようになる研修」こそが、良い研修です。理由は、本人が自発的に学ぶようになれば、あとは確認だけで済むようになるからです。

mai placeでは表面的、一時的、散発的な研修は一切行っていませんが、若手社員の意識改革や職業観形成をお望みであれば、一度ご相談下さい。

しかし、経営者の方や人事担当者の方にmai placeの方針をご理解いただけない場合は、ご提供しても効果が期待できないため、ご提供していません。

Q3.大学の就職指導がここまで時代錯誤なことに驚いた。企業側でも、早いうちに社会人の自覚を持たせたいが、どうすればよいか?

内定後に努力を放棄し、卒業まで遊ぶ、手を抜くという学生は、入社後は会社の経費を食いつぶすだけの社員となるでしょう。

志望動機が本物なら、内定後にこそ、それまで以上の意欲と緊張感を持って勉強するからです。

もし、御社にそうした動機付けを行なうだけの研修・教育環境が整っていない場合は、mai placeにご相談いただければ、必要な対策を一緒に考えさせていただきます。

Q4.mai placeから、当社の人事担当スタッフを専属でお願いできないか?

そのようなご依頼は、これまで多数の企業・団体・学校から受けていますが、全てお断りしています。

理由は、外部からの教育でも同等の効果が見込めるからです。

Q5.社員教育の教材として、戯曲形式の読み物だと非常に使いやすいので、新人教育をテーマに書いてもらえないだろうか?

執筆者に相談してみます。

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